第三話
パンパン!サッサ!パンパン!サッ!パンパン!サッサ!パン!
原宿の竹下通りにとん太という串焼き屋がある。東郷神社の入り口角にあるクレープ屋さんを過ぎればあと少し、パンク系ショップの並びにある破れかけた大きな赤提灯が目印だ。とん太という屋号は先代のオーナーが焼き豚専門店としてはじめたときの名残らしい。今では地鶏肉を主体に備長炭で焼く塩焼き中心のヘルシーさが売り物になっている。この店には俺がレンタルスタジオで修業していたころの仲間で修という男が働いていた。
いつものようにすし詰め状態のカウンターは、若い女性客の楽しそうな笑い声で賑わっていた。やたらと女子大生風のグループが多い今夜のとん太で、すっかりお決まりの定位置になった入口よりのカウンター隅っこに座った俺は、手羽を噛りながら麦酒を飲んでいるところだった。
「しかしお前が芸能カメラマンかよ!笑わせてくれるよなーアハハハ!」
カウンター中央にどっしり構える年期の入った焼き台。この焼き場に立てる人間はただひとり店長だけである。(従業員は3人だけど)
今日も伝統の焼き台の前には、いつものように毒舌を振りまいて絶好調の花形焼き師、修店長がいた。
「あのー就職決まったそうですね。おめでとう!」
たまたま隣に居合わせた女子大生3人組のグループが嬉しそうに声を掛けてきた。イェーイ!俺たちは即興で乾杯を交わした。
俺が石井から連絡を貰ったのはつい昨夜のことだった。
「社長がきみの写真をたいそう気に入ったみたいだ。うちの新人タレントたちと共に、若い才能を伸ばしていって欲しいと伝えるように言われたよ。さっそくだけど、来週の頭から事務所の前準備を手伝って欲しい。スケジュールを空けてくれるかな?」
石井から太鼓判を押されていたとはいえ、俺にとっては超難関な面接試験に合格したようなもの。携帯電話を耳に当てたまま、心の中で喜びを爆発させながら何度もガッツポーズを連発したっけ。
ちょうど今日はイタリアーノの定休日だった。ささやかな自慢と義理で報告をするべくやって来た俺を、修が手荒く祝福していたというわけだ。
「しかし、この就職難の時代に駆け出しのお前を雇ってくれるお人よしな芸能事務所があるとはなあ。ジュン、おまえはマジで超ラッキーな男だぜ」
相変わらず口は悪いが、きょうの話題は俺の就職話で持ちきりだ。やっぱり持つべきものは友か。まるで自分の事のように喜ぶ修が、俺には嬉しかった。まずい!焼き台の煙が目に入ってしまったらしい。
「よーし!みんな。きょうは特別だ。おれのダチの就職を祝って、全品1割引にするぜ!ただし、みんな!おやじには内緒だぜ」
大笑いする修。(おやじとは隠居したオーナーのことだよ)
あおりまくる修とますます上がる店内のテンション。みんなの一体感も最高潮に達している。
「へい、いらっしゃい!おーい、みんな!ご新規おふたりさんが来たんだ。もっと詰めてくれよ。ノリ!奥から椅子を出してこい」
「お、修ちゃん。これ以上はもう無理だって。ちょう限界ー!!」
ようやく引けたかと思えばすぐに満席になる。まるで申し合わせたかのように、入れ替わり立ち替わりトン太へ押し寄せる女の子たち。幾度も繰り返される喝采と乾杯の嵐。俺の即興就職祝賀パーティはいつ終わるともなく、朝までつづくように思えた。