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サイレント・マーメイド  作者: たま
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一話:人魚姫のひと目ぼれ

 この世界にはたくさんの人が住んでいることをみなさんはご存知でしょうか。


 大きな人、小さな人、肌の色の白い人、黒い人。

 いえ、人だけではありません。

 エルフに魔族、精霊に悪魔。

 悪魔はその地によってはあやかしとも呼ばれたりもしますね。

 このように、この世界にはたくさんのものが住んでいるのです。



 むかしむかしある海の底で、マリンという名の海色の髪の女の子が暮らしておりました。

 もちろん人間ではありません。

 上半身はうつくしい人の姿、下半身はうつくしい鱗におおわれた魚の尾。

 海の精霊、人魚のお姫様でありました。


 マリンにはお父様とお母様、そして九人のお姉さまがおりました。

 みんなとってもやさしくて、一番末っ子だったマリンはそれはそれは可愛がられて育ちました。

 やがて一六歳になったマリンは、顔立ちも愛らしく、のびやかな肢体に虹色の鱗を持つそれはそれはうつくしい人魚姫に成長しておりました。

 そんなある日、お父様が言いました。


「マリン、そろそろお前にも良い相手をみつけてやらねばな」


 するとマリンは言いました。


「あら、お父様。わたしは自分の結婚相手ぐらい自分で探します。それにお姉さま方のご婚約者の方々を見ていると、お相手は半魚人の方になるのでしょう。そんなの嫌だわ」


 半魚人とは魚のような顔に鱗に覆われたひとの身体を持つ、海の精霊の一族のことです。

 人魚の一族と結ばれることも多い一族ですのにどうしてでしょう。

 不思議に思ったお父様が尋ねると、マリンはけろりとした顔でこういうのでした。


「だって、お顔が好みではないんだもの。だから絶対嫌だわ」




 そんなある日、マリンたちの住む海域でひどい嵐が起こりました。

 灰色の雲が厚く立ち込め、空には白い雷光が走ります。

 風は海に激しい波を湧き立たせ、海の上に浮かぶものすべてを破壊し薙ぎ払っていきます。


 しかし海の底に住む人魚族にとってそれは脅威などではありませんでした。

 むしろ恰好の見世物とはかりに好奇心旺盛な人魚姫たちは海の上に顔をだし、きゃあきゃあと歓声を上げておりました。

 大きな船に小さな船。

 本来なら地上に生きるものたちが作ったそれらは、海嵐には到底かないません。あっというまにばらばらになっていく様子は、どこかにいるかもしれない海の神の怒りの深さを示しているようでした。


 生まれて初めてみる大きな嵐に、マリンも海の上を漂いながら歓声を上げていたのですが、近くに見える大きな船にふと視線を停めました。

 昏い空に光る雷。

 それを背景にくっきりと浮かび上がったのは、ひとりの人間の青年の姿だったのです。



 きれいな白金色の髪が風にあおられ、彫りの深い凛々しい顔があらわになります。さんざん雨に濡れたあとでもその美しさは損なわれず、むしろ輝いているようでした。

 その青年を見た瞬間、マリンの心臓が激しく音をたてました。

 これまでこんなに素敵な人は見たことがなかったのです。

 ぽうっとしていると再び激しい雷光が走りました。

 傍らに居る姉たちの歓声が大きくなります。

 そうして次の瞬間、青年の乗っていた船は激しい音を立ててばらばらになってしまいました。



 マリンはあわててそのうつくしい尾を翻しました。

 何故なら、船からまっさかさまに海に落ちていく青年の姿を見たからでした。

 この青年が「人間」というものであることは見た目からわかります。

 そうして「人間」は海の中では生きていけないのです。

 それを知っていたマリンは無我夢中で青年の身体を抱えると、岸に向かって泳ぎ出しました。



 嵐が起こす波の強さは、海の精霊である人魚をもってしても大変なものでした。

 へとへとになってようやく岸にたどり着いたマリンは、青年に息があることを確認するとほっと息をつきました。しかし見ているだけで心臓がどきどきと高鳴るその顔は蒼白で、唇の色も紫になっておりました。

 このままだと確実に死んでしまうでしょう。

 しかしマリンにはこれ以上どうすることもできませんでした。

 人魚は半人半魚の海の精霊です。そうして、人間たちの間ではひとつの噂があることを両親や姉に教わっておりました。

 人間にみつかるわけにはいきません。

 けれどもあたりに人の気配はなく、青年の顔色もどんどん悪くなっていきます。

 マリンはぐうっと唇を噛みしめました。

 悩んだ時間はわずかなものでした。


 マリンはその桜色の唇を開きます。そこから朗々と流れ出たのはうつくしい歌声でした。すべてを魅了し海へと引きずり込む人魚の歌です。



 するとしばらくして、歌声に惹かれたのでしょう、人の気配が近づいてきました。

 それはふたつの人影でした。

 ひとつは大きく、ひとつは小さなものでした。

 マリンはそこで歌をやめると、岩場の影にそっと身をひそめました。



「まあ、ひとが倒れているわ」


 そうして聞こえたのは若々しい少女の声でした。

 たまらず岩場の影から覗くと、白いふわふわとした衣装を着た少女が青年の傍にかがみこんでいるのが見えました。そのうしろには大きな人間がひとり立っております。


「まだ息がある。スオウ、この方を背負っていただけますか。館に戻りましょう」

「はい」


 スオウと呼ばれた大きな男は素直に頷き、青年の傍にかがもうとし――そうしてふっとマリンの方に目をやりました。

 細いその瞳は吸い込まれそうなほど深い黒の色をしております。

 ぎくりと身をこわばらせたのはほんの一瞬、マリンはあわてて海の中に逃げ込みました。

 姿をみられてしまったのでしょうか。

 とにかく今は逃げなければなりません。


 マリンは後ろ髪をひかれる思いでその場をあとにしたのでした。


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