第7話
「にゃんですと!?」
「黒髪なのになんで魔法使えんの!?」
「不思議にゃ!」
「え、なんで!?」
最初に叫んだのはニャーニャーと話すのが特徴のカラであろう。猫族所以か、ニャーニャー騒がしい。ルディはその騒がしさから逃れようと前を向いて頬杖をつき、目を瞑る。他はレイフである。
「混血って言ってたでしょ?聞いてなかったの?」
「「えぇぇええ!?」」
「カラは何を聞いていたのじゃ?」
「ウッセー。ロクに寝れやしねぇ」
寝ていたらしいダンにフェレは大きなため息をつく。おそらくこのクラスで1番の苦労者となるだろうフェレに、ルディは心の中で合掌。しかし、めんどくささから手を貸そうとは思わないのだ。
「ルディって混血だったんだ」
落ち着いたところでレイフが聞く。それを目を瞑ったままこくりと頷いて肯定。
「だから魔法使えるんだー…。ちなみになんのハーフ?」
「知らん」
実のところルディはなんの血が混じっているか、両親にきちんと教えてもらったことがなかった。というよりは興味がなく聞いたことがなかったに等しい。血によって使える魔法が違う。だから今まで必要ないと思っていたが、新しい魔法を覚えるためにも調べようかと考え直す。
レイフはルディが本当に知らないことを知らないため、少し不貞腐れた顔をする。
「えー、教えてくれたっていいじゃーん。仲間なんだからさー」
「おい、そこの馬鹿。黙れ」
「え、ダンさん、馬鹿ってオレのこと?」
「あたりめーだろうよ」
ダンはダルそうにレイフに言って、何やらカードを配る。
「学生証だ」
それはルディたち1年の学年色、赤色のカードで、名前や年齢、出身地、まだ見ぬ寮の番号などが書いてあった。また出身校の欄もあったが、ルディは中等部は通っていないため空欄。
「魔力を通すことができないヤツは…いないんだったな。んじゃあ全員魔力を通して登録を完了させろ。紋章が現れたら完了だ」
魔力を軽く流せばカードは淡く光る。そしてアクウィナス学園の紋章と特別科の紋章が現れた。感動の声をあげたのはレイフだけであった。
次に配られたのは教材。そして諸注意や案内のプリント。それらを制服とともに支給されたマジックアイテムの鞄に入れる。この鞄は大きさ、質量に限度はあるが、荷物を亜空間に仕舞える優れもの。本来ならば高価なものだが、学生が使うために開発されたものであるため、高性能であるにもかかわらず低価格で売られている。
「あー、まァ、これで学年共通の今日やんなきゃいけねぇことが多分全て終わったわけだが」
「説明はまったくされてにゃいけどにゃ。ていうか、多分って…」
前列の席に座るカラが突っ込んだ。
「ほら、このプリントとか大事にゃんじゃにゃいのかにゃ?こ・う・そ・くって書いてあるにゃ」
「えー、校則なんて破ってなんぼだろ」
「もう退学しちゃったらいいと思う」
「同感じゃ」
「ふぇ!?」
「………」
「あー、そんくらい寮に行ってから読め。俺に面倒くさいことさせんな」
「行く末が心配じゃの…」
フェレは両親の意向で初等部からアクウィナス学園に通っていた。一匹狼というわけではないが、多勢での行動を苦手とする彼にとって、この人数は丁度良かったはず。…なのだが。
(…何、この問題児しかいなさそうなクラス)
まともそうな者がクラスの半分(フェレ、アリサ、シュリ)であることに肩を落とし、シュリの言葉にまだ見ぬ未来が見えた気がした。それも問題ばかりの未来。自身もなかなかの問題児であることには気づかぬまま。
「…まァ、いい。理事長から伝言を預かってる」
ダンはそう言って、胸ポケットから何かを取り出そうとする。
「…ン?どこにしまったっけか」
ズボンのポケットやらジャケットのポケットに手を突っ込み、何かを取り出しては教卓に放り投げた。出てきたのは食べ終わったガムを始め、ヨレヨレのハンカチ、パンの包装、折り畳み傘、本、チェスの駒、奇天烈な帽子、お守り、短刀、グロテスクな色をした草、砂が入った小瓶、いかがわしい店のクーポン券、犬のトイレシートその他諸々。
「…ダンさん。トイレシートっていつ使うんすか?」
「いつかに決まってンだろ」
「るーくだけ持っててお主は何のげーむをするつもりじゃ」
「あ、クイーンみっけたからゲームができ…ないな」
「もしかして…これは香草ではありませんか!?それもすごい高級の…!」
「さすが定食屋の娘…!わかった褒美に全部やるよ」
「先生、そのスーツ、亜空間のマジックアイテムですよね」
「おぉ、昔ダンジョンに行ったときに見つけてな。てか、どこにやったっけ。職員室か?」
「マジックアイテムが勿体無いにゃ」
「…この短刀、呪いがかかってるんだが」
「趣味が研究なんだろ?やるよ」
しばらくしてようやく見つけたらしい。あったどー、とくしゃくしゃになった手紙を掲げた。その瞬間、ルディ以外の生徒が固まる。なんとなく、しっかり聞かなければならないような気がしたのだ。少し張り詰めた空気の中、ダンはダルそうに手紙を開けて口を開く。
「G組の新入生諸君、入学おめでとう。君たちがこのアクウィナス学園に来てくれたことを嬉しく思うよ。歓迎する」
ダンの棒読みが教室に響く。
「さて、君たちは僕たち人間から異端と呼ばれ、差別を受けることが多々あるわけだが。どうだい?入学初日から差別を受けている人もいたかもしれないね」
どこに行っても異端児なルディ。しかし絶対自分に対しての言葉ではないなと考える。現実逃避。
「辛いし苦しいと思う。でも、負けないでほしい。君たちの入学試験の結果を見せてもらったけど、どの人も才能ありふれたものだった。その才能を、どうか、この学園で開花させてほしい。私も出来るだけ手伝うとしよう。どんな理由でも構わない。理事長室に来なさい。いつでも歓迎する」
いつでも歓迎するね…理事長って暇そうだし、仕事をやってくんねぇかな、と自分の仕事を押し付けようとする。自分の仕事は責任を持ってやりましょう。
「最後になったが、3年間、学園生活が君たちの楽しい学び舎となることを祈る。…だそうだ」
話が終わっても静かな教室。ルディがふと周りを見ると、全員何か感動したような表情でダンを見ていた。
隣に座るレイフがポツリと呟く。
「…俺、才能があるとか言われたの初めてかも…」
「………」
「小さい頃からずっと馬鹿にされてきたからさ」
「馬鹿っぽいからな」
「ちょ、感動シーンに水差すなよ!一瞬で涙引っ込んだわ!」
「すまん」
「これほど気持ちのこもってない謝罪は初めてだよ!」
「へー」
「………」
ルディの気のない返事にレイフは頭を垂れる。そんな彼を見て、ルディは今後の行動を考える。レイフだけではない。こういう阻害される人々は人間社会の中で何を考えて過ごしてきたのだろうか。ルディは(約1名獣人がいるが)周りが全員人間であるのはほぼ初めてで、この件に関して経験のある者を交えていつか会議をしなければならない、と頭の中でスケジュールを立てる。
ルディは嬉しそうに笑うメンバーを見ながらオルブライトに来ればいいのにと考え、すぐにその考えを消す。彼の国には人種差別なんてものがない。1番多いのは魔族であるが、獣人もいるし巨人や吸血鬼もいる。その中ではやはり少数だが人間もいる。ハーフや少数の種族にはどの国よりもとても生きやすい国だ。
しかし、その一方でそのことについては他国の人間には全く知られていないから人間は入国しようとはしないし、そもそも彼の国へ行くには荒れた広大な海を渡らなきゃいけないし、出てくる魔物は強すぎた。オルブライトはそう簡単には入れないのだ。
紙を丸め、ゴミ箱に投げ捨てたダン。あぁ!とレイフが叫ぶ。手紙が欲しかったらしい。
「あー、俺からも少し、な」
そんなレイフを気にした様子もなく、ダンの死んだ目にはいつの間にか光が灯っていた。
「…3年間、どんなにつらくても自分の運命を受け入れろ。そんで足掻いてみせろ。なんかあったら、俺がちっぽけな権力を最大限に生かして、たまに実力行使で助けてやっから。...わかったな?」
「だ、ダンさん...」
いくら教師であろうとも、ルディたちを嫌う教師は少なからずいるだろう。しかし、ダンはそんな彼らを見捨てないと言う。
生徒から視線を受けて照れてるのか、頭をボリボリ掻く。そして、言った。
「んじゃあ面倒だから解散」
(...やる気があればいい教師なのだがなぁ)
残念でたまらない。
教室に6人分のため息が吐き出された。
「台無しだよ!」
「つべこべうるせぇ。俺はこっちの方が合ってんだよ」
思いの外照れていたらしいダンはそそくさと教室から出て行った。
訂正
2016/05/31