8.職員室には結界が張ってある
資金の手当ては美野里さんが引き受けてくれた。
そうすると、僕がまずやらなければならないことは花火業者や行政との交渉窓口になってくれる先生を探すことだ。
そういえば昨年度までの生徒会顧問の先生が異動になったので、新しい先生に替わったんだった。
その先生に挨拶がてらお願いしてみるのがいいかもしれない。
「新しい顧問の先生って、西原先生ですよね。うちのクラスの担任ですよ。面白くて面倒見が良くて、いい感じの人ですよ。ご紹介しましょうか?」
愛美さんがそう言ってくれたので、愛美さんと二人で職員室へ行き、新しい生徒会顧問の西原うらら先生に挨拶をすることにした。
「すみませ~ん。西原先生いらっしゃいますか~?あっ、いらっしゃいますね。行きましょう。」
そう言って愛美さんは、ずんずんと職員室へ入って行く。なんか頼もしい。そう思いながら後に続く。
「西原先生。話しかけても大丈夫ですか?」
「ああ、大曲木さん。って、この瞬間にもう話しかけられてるしっ!・・・もちろんよ。どうしたの?質問?」
そう言って席に座ったまま顔を上げた西原先生は20代後半から30歳くらいの女性教師。たしかに気さくで良い人そうだな。
「いえ、先生は生徒会の顧問ですよね?実は新任の生徒会役員が挨拶したいというのでお連れしました~。」
その言葉を聞くと、西原先生だけではなく周囲の先生もビクッと反応した。西原先生の顔もさっと青くなった。それだけじゃない。いつの間にか周囲には名状しがたい緊張感が漂ってきたような・・・。
「あっ、えっ?あれ?ごめんなさい。職員室には結界が張ってあって生徒会役員は入って来れないって聞いてたから・・・まさかいきなり侵入を許すなんて思わなくて油断してて、ちょっと心の準備がまだ・・・。ハアハア・・・。」
西原先生は目が泳ぎ、胸に手を当て呼吸も荒くなったように見える。
具合が悪いのかな?額にも脂汗が浮かんできた。
しかし結界って妖怪じゃないんだから・・・。
その時、隣の席の先生が西原先生に耳打ちした。
「大丈夫です。あれは副会長の中村です。人畜無害な方の妖怪です・・・。」
ちょっと声が大きすぎて何を話しているか丸聞こえなんですが・・・。粗忽すぎる。本人を前に妖怪って・・・しかも人畜無害な方なんて、まるで人や家畜に有害な妖怪がいるみたいじゃないか!?
まあ、確かにいるけど・・・。
「あ、ああ。わかったわ。落ち着くからちょっと待ってね。ハア~、スウ~。」
西原先生はそう言いながら深呼吸し、ペットボトルの水を口に含んだ。
「ごめんなさいね。持病の癪が出ちゃったのかしら。オホホホッ・・・。」
「ああ、そうでしたか。体調が悪いところすみません。新しく生徒会副会長になりました。中村翔太と申します。ご挨拶が遅れてすみません。」
「いいのよ。私も忙しくて生徒会室へ行けなくてごめんなさいね。これからもあんまり行けないと思うけどよろしくね~。」
西原先生は明らかに腰が引けている。さっきのやり取りを見ると美野里さんを恐れていることがその理由だろう。
しかし、美野里さんが先生全員に避けられて職員室に出禁になっているっていう噂、本当だったんだな~。
「じゃ、じゃあ挨拶も終わったようだし、もういいかな?これからテストの採点とかあるし・・・。」
「あれっ?テストなんかしましたっけ?」
愛美さんが不思議そうな顔をしている。さては適当な口実で追い返そうとしているな!?
「そうだ。お願いがあるんです。文化祭で花火を打ち上げる企画があるんですが、先生に業者とか行政とかの窓口になっていただけませんか?」
「えっ、えっ~?あっ、私は部活の指導とか忙しいし、ちょっとそういうのは・・・。」
「待ってください。西原先生は生徒会以外に顧問をしてませんよね。」
僕がビシッと指をさした先には、『顧問担当表』と書かれた貼り紙があるが、そこには西原先生の担当として生徒会としか書かれていない。
「あっ、えっ、あっ~・・・。そうだ。夫と子供が家で待ってるから・・・。」
「あれっ?西原先生ってご結婚されたんですか?おめでとうございます。」
向かいに座っていた若い先生が驚いた表情をしている。この席の周りには粗忽な先生しかいないのか?
「お願いできませんでしょうか?」
僕が再度お願いすると、もう言い訳の種が尽きたのか西原先生ぷいっと横を向いて目をそらし、そのまま無言になった。
なるほど顧問なのに、何としても生徒会には関わりたくないというわけか・・・。
しかし困ったら黙るって、幼児か!?だったらこっちにも考えがある。
「あ~、そうですか。確かに先生にお願いするのに副会長の僕だけっていうのも失礼でしたよね。すみません。」
「えっ?」
「会長の城内を連れて改めてお願いに来ますね。」
僕がニッコリと笑ってそう伝えると、西原先生は顔面蒼白になり、かわいそうなくらい取り乱し始めた。
「えっ、あっ、いいのよ。先生と生徒で、そんな失礼とかそういうことないし、城内さんを連れて来なくても・・・大丈夫!うん全然大丈夫だから・・・。それだけはやめて・・・。」
「じゃあ引き受けてもらえるということですか?」
「・・・・・。」
「やっぱり僕の手に余るか~。力不足で情けないけど会長にご出馬いただくしかないかな~。」
「わ、わかったわ。わかりました。だけど外部との交渉の窓口になるだけよ。それから、生徒会の窓口は中村くんか大曲木さんが必ず担当してね。それでいいなら・・・。」
「はい。もちろんです。先生と生徒会のやり取りは城内ではなく僕が担当させていただきますね。問題が起きない限りは・・・ありがとうございました。」
僕は笑顔で感謝を伝えて職員室から退出した。
「お見事です~。私、引き受けてもらえないんじゃないかとハラハラしちゃいました。でも、名前を聞くだけで西原先生とか他の先生があんなに怯えてるなんて・・・・美野里さんってもしかして・・・やっぱり・・・。」
ああ・・・とうとうバレてしまったか・・・・。
★★
「じゃあ、先生は学校に戻るから。二人はまっすぐ帰るのよ。」
「「は~い」」
この日は文化祭での花火打ち上げの打ち合わせのため、西原先生と愛美さんとともに消防本部に来ていた。打ち上げ会場となる校庭の立入禁止区域の警備とか、後片付けとか、ごみ拾いとか、商店街や近隣住民の理解を得ることとかいくつか注意事項はあったが、実行すること自体に問題はなさそうだ。
しかも当日の万一の事故対応のために消防団に出動待機を頼んでくれるらしい。
「じゃあ、私たちは・・・ファミレスでも寄って行きましょうか?」
「ああ、そうしようか。」
学校の方へ向かって遠ざかる先生の背を見ながら、僕たちは駅の方へ向かった。自転車通学の愛美さんは自転車を曳きながら歩いている。
「先週の花火業者さんとの打ち合わせもうまくいきましたし、順調ですね。」
「ああ、そうだよね。校庭を見てもらって打上場所として問題ないって言ってもらえたしね。」
「それにしても・・・。美野里さんは何をしてるんでしょうか?文化祭の準備だけじゃなく、生徒会の仕事も全部私たちに任せて・・・ちょっと無責任過ぎないですか?」
愛美さんが頬を膨らませている。怒っている態度を示そうとしているのだろうが、頬袋を膨らませるリスみたいでむしろかわいらしい。
「美野里さんは寄付を募るためOBとか地元の会社とかを回ってくれてるはずだよ。そうやって黙って僕たちが見てないところで頑張ってる。そういう人だから。」
「わ~っ!!美野里さんのこと信頼してるんですね。うらやましいです。美野里さんと翔太さんの関係。何か信頼し合っている師匠と弟子みたいで。」
「ハハッ。美野里さんのことを師匠って思ったことはないよ。師匠と言えば郁美さんの方だよ。美野里さんのことは郁美さんに頼まれたから仕方なく・・・。」
あれっ?そうだっけ?僕は本当にそう思ってる?と自分の言葉に少し違和感を覚えながらも、僕は気にしないことにした。
「ああ、郁美さん素敵ですよね。郁美さんとは小学生の時から知り合いですけど、いつも優しくて頼りがいがあって。私も郁美さんの弟子みたいなもんですから、翔太さんとは兄妹弟子ですね。明日から『おにいちゃ~ん』って呼んでもいいですか?」
「ハハハッ、なにそれ面白い。」
そうこう言いながら歩いていると、タバコ屋の前の喫煙スペースに4、5人の男子高校生がたむろしているのが見えた。知らない人たちだけど、見覚えのある制服だから同じ高校の先輩だろう。
タバコこそ吸ってないけど高校生が喫煙スペースにたむろしているのは良くないのでは?
そう思って見ていると、そのうちの一人とうっかり目が合ってしまった。
「なんだよ?お前、何年?」
「いえ、2年生ですけど。」
「俺たちに文句あるの?」
その声に周囲の友達も僕に気づいたのかこちらを睨んできた。
「何?彼女の前だからってかっこつけて注意しようって?」
「かっこい~。彼女も惚れ直しちゃうよね~。アハハッ。」
うちの高校は進学校であり、わかりやすい不良がいるわけではない。
目の前の先輩方も見た目はごく普通の高校生だし、おそらくちょっとした息抜きでここでジュースでも飲んで、通りかかった後輩をからかっているだけだろう。
関わり合いにならず、大事になる前に立ち去った方がいいかと思ったが、ふと見るとタバコ屋の店の中からおばあさんが迷惑そうな顔でこちらを見ている。
スマホを取り出してどこかに連絡しようとしているようだ。もしかしたら学校とかに連絡するかも。だったら、大事にならないよう僕から注意して、早めに解散してもらった方がいいかもしれない。
「あの・・・先輩方。ここは喫煙所ですし、ご商売の邪魔になりそうですから、場所を移しませんか?」
失礼がないようなるべく丁寧な口調で伝えようとしたが、その気持ちは届かなかったようだ。その中で一番小柄で一番やんちゃそうな先輩が、「ハア~ッ?」とこちらを煽るような態度を取って来た。
「ここには自販機あんじゃん。俺たちはジュース買って飲んでるわけ。お客だよ。商売の邪魔なんかしてね~し。」
急に相手がケンカ腰になったことに驚いたのか、愛美さんは僕の後ろに隠れ、僕の制服の裾をぎゅっとつかみながら「あの、私たち生徒会の者です。あまり学校の周りの人に迷惑をかけないでください。」と弱々しく言った。
「なに?生徒会が何だってんだよ?どこが迷惑だってんだよ。なに俺たちにイチャモン付けてんだよ。生徒会だからって威張ってんじゃね~ぞ!」
僕たちの態度が癇に障ったのか、その小柄な先輩のイキリはますますエスカレートして、そのまま凄んできた。
しかし・・・なんというか凄まれても全然怖くないな。狂気と暴力に裏付けられた美野里さんの凄みに比べたら子犬が吠えてるみたいで微笑ましさすら感じる・・・。
美野里さん・・・そうだ!!美野里さんの名前を借りよう。こんな時くらい役に立ってくれないと・・・。
「いえ、生徒会だからではなく、生徒会長の指示を受けて注意しに来たんですよ。あの城内美野里さんの・・・。」
そう言うと先輩方は一斉にビクッとした。
「い・・・いや・・・。だからどうしたっていうんだよ・・・。」
さっきまで威勢がよかった小柄な先輩が急に静かになった。すごいな!美野里さんの名前。魔除けに効果抜群じゃん。
「そういえば少し遅れてますが、美野里さんもすぐにここに来る予定なんですよ。ねえ?」
「あっ、はい。たしか『ちょっと2、3人しばき上げてから行くけえ、ワレたちで先行って片付けとけや!ワシが行くまでにあいつらが残っとったら承知せんぞ!ワレッ!!そん時はワレをしばいたるかなら!!』とか、おっしゃってましたね・・・。」
僕のアドリブに愛美さんがうまく調子を合わせてくれた。
しかし、どんな設定なんだ?
美野里さんが広島弁になってるし・・・。
まあいい。先輩方もすっかり引いているみたいだし。じゃあその設定に乗ってクロージングと行こう。
「すみません。先輩方にご協力いただけないと、僕が美野里さんにしばかれるんです。今回は半殺しでは済まないかもしれません。どうか僕を助けると思って場所を移ってくれませんか。」
そう言って深く頭を下げると、先輩方は僕の気持ちをわかってくれたのか「しょ、しょ~がね~な」「ファミレスでも行くか~。」「お前も大変だな~。」と言いながら、そそくさとその場所を去ってくれた。
「ふう~。怖かった~。」
愛美さんはまだ僕の制服の裾を掴んだままで、少しカタカタ震えている。
「ごめんね。怖い思いさせちゃって。」
「いえ・・・翔太さんが立派に対応してくれてましたのであんまり怖くはなかったです・・・。」
「ああ、立派な広島弁だったもんね。」
「やめてくださいよ~!!」
そうやって二人して先ほどまでの恐怖で膝が笑っているのをごまかすため、話をしながら周辺に散らかった空き缶を片付けたりしていると、タバコ屋の中からおばあさんが出て来た。
「おや、雁宿高校の生徒会の人だったかね。注意してくれてありがとうね。これ飲んどくれ。」
そういっておばあさんは見たことのないブランドのサイダーの瓶を2本くれた。
「ありがとうございます。すみません。こちらがご迷惑をおかけしたのに・・・。」
「いいのいいの。ここは変な人が集まりやすいけど、生徒会の人はいつも呼ぶとすぐに来てくれてるし、色々手伝ってくれて助かるわ。またよろしくね・・・。」
おばあさんは、そのまま振り返ると軽く手を振りながらタバコ屋に戻って行った。