第二章 インタープロ 第一話
第一話
中学2年の二学期。文化祭の後片づけが終った夜だった。2年3組の実行委員だった俺と久美子は誰もいなくなった教室にいた。当時俺たちはつき合っていたが、ふたりとも幼かったし、キスどころか手を握ったことさえなかった。もちろん乱暴するつもりなど少しもなかったはずだ。今になって考えてみても、あの夜、俺の心にはおぞましい魔物が憑いていたとしか思えない。
後ずさりする久美子。執拗に言い寄っていく俺。恐怖のあまり声を上げる久美子。俺は久美子に抱きついた。勢いそのまま机に押し倒すと、強引に唇を重ねた。
「キャー!ジュンちゃんやめて!お願い、やめて!怖い!」
久美子の叫び声で目が覚めた。忘れたころにやって来るあの日のリアルな映像。いつ見てもこの夢はタフだ。半日は立ち直れなくなる。
橙色の斜光がワンルームの狭い部屋には少し不釣り合いな大きな鏡に反射していた。光の帯が部屋全体をオーロラのように漂う。眩しい!ひどく熱い!汗ばんだ背中にシーツが引っつく。もう朝なのか?いったい何時だろう?目覚まし時計に焦点が定まるまでの10分間、俺は何度もベッドの上で寝返りを打った。
10分が経過。まだ何も考えられない。俺は2日酔いで重くなった頭蓋骨を持て余していた。
さらにもう10分が過ぎた。やっとの思いで湿ったベッドから這い出ると、つかさず俺はベッドの下へ上半身を潜り込ませて、コダックのロゴが入った黄色いクーラーバックを引っ張り出した。無造作にそいつをひっくり返すと、半透明のケースに入った撮影済みフィルムが20本ほど転がった。「あった!これこれ!」散らかった中からあの女優を写したフィルムを見つけ出す。漠然と突っ込んであったように見えて、じつは1本ずつ撮影日時が記入してあるのだ。すっかり安心した俺は這い出したベッドの中へ逆戻りする。
ダークなブライドレッド色に染まるバスルームに俺はいた。水を張った30センチ四方のバットの中に浮かぶ1枚の不思議な紙。水の波紋が紙の上にいくつもの影を落としていた。陽炎な模様の中からみるみる女の顔が現われてくる。
「やっぱり思った通りだ!」俺は興奮してそう小さく叫ぶ。
女性が浮かび上がった印画紙を手に取り注意深く眺めてみる。
もはや疑う余地はないだろう。たしかにあの女優はカメラに向かって微笑んでいた。幻影と現実は合致した。写真機のファインダーという自我暗箱でのみ存在できた虚実の世界が、銀塩紙に焼き付けるという行為で忠実に再現されたのだ。常に記憶から消え去る運命と共存する超現実。そのあまりに刹那的な生涯を半永久的にフィックスした瞬間でもあった。
俺はトリミングやコントラストの階調を微妙に変えながら、およそ30枚をプリントした。じわじわと胸の奥から、今まで経験したことのない快感が込み上げてくる。繰り返し押し寄せる津波のような絶頂に身体の震えが止まらない。俺の心は躍り、沸き立つ血流はおさえることができずに、全身の毛穴からしぶきを上げた。