最終章
報告書は、夜明け前に届いた。
外部分析機関からの正式データ。電子署名付き。
放射性炭素年代測定。加速器質量分析法。
支持体の麻布は、二十世紀後半。
顔料分析。
酸化チタン。アナターゼ型。
粒径分布は近代工業製品規格に近似。
一九六〇年代以降の流通。
膠の成分。合成樹脂の混在。
結論。
制作年代、二十世紀後半と推定。
誤差範囲内。
村木は画面を閉じる。
室内は静かだった。
菜々緒はヘルメットを椅子の背に掛けたまま、腕を組んでいる。
動く気配はない。
「決まりだな」
マイクの声は低い。
「はい」
村木はうなずく。
「表層は旧来技法に忠実ですが、支持体が嘘をつきません」
「作者は」
「高度な知識を前提とする操作が疑われます」
沈黙。
窓の外、朝の色が薄く滲む。
「動くか」
マイク。
「契約範囲内であれば」
村木。
「範囲は」
「真贋判定まで」
菜々緒。
「その先は?」
「依頼主の判断です」
マイクは短く息を吐く。
「嫌がるな」
「はい」
「だが、逃げるな」
村木は視線を上げる。
「逃げません」
電子端末に通知音。
依頼主からの返信。
――鑑定結果を受理する。正式報告書の提出を求める。
それだけ。
感情はない。
マイクは端末を閉じる。
「終わりだ」
菜々緒はヘルメットを静かに被る。
エンジンはかけない。
村木は最後の一文を追記する。
――本作は、近代制作の可能性が極めて高い。
断定ではない。
科学は常に余白を残す。
それが強さだ。
夜が明ける。
三人は、それぞれの方向へ動く。
追跡は終わった。
だが、問いは残る。
本物とは何か。
価値とは何か。
人はなぜ、古いものを欲しがるのか。
作品は黙っている。
だが、材料は語った。
それでも、少しだけ疲労が残った。
それで十分だった。




