3.私には名前がある
「はい、離れていてくださいね〜」
異世界だという世界に来て五日目、私は城にいた。もう少し丁寧に語るとすならば、ミント王国という国の城内の隅にある離れだという建物の前に立っていた。
「聖女様、かなり強い防御壁を張りましたので、安心してお過ごし下さい。これが扉の鍵になります」
渡されたのは、ヨーロッパで蚤の市にありそうなアンティークの鍵。いや、あくまでもイメージだ。ちなみに私は、そんなお洒落な場所なんて行ったこともない。それを魔術師だという青年から受け取った。
「侍女は一人来るはずですが…僕が言うのもなんですが、本当にお一人で大丈夫ですか?」
軽そうな今どきの大学生みたいな青年は、意外にも真面目に心配してくれているらしい。初対面では珍獣に遭遇したような目つきだったから、短時間の間に進歩した気さえする。
「はい。とりあえず頑張ってみます」
どう頑張るかすら未だに決まっていないけど。
「この石の窪みありますよね?ここを軽く指で3回叩いて下さい。そうすると魔塔にいる僕か部下と繋がり、会話出来るので」
君、まさかの部下持ちの偉い人だったのか。
「ちなみに、聖女様は僕の名前覚えました?」
確か、ハーブの名前だったような。
「えっと、バジル!バジルさん!」
そうそう、ニョッキと合うよね。バジルソースって私、結構好き。
「バージルです」
「おしい」
「おしくないです」
緑の目をカッと見開いてサラッサラな黒髪をなびかせる姿は、あまり怖くない。いや、本人は真剣かもしれない。
「えー、バージルさん?お世話になりました。また、もしかしたら今後もお願いいたします」
あ、なんか不満そう。
「色々と言いたい事はありますけど、今日は、時間もないから言いませんが。本当に戸締まりはしっかりして、城内も護衛は常につけたほうが身のためですからね」
「はい。気をつけます」
これで何か言えば終わらないのでイエスマンで終わらせようと私は笑顔で彼を見送った。
「……名前がどうとか言うけどさ、私の名前は聖女様じゃないんだからね」
そう、この世界に来てからの私の名前は、西ノ宮 椿ではなく聖女様なのだ。
✢〜✢〜
「今日もいい汗かいた」
堅苦しい神殿から出たはずが危険だから神殿が嫌なら城の中で暮らせと言われ、それもなとゴネる私に、今は他国に嫁いだ王女様が幼い時に強請り建てられたという城内の端にある小さな二階建てに住めと王様の圧に負けて。
「何が小さいのよ。豪華な戸建てすぎて掃除がキツイわ」
三日に一度は掃除をするはめになった。
「ニシノミヤツバキ様」
引っ越して五日目にして、名前を呼ばれたのだ。
「初めまして。小煩いとおもうかもしれませんが、西ノ宮で切って椿です。護衛の方でしょうか?」
正式に護衛が決まったと王様、いや陛下と言うらしい。そのトップの秘書みたいな人が早朝に来て言っていた。
正直、夜明けに叩き起こされた私は、あまり機嫌がよろしくない。そもそも働くのが早すぎでしょ。
「本日、着任しました。ソレル・ヴァンリと申します」
身辺を警護しますと片膝ついて言われた。
「…よろしくお願いいたします」
もう、いいですから立ってと促せば、かなり上に頭がある。腰の位置が高っ。
「いや、着眼点が違う」
私は、いったい何をしているんだ。
「ニシノミヤ様?」
うん、とりあえずは。
「色々聞きたい事があって。お茶、飲みませんか?」
単純に名前を呼ばれただけなのに。仲良くなりたいって思うのはちょろいかしら?




