7.椿の呟きと訪問者
「なんだかなぁ」
夜、フッカフカの大きなベッドに転がりながら椿は、大きな溜息をついた。
「この時間だけだ」
そう、この寝落ちる前の時間だけは解放された気持ちになる。
外には護衛さんがいるはずだけど、静まり返った部屋に一人きりという状況に、やっと身体の力が抜けた気がする。
頭痛で死ぬ。そんな事があるのだろうかと最初は疑っていた。ただ、思い起こせば前兆はあった気がする。
「アッサリな人生だったなぁ」
西ノ宮 椿は、いわゆる普通の家庭に育った。家族関係は父母に今年大学を卒業した弟と高校三年生の妹。下の二人は、どんくさい私よりしっかりしている。
「まぁ、私なりに正社員で頑張ってるよね。あ、頑張っていたになるのか」
せめて溜まっていた有給を使い切りたかったし、せっかくなら微々たるモノでも退職金だって受け取りたかったな。
「我ながら何故か涙が出ないのが不思議」
そう、アナタ死んでるよと聞いた時には、思考停止してぶっ倒れた。
「残念、悲しいとはおもう」
その反面、こうも思うのだ。
「もう、あの満員電車に乗り込まなくていいのは最高なんだよね」
二度と家族や友達に会えないのは辛いのは間違いないのだ。ただ、まだ気持ちが麻痺しているのかなと思った。
「違うか」
そう解釈しないと自分が変な奴に見られたら嫌だなと感じるから。
…知り合いもいない世界なのに笑えるわ。
「で、そろそろ寝たいんだけど。どちら様?」
いつから居るのかしらないけれど寝室に知らない人間が入ってきているのは非常に不愉快である。
「何故気づいた?」
「なんとなく」
実は、例のノートを開いていたら『侵入者、一人、窓』文字が浮かび上がったから。
「腑抜けって聞いていたんだけどなぁ」
分厚いカーテンから出てきた人物は、目以外は布で隠されていた。声だけで判断すると男性かな。その侵入者は、オカシイなと頬をポリポリと掻いている。
敵陣に乗りこんできたにしては、随分と緩い。
あぁ、甘く見られてるって事?
観察していると、また手元のノートに文字がうかんだ。
「サントリナ王国」
ザワッ
浮かんだ文字を口にした瞬間、自分の肌が粟立つ。
この男、本気だ。
「へぇ、無知じゃないって事じゃん」
カーテンの前にいたはずの男は、いつの間にかベッドに乗り上げて私の顎を上げていた。
バチバチッ
「痛くないんですか?」
強力な静電気が発生したかのように私から時折、線香花火に似た光が飛ぶのを視界の端でとらえて思わず聞いてしまった。
「そこそこキテるな」
悪い薬でも飲んだような回答がきた。私の命だけでなく外敵からの怪我も防ぐよう契約した効果はでているのかな。
…追加で触られる前に撃退して欲しいと書かないと駄目かなぁ。
「嬢ちゃん、随分と余裕だな」
「まさか。普通に驚いているし、怖いですよ?」
部屋で寝ていて不審者に侵入されるなんて、私の人生では初めての経験だわ。
「まぁ、歓迎されていない場合もありますよね。一言、伝えたいのは私の意思ではないって事ですかね」
自ら望んでこのポジションにいるわけじゃない。
「で、どのような目的ですかね」
無理やり上げさせられた顎から、手が離れた。
「殺れって言われたんだけど、生かしておいた方が面白そうだな」
面白さで命令違反しちゃうんだ。
「あ、聖女さんの名前なんだっけ?」
「…椿」
名前なんて聞かれた事がなかったから、つい真面目に教えてしまった。
「エリキ」
布から口元を見せた彼の歯並びが、やたら綺麗だなと場違いな事を思ってしまった。
ドンドン!
「聖女様!ご無事ですか?!」
いきなり扉が強く叩かれて、肩が上る。
「時間切れだな。魔術師に質はいいが、柱の一箇所が手薄だと伝えておけ」
「え、ここ2階」
「次、会う日まで生きてろよ」
勝手に侵入し、何もしないで去っていった。
「聖女様!お怪我はございませんか?!」
「あ〜、問題ないです」
しかも、何やら物騒な台詞を残してくれた。
魔術師さん、人は悪くなさそうだったけど、あえて手薄にした可能性もあるよね。
「とりあえず寝てもいいですか?」
誰も信じられない 。いや、その考えが間違ってるんだ。そもそも何を根拠に相手を信じ、信頼するのか。
もはや直感しかないわ。




