第6話
数分後。生徒はクラスの移動を終え、廊下は静かになった。担任の教師が入り自己紹介を始めたのか、時々くぐもった笑い声が聞こえた。
やはり初対面だからか口数は次第に減る。レイフはウトウトを始め、フェレは本を取り出し、全員が何かしら始めた。ルディは特別何をするわけでもなく、外を眺めて思考に耽ふける。
数十分後。他クラスではまだ笑い声が聞こえるというのに、G組は変わらず静か。レイフはとうとう眠りに就き、他のメンバーは同じ作業を黙々と行う。
そして1時間後。生徒がHRを終え、寮へ向かおうとする頃。
ガラガラ_____
「よォ、遅くなったな」
1時間遅刻で教師が入ってきた。正直遅くなったどころではなく、ルディはもう寮へ行こうかどうか迷っていたほどである。場所は知らなくてもなんとかなるのでは、と自身の方向感覚に頼って。
教師は濃紺の寝癖のついた髪をピョコピョコと揺らし、教卓の前に立つ。やる気なさげな目にルディは苛立ちを覚える。
(…コイツ、入学式で俺を投げたヤツじゃ…。担任かよ、畜生)
「...おい首席、そこの黄色を起こせ」
(首席ってなんだよ、嫌味かよ)
ルディは少し眉間に皺を寄せて、ムニャムニャ寝言を言う馬鹿、もといレイフを一瞥。
「…空の上を…飛んで…」
ガンッ
「ふぉぉお!?なんだなんだ!?地震か!?」
椅子を蹴っただけでびびるレイフを鼻で笑う。
「今は空の上は飛んでねぇよ」
「ルディ!テメェかよ!てか空ってなんのことだよ!?」
「...ふん」
まったくよぉ、と言ってレイフは不機嫌そうに前を向き、固まる。
「俺が寝てからもう1時間経ってる!」
「そっちかよ」
「センセーがいる!?」
「今さらかよ」
「しかもかなりセンセーっぽくない!?」
「それは認める」
「そこは認めちゃダメだと思う!」
「ウッセー」
教師は頬を掻く。
「あー…全員いるな?いないヤツは手ェあげろや」
「無理でしょ!マジで手ぇあげたら怖いわ!」
叫ぶレイフを無視して教師は欠伸をした。
「まァ、いい。面倒だが俺から自己紹介始めんぞ。俺はダン・マクスウェル。ここの担任になったまだピッチピチの新任教師だ。年は24。母校はここの高等部で一応首席卒業。そのあとはちょっくら冒険者やってた。よろしく」
「「………」」
ありえない。まだ全員揃って1時間しか経っていないが、生徒の心が揃った瞬間であった。勉学や戦闘力がどれほどのものだったのかは知らないが、1時間遅刻してきたようなヤツが首席だったと言われると些か首を傾げざるを得ない。…いや、冒険者をやってたのだ。戦闘力は相当高いのかもしれない。
それに身なりが教師とは思えないような着崩したスーツ。顔がいいからまだマシではあるが、危険な裏の職業だと言われた方が納得できる。…服の着方に関して、約2名は文句なんて言えやしないほど着崩してはいるが。
「んじゃ、今度はお前らだ。…そうだな、綺麗に前後で男女に分かれてるし、レディーファーストってことで、廊下側からだーっと。つか男はしなくていい」
「なんでっすか!?」
「覚えるならやっぱり女の子がいい」
「まぁ、確かにわかるけど」
「とりあえず始めましょうよ」
「えー、マジで男はいらん」
「ダンさんも男じゃないっすかぁ」
「俺は_____」
「毒を飲んで捻り潰してさらにすり潰されるのと、さっさと自己紹介始める。どっちがいいですか?」
「「…自己紹介です」」
「じゃあ始めよう?ね?」
「「…ウッス」」
背景に悪魔が見えるようなフェレの笑顔にクラス全員がタジタジ。そんなこんなで始まる自己紹介。
「妾はシュリ・ハザクラ。東方ジャポニー出身じゃ。属性は風と水じゃが、封印や結界を張る方が得意じゃの。趣味は刺繍じゃ。よろしく頼むのぉ」
古めかしい口調でそう名乗る女は朱色の長い髪を揺らして座る。ルディはその動きを見ながら、彼女の軽い自己紹介をもとに詳しい情報を思い出す。
ハザクラ、もとい葉桜家は東方一の封印、結界を得意とする一族。東方唯一の国、ジャポニーの王の分家。一族の長女として生まれたシュリは先ほどの会話で少し夢見がちな少女のように思えたが、その実力は王の折り紙付き。
ジャポニーは人族を主体とする国の中では珍しく、多くの他種族と交流がある国。オルブライトとも繋がりがあり、割と昔から仲がいい。独特な文化を持ち、西方には好かれていない。
次に立ったのはシュリの隣に座っていた女。見た目からして猫の獣人。
「アタシはカラ・ダーウィンにゃ。レコンタ王国出身で、種族は猫の獣人。属性は風にゃ。趣味は、そうだにゃー…散歩かにゃ。シュリとは親の仕事関係で知り合いにゃ。よろしくにゃー」
レコンタ王国は獣人の国である。数十年前まで人間たちに迫害されてきた国だ。最近では段々と人権が認められつつある、というのは少々事実から外れており、認めていない人間の方が多く、特に上流階級では未だに迫害が続いている。
さて、次はルディが気になる桜髪の女子生徒である。
「あ、アリサ・ミルナーです。えぇ…と、王都出身です。それから趣味は料理です。両親が王都で食堂をやっているので、機会があったら寄ってみてください。よろしくお願いします」
「はいはいはい!質問!なんて食堂?」
「あ、はい。『マリエッタの小鳥食堂』っていう…」
「「な、なんだってー!?」」
「ひぅ!」
レイフの興味本位の質問にアリサは緊張でガチガチの笑みをレイフに向けて食堂の名を口にする。その名に何か心当たりがあるのかレイフとダンは叫び、シュリとカラは顔を見合わせ、フェレは少し驚きを顔に出す。なんのことやらわからないルディはそっと視線を外に移した。
「ままま、『マリエッタの小鳥食堂』だと!?」
「すっげー!すっげー!!」
「名は聞いたことあるのじゃ」
「確か…料理大会の常連だったかにゃ?」
「前回の大会は優勝だったはずだよ。貴族の間でも有名なお店だし」
誰からか涎を啜る音が聞こえる。
「新人のときに先輩に奢ってもらったことがあるんだよ。死にかけた後のあの飯は絶品だったなァ…」
「死ななくてよかったですね」
「いやァ、死んでもよかったんだけどな。その日はラッキーだったよ。ハルシヴェルナ遺跡でトラップにかかっちまってさ。ずっと行きたいと思ってた遺跡でトラップにかかるなんて!ここで死ぬのも本望!と思ってたんだが助かってな。もっと遺跡巡りができるし、『マリエッタの小鳥食堂』に行けたし、あの日ほど自分は幸運だと思う日はないね!」
「遺跡で死ぬのが本望なんですか?」
「おうよ!」
「カッケー!」
「教師をしている間は死なないでくださいね」
「馬鹿よのぅ」
「変人にゃ」
「よくわからないですけどかっこいいです!頑張ってください!」
「………」
「ありがとう、アリサ。ありがとう!…おい、アリサ以外は廊下で立っとけ」
「俺も褒めましたよ!」
「テメェは男だからな」
「理不尽!」
「次僕なんで、黙ってもらっていいですか」
「「………はい」」
フェレの笑顔の威圧に騒ぐ2人は黙る。アリサは気を遣ってか、そっと音を立てずに座った。
「フェレ・フォン・メイスフィールドだよ。王都出身で、属性は土と代々伝わる毒。趣味は読書。貴族出だけど、気軽によろしく」
「毒!?…まぁ、毒々しい性格してるもんな」
「…毒薬飲ませるよ?」
「誠に申し訳ございませんでした」
あの一族に同い年の人間がいたんだなぁ、改めてルディは考える。
メイスフィールド家はフェレが言っていたように特殊属性の毒が代々伝わる貴族。地位は公爵だが、大勢に嫌われている。何故なら特殊属性持ちだからだ。
世界には多くの属性がある。その中で広く使用されているのが火、水、雷、土、風、光、闇の7つの属性、通称基本属性と言われているものだ。光と闇はその中でも上位属性と呼ばれており、残りの属性と比べると使用者が少ない。強さは火<水<雷<土<風<火、光=闇である。
属性は種族によって使えるものが違う。例えば魔族は基本属性以外に空間が使える。ハーピーは幻属性と心属性。エルフは基本属性と植物、治癒、召喚。肝心の人間は基本属性のみである。
大昔の人間は基本属性しか使えない自分たちを恥じた。そして基本属性以外の属性を特殊属性と呼んで差別化した。力はあるが、人数は少ない他種族は世界の端に追いやられ、現在に至る。
…というのが魔族の間で伝わる話でルディが幼い頃から聞かされていた話なのだが、それはともかく、フェレの一族は特殊属性の毒を持つ。何故持っているかは知らないが一説によると、毒を飲まされた先代がそれに気づかず子供を産んだため子供の属性が突然変異を起こしたのだという。その辺はまだよく分かっていないが、人間でも特殊属性を代々扱う一族がいる。こういった一族を一般的にフィールド一族と呼び、ファミリーネームの後ろに必ずフィールドが付く。そして大抵の人間たちはフィールド一族を嫌っている。
だからといってフェレを差別するような人間はこのクラスにはおらず、レイフはフェレと入れ替わるように立った。
「オレはレイフ・カータレット。王都出身。種族は雷の精霊と人間の混血。属性は雷。趣味は楽しいこと。よろしくなー」
精霊は母親なのか父親なのか、どちらだろうか。親父がどうこう言ってはいたが母親のことは何も言わなかったな。いやそれにしても楽しいこととはなんと曖昧な…。アホ、などなどと頭の中で少し悪態をつく。レイフのおかげでなんとなくやり辛さを感じながらルディは立ち上がった。
「シルディアーテ・シルヴェスター。ラルスリア村出身。混血。属性は闇と炎。趣味は研究」
7人の中で1番短い自己紹介。しかし、ルディはこれ以上話す気にはなれなかった。というか、話すことがなかった。
さっさと椅子に座り、明後日の方向を向いた。
訂正
2016/02/21
2016/05/19
2016/05/31