7.新生徒会の始動
城内美野里さんを生徒会長とする生徒会執行部は5月の連休明けから始動した。
生徒会長はもちろん美野里さん。副会長は僕、書記が立候補してくれた1年生の大曲木愛美さん、そして会計は僕がスカウトしたコンピューター部の1年生である数見壮一君である。なんか数字に強そうな印象だったので声を掛けてみた。
「それで、生徒会の年間スケジュールと主なタスクはこちらのリストにまとめたとおりです・・・。」
「ふんふん・・・委員会の主催、部活の予算の調整と承認、生徒総会の準備、各種相談ごとの対応・・・まあこのあたりは中村たちに任せるよ。」
生徒会長席にふんぞり返った座った美野里さんは、早くもかなりの貫録を見せている。
「はあ・・・。少なくとも全校朝会とか生徒総会での生徒会長挨拶は美野里さんにやっていただく必要があるのですが・・・。」
「ああ、うんわかった。じゃあ原稿は中村が書いてくれる?それを読み上げるから。」
お前は官僚に丸投げの無能大臣か!?とちょっとイラっとしたが今日の本題はそこじゃない。話を続ける。
「それから実行委員とともに体育祭と文化祭の段取りをするんですが・・・美野里さんは去年は文化祭の実行委員長をされていましたので、説明しなくても勝手はわかりますよね?」
「ああ・・・うん・・・大丈夫・・・!?」
「あれ?目が泳いでますけど、もしかして去年も丸投げでほとんど仕事してなかったとかじゃないですか?」
僕がジトっとした目で見ると、美野里さんは目をそらした。
「ああ・・・いや・・・そんなことは・・・ないよ。」
「わかってますよ・・・。だって去年僕は生徒会で体育祭と文化祭担当でしたから。実行委員とも何度も打ち合わせしてます。それなのに実行委員長である美野里さんと面識がなかったってことは・・・。」
「あっ!!それをわかってて嵌めてきたな!底意地が悪いな~!郁美のやつにそっくりだ。なあ、そう思うだろ?そっちの・・・なんだっけ?壮太郎くん?」
「い、いえ・・・、すみません郁美さんという方をよく存じ上げなくて・・・。それから僕は壮太郎ではなく・・・。」
慌てた様子の美野里さんに雑に話を振られた会計担当の彼は取り乱している。ちなみに彼の名前は数見壮一くんである。
「いずれにしても文化祭の件は美野里さんの公約なんですし、美野里さんが責任を持って担当してください。わかりましたか?」
「わかった、わかったから。私が文化祭担当でいいよ。じゃあ、中村は文化祭で花火を上げるための課題を来週までにリストアップしといてね。」
「はっ?それじゃあ僕が担当するのと変わらないのでは?そうやってなし崩し的に仕事を押し付ける気でしょう。」
「まあまあ、課題をリストアップしてくれたらサクッと進めとくからさ。そこだけやっといてよ。」
「まったく・・・。」
あまりに無責任な態度に僕が憮然としていると、ちょうどそこに文房具などの物品の買い出しに行っていた愛美さんが帰って来た。
「ただいま帰りました~。すみません。平日なのにイオンが混んでて・・・遅くなりました~。」
彼女の声を聞くなり、ドカッと座っていた美野里さんが唐突に立ち上がり、ツカツカと歩み寄った。
「ちょっと!誰がイオンで買って来いっていったのよ!!駅前の文具店で買うように言ったでしょ!」
仁王立ちになった美野里さんは、背が低い愛美さんを見下ろし、まるで雷が落ちたかのような激しい口調で怒鳴りつけた。
「あっ・・・いえ・・・あの、私は自転車通学なのでイオンでもあまり時間が変わらないかと思いましたし、そっちの方が品ぞろえも豊富で・・・。」
愛美さんは突然の雷に驚き、肩をすくめて小鳥のように震えている。
「何で指示通りにしないのよ?そんな勝手な判断をして・・・!」
「は、はい・・・。」
僕の方から美野里さんの表情は見えないが、おそらく般若のような顔をしているのだろう。あれは見慣れないと相当怖いはずだ。
そろそろ僕が止めた方がいいだろうかと思い足を踏み出そうとすると、机の上に置かれた美野里さんのスマホが鳴った。その瞬間、美野里さんはバッと振り返り、急ぎ足で戻ってきてスマホの表示画面を見ると、「チッ!」と舌打ちした。
「ちょっと私は急用ができたから・・・。でも次からは気を付けて。物品はちゃんと商店街の指示したところで買ってちょうだい。」
美野里さんはそう言いながら、わざとかと思うくらいドカドカと強い足音を立てて生徒会室を出て行った。
「ハア・・・」
嵐が過ぎ去った安堵感を感じる暇もなく、僕の目に今にも泣きだしそうな顔をした愛美さんと、雰囲気に完全に圧倒されて委縮している様子の壮一君の姿が目に入った。
ああ・・・これはフォローしておかないと・・・。
★★
「私の・・・・何が悪かったんでしょうか?あの優しかった美野里さんをあんなに怒らせてしまって・・・。」
すっかり萎縮した様子の愛美さんと壮一君を元気づけるため、駅前から少し離れたファミレスに場所を移したが、愛美さんはさっきからずっとうなだれたままだ。注文したドリンクバーも1回取りに行ったきり。しかもコーラが3分の1くらいしか注がれていないコップは手つかずのまま・・・。
「今日はたまたま機嫌が悪かったんじゃないかな?愛美さんに悪いところはなかったと思うよ。」
「はい・・・。慰めていただきありがとうございます。でも・・・。」
愛美さんは美野里さんに怒られた時の様子を思い出したのか、またブルブルと震え出した。
気持ちはわかる。
僕も今こそ慣れっこだが最初に美野里さんの怒声を聞いた時は、数日間フラッシュバックが続いて夜中に寝汗をかいて目が覚めることもあった。今思えばPTSDだったかもしれない。
「あの・・・。僕は愛美さんみたいに激しく怒られたことはないですが、いつも不機嫌な様子で怖くて・・・。眉間に皺が寄ってて、何か話しても鼻で笑われたりして・・・。僕は嫌われているんでしょうか?」
壮一君も不安そうな表情だ。確かに壮一君の言う通り、客観的に見れば壮一君に接する美野里さんの態度は冷たいように見える。
僕は悩んだ。本当のことを告げるべきだろうか。美野里さんの本性は決して選挙期間中に見せた優し気で優雅なものではない。あれは僕が作り出した仮面を被った虚像であり、二人が見ている理不尽で傍若無人な姿こそが美野里さんの本性である。
だから二人は全く悪くない、悪いのは美野里さんの性格であるから、まったく責任を感じる必要はないということを・・・。
「きっと生徒会長としてプレッシャーを感じて余裕がなくなってるんじゃないかな。ほら、愛美さんが帰ってくる前に、今後の仕事について僕と口論になってたからそれも影響してると思うよ。僕の目から見て、愛美さんも壮一君も期待以上に働いてくれてて、責められるところなんてまったくないしね。」
ああ、また本当のことを話すのを先延ばししてしまったと自責の念を感じながら、表情だけは真剣なままキープして、二人の目を交互に見ながら語りかけると、ようやく少しほっとした表情になってくれた。
「ありがとうございます。少し安心しました・・・。安心したら喉が渇いてきましたので、ドリンク取りに行ってきますね。」
「ああ、もしよかったらスイーツも頼んでいいよ。」
「えっ?いいんですか?実はパンケーキフェアって気になってたんですよ。あっ・・・でも800円もするし、大丈夫です。お腹空いてません!」
「いいからいいから、僕も去年、生徒会の仕事がうまくいかない時に、いつも郁美先輩にここに連れて来てもらってスイーツを食べさせてもらってたし。壮一君もよければ・・・。」
「いいですか?じゃあ、僕は担々麺とか・・・。」
壮一君が控えめに言いながら、既に注文用のタブレットに手を伸ばしている。
「いいよいいよ。じゃあ、愛美さんのパンケーキも一緒に注文してあげて。」
「はい。ありがとうございます。ごちそうになります。」
愛美さんは居住まいを正し、丁寧に頭をさげた。顔を上げると一緒に口角も上がっており、どうやら気持ちも上向いてきたようだ。よかった・・・。
しかしこの出費は痛い・・・。お正月にもらったお年玉貯金を取り崩さないと・・・。
その夜、家に戻ってから美野里さんにLINEでメッセを送った。後輩二人が怖がっていることを伝え、少しでも態度を改めてもらえないかと伝えると、『うっせ~うっせ~うっせ~わ』とヤクザ風のカンガルーが熱唱しているスタンプが返っていた。
「はあ・・・。」
ため息をついて『二人に気持ちよく働いてもらえなければ生徒会を運営できません。お願いします。』とメッセを送ると、今度は『チッ、しょうがね~な』と舌打ちしながらうなずくやくざ風のカンガルーのスタンプが送られてきた。
じっと見つめていると、そのやくざ風のカンガルーが美野里さんに見えてくる。
「なんで自分の内面を的確に反映したスタンプを選べているのに、外からどう見られているのか考えて行動できないんだろう・・・。」
僕は、ハア~ッと盛大にため息をつくしかなかった。
★★
翌週、僕は生徒会室で美野里さんの席の前に立って仕事の進め方について説明していた。早くも大臣と官僚スタイルがすっかり定着してしまっている。
「じゃあ、これが来週月曜日の全校集会の挨拶の原稿です。それから花火を打ち上げるために必要なタスクシートをまとめてみました。」
「へ~、どれどれ。さっそく見せてもらおうか。」
美野里さんは、先に渡した挨拶用の原稿を見もせずに机の端に放り投げ、タスクシートを手に取って読みだした。
生徒会長席に足を組んでどかっと座ったまま、紙に目を通す美野里さんの姿は、なぜかゴッドファーザーに出てくるマフィアのドン、ヴィトー・コルレオーネを思わせる。
「ふんふん・・・花火業者に依頼すれば打ち上げてもらえるのね。それで消防本部に許可申請を出して、あとは当日の会場を確保して安全に打ち上げればいいと・・・。なんだ案外簡単にできそうじゃない!!」
美野里さんはニヤリと笑いながら、タスクリストをパンッと指で弾いた。
「いえ、違います。リストのタイトルだけじゃなくて中身をちゃんと読んでください。まず、花火業者や行政と交渉するためには大人が必要です。」
「あ~、でも私は18歳で成人だし、私が代表で大丈夫かな?」
「美野里さんまだ17歳でしょ。誕生日は9月19日じゃないですか。なんでそんなすぐバレる嘘をつくんですか。」
「えっ?私の誕生日を知ってくれてるの?もしかして君、調べたの?エヘヘッ、そっか~。」
なぜか美野里さんはニヤついている。あっ、もしかして気持ち悪いと思われているかも。誤解を解かないと。
「いえ、最初に会った時に、ほらあの喫茶店で言ってたじゃないですか。聞いてもいないのに・・・。」
「あ~、そうかも。でもちゃんと覚えててくれたんだ~。これは期待してもいいのかな?エヘヘ~。」
「ちょうど文化祭の日だから覚えていただけです。ほら、バカなこと言ってないで話を進めましょう。」
「ちょっと・・・バカなことって・・・。」
急に美野里さんが憮然とした表情になる。
なんで急にそんな機嫌が急変する?地球温暖化の影響?本当に何を考えているかわからないが、それに構っている時間はない。
「はい、じゃあ続けます。代表者に大人が必要ですから、これは先生にお願いする必要があります。美野里さんから先生にお願いしてください。」
「・・・・それは中村から適当な先生にお願いしてちょうだい。」
「ちょっと!!どういうことですか?この間、文化祭の件は責任をもって担当するって約束したじゃないですか!」
美野里さんは僕から目をそらし、窓の外に目を移しながらポツリとつぶやいた。
「私は先生に嫌われて避けられてるから・・・。私が頼むと逆効果だと思うのよ。」
・・・そうか。嘘か本当かはわからないが、たしか美野里さんは授業とかで先生達をさんざん論破して泣かせて退職者も出してしまったとか、先生に恐れられて職員室を出禁になっているという噂を聞いている。それでなくても、獰猛な美野里さんが先生にお願いしたらトラブルの種にしかならない。確かに納得な理由だ。
「・・・わかりました。釈然としないですが、生徒会顧問の先生に僕からお願いします。でも、課題はそれだけじゃありません。どうやら業者に頼むと数百万円から数千万円もかかるそうです。ネットで調べたところ数十万円くらいで何発かだけなら打ち上げてくれるところもあるみたいですが、それでもどこからそんなお金を持ってくるんですか?」
しかし、美野里さんは動じることなく、机の上に肘を置き、手を組んでその上に顎をのせてニヤリと笑った。
「そこは大丈夫よ!忘れたのかしら?去年、私の秘策で模擬店の利用券を一般向けに大量に販売したことを。今年も同じように利用券を大量に販売すれば費用を賄えるはずよ。クックック・・・。」
「・・・・・ドヤ顔で悪役みたいに忍び笑いをしているところ申し訳ないんですが、その考えは甘いと思いますよ。」
「なによ!!ドヤ顔なんかしてないし!悪役でもないわよ!それにどこが甘いのよ?ミスコンと連動させた企画で早々に売り切ったっていう実績もあるし、今年は印刷数を倍、いや3倍にしても売り切れるはずよ!!去年と同じように2000円で売っても、3000枚刷れば600万円になるわよ。」
いや、利用券が売り切れたのは美野里さんのおじい様の会社の人が買い占めたせいでしょうが、とツッコミを入れたかったが、後ろで事情を知らない後輩が聞いているので、ここでそれを指摘することはやめておく。そんなことよりも致命的な欠陥があるのだ。
「美野里さん、肝心なことを忘れています。公立高校の文化祭なので利益を上げることが禁止されています。だから利用券の発行量は仕入量を超えないよう計算されていますので、いくら模擬店の利用券を刷っても対価はすべて原材料費に充てられます。つまり、利用券が大量に売れても利益は出ず、花火の費用も出ません。」
「まあ、そこを何とかうまいことやってよ。君と会計の壮太郎くんでちょっと数字をいじれば・・・。」
わかってない。僕は机を回り込んで美野里さんに近づき、後輩に聞かれないよう、美野里さんの耳に口を近づけてこっそりささやいた。
「だめです。去年のミスコンの件でさんざん不正だと言われた件を忘れたんですか。不正会計なんかしたら僕らを道連れに学校中から糾弾されます。下手したら退学ですよ!!そんな危ない橋を渡らせるんだったら僕も壮一君も協力できませんよ。」
耳元での僕の指摘が効いたのか、美野里さんは「ヒャッ!」と言ったまま真っ赤になって黙ってしまった。
「お金のことは僕たちではどうにもなりませんので、美野里さんの方でなんとかしてもらえますか。それが無理ならあきらめるか、玩具用の打ち上げ花火で我慢してください。」
美野里さんの耳元から口を放し、今度は後輩たちに聞こえるようにはっきりとした口調で伝えると、美野里さんは赤くなったまま、下を向いてポツリ「・・・・うん、わかった・・・。」と言ってくれた。
よかった。大人しくなった。ようやくわかってくれたようだ。