Prolog
少し前まできらびやかだったそこは、赤い、紅い、アカイ、血の色に濡れていた。血の色なんて見慣れているはずなのに、目の前に立ち塞がるその事実が、彼の歩みを止めた。
「_____ハ...」
名前を呼びたいのに、声が聞きたいのに。なんでかな、自分の声が出ない。
「__________」
誰かが、そんな彼を嘲笑うように何かを言った。しかし呆然と目の前の光景を眺め、理解しようとしていたために聞こえなかった。
不意に強い衝撃が彼を襲い、吹っ飛ばされた。飛ばされたところは、先程まで理解しようとしていた"事実"の前。左目はもう使い物にならないようで、頑張って動かした右目の視界の端に映るは、血に濡れた自分の左腕。肉が抉れ、骨が見え、もう普通に動かすのは無理かもしれない。そもそも生き残れるかどうかすら危うい。
_____死ぬのかな...。
朦朧とした意識の中で、そんなことを考える。
_____短い人生ではあったけど、自分は人のために何かできたのだろうか。たくさんの人を笑顔にできただろうか。自分がいなくなったら、みんなはこれからどうするのだろうか。あぁ、まだやりたい実験とかあれやこれやが残っているのに…。
カツンと音が聞こえて閉じそうな目を辛うじて開ける。
”ヤツ”は不気味な笑みを浮かべ、そこに佇んでいた。
「__________」
”ヤツ”はそっと口を開いて、何かを彼に囁いた。しかし理解できなかった。言葉が理解できなかったのではなくて、気力がなく聞き流してしまったという方が正しい。そんな彼を見て”ヤツ”は肩を竦め、手に光を燈す。
「__________」
バイバイ…。そう言った気がした。ごめん、とも言われた気がした。
”ヤツ”はその手を高く持ち上げ、何かを振り払うように下に強く振り落とす。
_____あぁ、また死ぬのか…。
彼は目蓋を静かに閉じた。
_____ごめん、ホントにごめん。強いのに、自分は強いはずなのに。弱くてごめん。どうか、どうか、少しでも長く生きて_____。
_____バンッ
部屋中に大きな音が響き渡り、彼はハッと目を開けた。
目の前から”ヤツ”は消えており、部屋の隅で倒れてた。
しばらく何事かと呆然と見つめていた。時間にして数十秒だろうか。しかし頭が朦朧とした今、時間の感覚なんてものがあるわけもなく、何時間も経ったかのように感じた。
シュッという音と共に1人の男が現れた。その男は”ヤツ”を担ぎ、こちらを一瞥して、現れた時と同じように去った。
血は絶えず流れていく。
_____…あぁ、このまま出血死するのだろうか。いっそのこと殺してくれればよかったのに。誰でも辛い辛いと思いながら死にたくなんかないだろう。
「__________」
「__________」
不意に聞こえたその小さな2つの声に彼の全身の細胞が歓喜で震えた。
_____あぁ、生きてた。生きてた。生きてたよ。
動かない身体を必死に動かし、彼らを見た。
2人は血だらけだけど、綺麗な笑みを浮かべてた。
「__________」
その言葉に小さく笑う。
「…だ……ぶ……いから……」
_____大丈夫。強いから。
彼は口元にぎこちない笑みを浮かべる。この状況でそれはを言うのはどうかと考えたが、少しでもホッとさせてあげたくて。言葉になってないけど、多分わかってくれたと思う。だって、目を細めて笑ってくれたから。
「_____」
1人は頷いて、何かを呟く。その瞬間、激痛が走り、叫び声を上げる。
痛い、いたい、イタイ。
彼の左半身が激痛を伴って、再生する。
「…はぁ…は…っ」
息ができない。酷く苦しい。
その人を目に映すと、幸せそうな笑みを浮かべて目を閉じていた。
その隣の人はこちらを優しい目で見ていた。そして辛そうに這って彼の左側に来て、何やら血だらけの赤黒いナニカを自分に見せる。
彼には今からすることがわかってしまった。声にならない叫び声をあげる。止めてくれ!待ってくれ!生きて!1人にしないで!できない!無理だ!声が出ない。ジタバタ暴れるにも、彼の身体はもう限界だった。
その人は前の人同様、右目を細めて暖かく笑い、血だらけのそのナニカを彼の見えない左目の上にのせて押し込める。
「__________」
彼の身体に再び激痛が走り、気を失った。
最後に見たのは彼らの満面の笑みだった_____。
訂正
2015/12/6
2016/02/26
2016/05/09