第二話
第二話
「写真の専門学校に行きたいんだ」
「何よ!何を言いだすの!」
母はひどく慌てたように声を上げた。
「まさか、先生が奨めたのですか?」
「とんでもありません。お母さん、ぼくも初めて聞きました」
高校3年の初夏。学校の会議室で行われていた三者面談の光景だった。
突然俺は予定していた付属大学への進学をキャンセルすると宣言したのだ。母と担任教師は顔を見合わせたまま固まっている。
「写真学校に行ってどうするのよ」
「分からない」
「カメラマンになれる訳ないでしょう」
「別になりたいわけじゃない」
「じゃあどうして?」
俺が小学5年生のときに父親は事業に失敗して失踪。その後、女手ひとつで育ててくれた母の希望で俺は私大の付属高校へ進学した。(じつをいうと、俺にも男子高でなければならない事情があったのだ)いくら大学までストレートに行かせたいという願いがあったとしても、公立高よりはるかに高い入学金と授業料は相当な負担になっていたはずだ。しかし、どんなに親不孝だと分かっていても俺は譲らなかった。何を犠牲にしても写真を勉強しなければならないほどの、運命の出逢いがあったから。
俺の高校生活は人生の中でもっとも空虚な時期にあたる。記憶にある出来事といえば、入学して間もなくサッカー部の先輩から受けた陰湿な虐めぐらいか。思春期の楽しかった想い出は全部、中学時代に置き忘れてきたのだ。いや棄ててきたというべきかもしれない。
すべてはあの事件からはじまった。あの事件がいまの俺のすべてを形成している。
それは中学2年の文化祭の夜。俺は好きだった同級生の女の子をレイプした。
「ジュン!料理上がったよ!」マスターの声がやけによく通った。
絶妙なタイミングで面接試験を中断してくれたマスター。ホッとした俺が笑顔で振り返ると、どこか淋しそうな眼差しが俺を見ていた。