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ガロウ  作者: 揚羽(ageha)


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第六章

 事務所の灯りは落としてある。

 外から見れば、営業終了。

 看板も消え、ブラインドも下ろされている。

 内部では、モニターだけが光っていた。

 青白い光が、壁と机の輪郭を削る。

 村木は端末に向かっている。

「ナンバー照会、完了しました」

「早いな」

 マイクはソファに沈んだまま。

 靴は脱がない。

 すぐ動ける姿勢。

「登録情報は公開範囲内で取得可能です。法人名義ですので、所有者名と本店所在地までは確認できます」

 画面を回す。

 ――クンストロジスティクス株式会社。

 設立三年。

 資本金五百万円。

 事業目的、美術品の保管・輸送・売買仲介。

「いかにもだな」

 菜々緒が缶コーヒーを開ける。

 乾いた音が小さく響く。

「所在地は都内のバーチャルオフィスです」

「実体は」

「現時点では確認できません」

 村木は登記事項証明書の履歴を開く。

 代表取締役の欄。

 そこに、見覚えのある姓。

「副代表と同姓です」

 マイクが目を細める。

「珍しい姓か」

「一般的ではありません」

「親族か」

「断定はできません。ただし――」

 役員変更履歴を拡大する。

「代表就任は三年前です」

 三年前。

 画廊が海外大型作家の取り扱いを始めた時期と重なる。

「偶然が続くな」

「はい」

 村木は保険証券データを並べる。

「輸送契約の一次受託がこの法人。再委託条項あり」

「再委託先は」

「空欄です」

 また、空白。

「保険は包括動産総合保険。保険価額一億二千万円」

「引受先は」

「副代表が理事を務める団体と資本関係のある保険会社です」

 菜々緒が小さく笑う。

「回ってるね」

 法人。

 輸送。

 保険。

 内部監査。

 閉じた輪。

「古物商許可番号も登録されています」

「公安は」

「埼玉県公安委員会。画廊と同じ管轄です」

「取引台帳の保存義務は」

「三年」

 設立年数と一致する。

「帳簿が見られれば」

「任意では困難です」

「強制は」

「できません。我々には権限がありません」

 沈黙。

 だが、構造は見えてきている。

「動機は」

 菜々緒。

「差し替え、もしくは来歴操作」

「プロヴェナンス改竄の可能性があります」

 村木の声は低い。

「来歴を補強し、市場価値を吊り上げる。あるいは、真正性を偽装する」

「証拠は」

「ありません」

 同じ言葉。

 だが、重みが増している。

「資金の流れは追えないか」

「決算公告は確認できません。小規模会社のため、官報掲載義務がない可能性があります」

「銀行は」

「非公開です」

 壁に表示された関連図が、静かに線を増やしていく。

 副代表。

 法人。

 保険。

 輸送工程。

 空白の四時間。

 一本に、収束しつつある。

「会うか」

「副代表に、ですか」

「いや」

 短い間。

「代表取締役だ」

 菜々緒が立ち上がる。

「バーチャルオフィスなら、郵便物の転送先があるはず」

「調べます」

 村木は一瞬だけ目を閉じる。

「……本件は、私の契約範囲を超えつつあります」

「逃げるか」

 マイクは淡々と問う。

 沈黙。

「いいえ」

 村木は顔を上げる。

「期間内です。調査は正当な範囲です」

「範囲外だ」

「承知しています」

 短い間。

「覚悟はあるか」

「あります」

「続けろ」

 そのとき。

 外で、低いエンジン音。

 一定回転を保つ振動。

 マイクがブラインドの隙間をわずかに上げる。

 黒い車両。

 停車。

 ヘッドライトは消えている。

 エンジンだけが生きている。

「同じ車か」

「違います」

「だが、同じ匂いだ」

 数分。

 車は動かない。

 監視。

 存在を示すだけの圧。

 やがて、静かに去る。

 エンジン音が遠ざかる。

「向こうも動いています」

「だが、兆候は出た」

 マイクは言った。

 菜々緒がバイクの手元を確認する。

「次は?」

「現物だ」

 マイク。

「科学鑑定ですか」

「それしかない」

 村木はうなずく。

「顔料分析。支持体繊維の年代測定。X線透過撮影。赤外線リフレクトグラフィ」

「派手じゃない」

「ですが、嘘は残ります」

 証拠がなければ、

 証拠を取りに行く。

 合法の範囲で。

 夜は深い。

 だが、核心は近い。

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