第八章
対面は午後二時。
画廊の応接室は白い。
光が強すぎる。
壁の抽象画は以前と同じ。
だが今日は、色がうるさい。
机上に録音機。
赤いランプが静かに灯る。
「本日の協議は、暫定鑑定結果の説明および事実確認です。録音を行います」
村木の声は平坦。
「構いません」
副代表は微笑を崩さない。
だが指先の血色だけが薄い。
法人代表。
顧問弁護士。
空調の風が書類の端を揺らす。
マイクは壁際。
立ったまま。
視線は出入口と窓の反射を同時に追っている。
菜々緒は窓際。
カーテンの隙間。
向かいの屋上。
動きなし。
「蛍光X線分析結果です」
資料が滑る。
紙の擦過音。
「白色顔料のチタンとバリウム比率が制作年代と整合しません」
「誤差では?」
副代表は即答する。
だが視線は資料に落ちない。
「最大誤差を加味しても三十年規模の乖離が生じます」
ページがめくられる。
「赤色部から有機系安定剤を検出。後年補修の可能性が高い」
顧問弁護士が口を開く。
「可能性、ですね」
「はい。断定ではありません」
静かな肯定。
「次に支持体です」
村木は一拍置く。
「放射性炭素年代測定の速報値が出ています。正式報告は後日ですが、較正前中心値は一九八三年。誤差幅はプラスマイナス十二年」
法人代表の喉が鳴る。
「制作年は一九五〇年代前半でしたね」
「……そうです」
「一九六〇年代以前に位置する確率は五%未満」
空調音だけが残る。
「速報でしょう?」
副代表。
「はい。暫定評価です。ただし統計的有意性は十分に認められます」
弁護士が資料をめくる。
「正式報告前に公表は可能ですか」
「保険契約上、重大事由の疑いがある場合、速報段階での通知義務が生じます」
一瞬の沈黙。
「四時間の監視欠落について」
副代表の視線が初めて鋭くなる。
「偶発的障害です」
「障害報告書の提出を求めます」
「……現在精査中です」
「提出がなければ保険者へ直接照会します」
法人代表が身を乗り出す。
「待ってください」
椅子の脚が床を擦る。
副代表が背にもたれる。
微笑が薄くなる。
「君は、どこまで掴んでいる」
「再梱包センターの法人契約。
支持体の再張り痕。
近年型接着剤。
速報年代値。
そして――」
村木は視線を上げる。
「木枠側面の刻印。別作家の工房印と一致しました」
空気が止まる。
副代表の視線がわずかに揺れる
「……そこまでか」
「なぜですか」
村木の声は変わらない。
「なぜ、支持体を移植したのですか」
弁護士が割って入る。
「事実認定は慎重に」
「可能性の確認です」
言葉は選ばれている。
断定はしない。
副代表が目を閉じる。
「理想を守るためだ」
静かな声。
「三十年前、この画廊は贋作事件で潰れかけた。私は告発側だった」
法人代表が視線を落とす。
「守った。だが市場は忘れない。評価は落ちる。客は離れる」
拳が机の上で固く閉じられる
「七番は必要だった」
「疑っていたのですか」
「……疑念はあった」
ほぼ自白。
だが法的には曖昧。
「海外移動の目的は」
「保全だ」
「結果的に証拠の移動となっています」
「言葉を選べ」
声が荒れる。
マイクが静かに口を開く。
「再梱包センター。二年前にも事故報告がある。保険会社は記録している」
副代表の視線が定まらない。
「通知は、今朝済ませた」
法人代表が言う。
「なぜ!」
「契約違反の疑いが生じた時点で義務がある」
副代表は理解する。
組織は切る。
「条件がある」
低い声。
「私個人の責任としろ。法人と代表は守れ」
「判断は保険者および関係当局に委ねられます」
村木の声は平坦。
「正義は組織を潰す」
副代表。
「虚偽は、もっと潰します」
視線は逸れない。
録音停止。
廊下。
空気が重い。
「尾行、三台」
菜々緒。
「想定内だ」
マイク。
村木は振り返らない。
速報は出た。
正式報告は届く。
保険者は動く。
監査は入る。
副代表は辞任に追い込まれる。
刑事立件は微妙な線だ。
だが市場は覚える。
整いすぎた来歴は疑え。
科学は断罪しない。
だが、整合しないものを残さない。
白い応接室の光が、わずかに揺れていた。
秩序はまだ保たれている。
だが、亀裂は入った。




