不死
今日も私は死ぬ
これで698回目だ
ベッドに伏している私の体は無数の皺を刻み
指は節くれだち
手足には多様なチューブが射し込まれ
色とりどりの薬剤を飲み込んでいる
細く歪んだ脚は、私が歩けない事を明確に示している
そんな私を囲む多数の白い影
ある者はペンを紙に走らせ
ある者は機械の示す数字を読み取り
またある者は私の体に刺すチューブの数を増やす
さらにそれを囲っている数々の機械
ある物は心拍数を数え
ある物は薬剤を私の体に流し
またある物は定期的に肺に酸素を送る
この光景も差異はあれど何度も見た
悲鳴をあげる私の体
どんどん少なくなる心拍数
量が増していくカラフルな薬剤
無感動で無関心な多様の瞳
―――ああ、なんて冷たいのだろう
そう思うと同時に心肺は停止し
私は死んだ
『――午後15時、検体壱号死亡。使用した薬剤は――…』
皺だらけの背中が裂け
同時に流れ出すドロリとした血液
その亀裂は背から徐々に伸び
頭頂部と臀部に達する
その裂け目から出てくる細い指
どこか幼さの出た顔
簡単におれてしまいそうな腰
皺だらけの体を踏みつけ立ち上がり、体を支える脚
赤黒い血を纏った肢体
私はまた生まれた
これで699回目だ
瞳を開くと同時にベッドから降りて歩き出した
真っ白な壁
真っ白な床
そこに点々と続く赤い足跡
シャワー室と書かれた部屋に入っていっている
部屋には3つのシャワーと、備え付けの大きな鏡
その鏡の前に立つ血まみれの少女
身動ぎ一つせずに
無表情に鏡を見つめている
その瞳には何も映っていない
広がるのは無限の漆黒
細い腕が持ち上がり、蛇口を勢いよく回す
すると、シャワーヘッドからも回転の勢いに比例するように大量の冷水が少女の体を叩く
少女はビクリと震えたがそれ以上は動かない
シャワー室には暫く水が流れる音だけが響いた
私がシャワー室を出ると視界を遮る白衣の人間
なにか喋っているが聞こえにくい
どうにか聞こえた言葉を繋げると
服を着ろ
その後検査
次に実験
いつもと同じ、何も変わらない
私は無言で頷き、渡された服を着る
真っ白で清潔なノースリーブの服
最近はこの服以外着た記憶が無い
その事には最早何の感慨も受けずに歩き出す
その後ろを同じように白衣の人間が歩く
いつもと同じ実験
腕を折られ
脚を切られ
腹を裂かれる
飽きないのかと思うくらい毎日同じ事を繰り返す
私は正直飽きてきた
腕を折らてれもすぐに元に戻り
脚を切られても一瞬で生えてくる
腹を裂かれてもどうという事は無い
これほどの時間の無駄遣いは無いだろう
そんな思考を綴りながら今日も私は血を流す
「…バカみたい」
ある日いつもと同じように実験を繰り返し
血まみれの体を冷水で清める
そして何も纏わず部屋を出ると視界を遮る黒衣
違和感を感じ視線を上げると
眼前には一人の少年
少し長めの前髪
その奥にある憂いを帯びた藍色の瞳
黒いカッターシャツにダークブルーのジーンズ
手には私が着る服を持っている
「…大丈夫なのか?」
大丈夫?
なにが?
私は質問の意味が解らず、無言で服を奪い取る
少年は咎めず私の様子を眺める
「君の名前は?」
「検体壱号」
知人の話で『不死』という存在について聞いて
俺は少なからず興味を持った
何をしても死なない人間
人類の永遠の夢、到達出来ない高み
実験に関れるようになった時、柄にもなく喜んだ
あんな惨劇が繰り広げられているとも知らず
「アレならシャワー室にいますよ」
アレが示すのは実験対象だという事を数瞬遅れて気づく
そもそも実験室に広がる赤色の湖
そこかしこに落ちている人体の一部
否応なく実験の残忍さを知らされる
俺は渡された服をひっ掴み、早足に実験室を後にした
シャワー室の扉は開け放されていた
廊下に響き渡る激しい水温
冷水を頭から浴びる華奢な少女
暫くすると水を止めて此方に向かって歩いてくる
そな凄惨な姿に俺は思わず口にした
「…大丈夫なのか?」
少女は何も答えずに服を奪い取り
それを身に纏う
その姿は天使を彷彿とさせた
少女は俺の目を見つめる
その漆黒の瞳には何の感情も感慨も存在しない
あまりにも無垢であまりにも穢れた瞳
無意識に口が動いた
「君の名前は?」
「検体壱号」
少女は間髪いれることなく答えた
あれから何年か経ち
私は世間一般的に大人と呼ばれる年齢に達した
「大丈夫か?壱火」
「平気。零斗は心配し過ぎ」
あの時の少年も成長し、何時のまにか研究主任にまでなっていた
彼のおかげであの時間の無駄遣いとしか言えない実験も減り
私に壱火という名前をつけてくれた
どうしてそんななんの利益も無いことをするのかと何度も問うたが
いつも何も答えない
優しく抱き締められるだけだった
最近研究員の雰囲気が良くない
どうやら壱火の実験を減らした事を快く思っていないようだ
しかしあれは実験といえる代物だろうか?
幼い少女をいたぶり、なぶり、凌辱する
ただの男という獣の道具として
俺はその光景に怒りを感じると同時に、憤りを覚えた
自分はなにも出来ない何の力も持っていない
――ならば力を持てばいい
その考えに到達した時迷いは消え去り、彼女への思いが看過出来ないほどに大きくなっていた
気がついたら私は知らない部屋にいた
手足は固く拘束されていて硬いベッドな横たえられている
薄暗く血なまぐさい…
――ああ、ここは…
私がこの部屋を思い出すと同時に、部屋に入ってくる無数の白衣達
誰も彼もがその手に鈍器やら刃物を握っている
「お目覚めかい?検体壱号」
まるで禁断症状かのように手を震わせ
大きく裂けた唇は厭らしく歪められている
これまで何度も見てきたはずなのに
嫌悪感を押さえられない
凶刃が悦びの咆哮をあげて私に迫る
――おかしい
俺がそう思ったのは、彼女が実験室に向かってから少し経った時だ
何時もは何人も行き交ってるはずの廊下が静まりかえっている
そして時たま通る白衣の研究員は雰囲気がおかしい
そこまで考えてから俺は電光石火の如くある結論に至り、脱兎の如く駆け出した
「やめろ!」
その叫びで凶刃――メスはピタリと止まった
声の元を辿るとそこには息を切らせた彼が立っていた
「…おや、主任」
白衣はさして驚かず彼を見た
彼は無言で歩み寄り白衣が握っていたメスを払い落とした
すると他の白衣達が唸りをあげて彼に襲いかかる
私に戦慄が走った
――だめ、だめだ――!
「やめて、零斗!だめだよー!」
しかし彼は薄く笑うだけで
凶刃が彼に突き刺さっていく
その瞬間思考がスパークしアドレナリンが噴き出す
力任せに腕と脚を引き抜く
千切れた足先と手を一瞥し新しい足で立ち上がる
そして彼の前に出る
何度も突き刺さる刃
止めどなく流れる鮮血
如何に不死といえど失血死の可能性もあるかもしれない
けどもう少し粘れば――
時折聞こえる何かが倒れる音
気がつけば残っているのは一人だけ
「き、さまぁ……!」
その言葉と共に二人は互いの全力で武器を降り下ろす
肉が裂ける音
また濃度を増す血の匂い
人が倒れる音
「い、ち…か……」
「れい……と…」
失血量が多くて力が入らない
彼ももうすぐ力尽きてしまうだろう
ひと欠片の力を振り絞り手を伸ばす
彼も手を伸ばし強く強く握りしめる
「ね、れい…と。お願い、が、ある…の」
彼は続きを促すように此方を見つめる
「ねぇ…私を、殺して…?」
「な… !?」
「このまま、生きても…これまでと同じ…。あなたがいないここは…寒、すぎるだから、あな、たと一緒に…今……!」
私は何年振りかわからない涙を流した
「でも、きみは…」
彼の言わんとしていることは解る
だから、白衣の誰かが持ってきた鉈を指差した
「あ、れで私の首を、斬って…あれなら、斬れるから。首を斬れば、失血量が多くて、私だって…」
彼は悩んでいたが、私の懇願に決意したように鉈を掴んだ
「待ってて…おくれ、僕も、すぐに……」
その言葉と同時に降り下ろされる鉈
――ありがとう、零斗。愛してる――
そして、私は本当の死を迎えた