5.郁美砲の炸裂
次の日、いつも通り勉強会の準備をしていると、僕は異変に気付いた。
おかしい。いつもこの時間ならどんどん参加者が集まってくるはずなのにまだ誰も来ない。
その時、ガラっと扉を開けて教室に入って来たのは1年生の大曲木愛美さんだった。この前、生徒会を手伝いたいと言ってくれたかわいらしい雰囲気の女子。ただ、今日はなぜか張り詰めた表情をしているような・・・。
「いらっしゃい。来てくれてありがとう。他の人はまだ来てないみたいだけどさっそく始めようか。」
「あの・・・、今日はお伺いしたいことがあって来たんです。これを見てください・・・。」
そう言って大曲木さんは『号外 学校新聞生徒会選挙特集号』という新聞を見せてくれた。
「この間、新聞部の人が取材に来てたけど、もう記事になったんだ。知らなかった。どれどれ・・・。」
紙面を見ると、1面のほとんどを、でかでかとした題字で『生徒会長選の最大の争点!疑惑のミスコンは存続か廃止か!?』という記事が占めていた。何これ?
『女性差別であり時代遅れという批判を受けながらも、長年にわたり続けられてきた雁宿高校文化祭のミスコン。その継続が今回の生徒会長選挙の最大の争点となっている。
去年のミスコンにおいて投票結果に疑惑が生じたことは2、3年生の記憶に新しいだろう。当時の文化祭実行委員長であり、ミスコン出場者でもある生徒の強い要望により、投票方式が生徒の1人1票から2000円の利用券1組当たり1票に変更されたのだが、その結果、その生徒が一般来場者への開放日に一気に全校生徒の数を上回る票数を獲得してミス雁宿高校に選ばれたのだ。一般来場者にはミスコンの開催は非公開だったにも関わらずなぜこのような結果になったのか?ミス雁宿高校となったその生徒に疑惑の投票について取材したところ「家族の関係者が利用券を買って私に投票してくれただけ。私は票の買収などは一切行っていない。」との回答があった。
識者に話を聞いたところ、「本人が買収に関与した証拠が見つかっていないとしても、そもそも高校のミスコンにおいてこんな組織票めいた方法で票を集めること自体が疑問。外部からの組織票による介入を許せば生徒の安全にも影響する」との意見であった。
なお、ミス雁宿高校となった生徒は今回の生徒会長選にも出馬している。このような疑惑のあるミスコンを存続すべきかが、生徒会長選の最大の争点になりそうだ。』
「なんじゃこりゃ~!」
しかもご丁寧に1面の隅には、『生徒会長選 候補者のプロフィール』という記事があり、美野里さんの欄には、しっかりと『ミス雁宿高校』と明記されている。
僕はハッと気づき、スマホで、コンピューター部で管理している学校掲示板を開いてみた。
そこには『雁宿高校にミスコンは必要なんか?』という新しいスレッドが立ち上げられ、いくつか意見が投稿されている。
しかも、最初の方に『ミスコンなんか女性差別。ミス雁宿高校なんて肩書を自慢している人もそれを助長していると思う』、『ミスコンは伝統行事だし続けていい、でも競争が過熱しすぎ。不正をしてまで優勝しようとする姿勢はあかんで』『疑惑の投票は学校側で調査すべき』といった美野里さんをターゲットにしたと思わせるネガティブなコメントが立て続けに投稿されており、それに引っ張られたのか賛同するようなコメントも続いている。
やられた・・・。これは郁美先輩の策略に違いない。選挙の2日前という反論が難しいタイミングでこれを仕掛けてくるとは・・・。
しかもミスコンを選挙の争点に位置づけて絶妙に個人攻撃を避けることで、個人への誹謗中傷だと抗議を受けないようにしている。
さすが雁宿高校の諸葛亮孔明・・・。
「それで・・・ここに書いてあることは事実なんでしょうか・・・?」
大曲木さんが不安そうな顔のままたたずんでいる。
しまった。大曲木さんを置いてけぼりにしていた。
でも、いったいどう説明したらいい?新聞も掲示板も、書いてあることがまた絶妙に事実そのままで、否定することが難しいんだが・・・。
「安心して。私は不正なんかしてないわ!」
それまでじっと黙して語らなかった美野里さんが唐突に口を開いた。
「そうなんですか?でも、ここに書いてあるミス雁宿高校って美野里さんのことですよね。ここには美野里さんの提案で投票方法が変えられて、利用券を買った関係者の組織票でミスに選ばれたみたいなことが書いてありますけど・・・。」
「そこには好き放題書いてあるけど、私は不正なんかしていない。信じてちょうだい。こんな誹謗中傷なんか信じないで、あなた自身の目で真実を判断してちょうだい。ほら。中村みたいに噂に惑わされず私を信じて付いてきてくれてる人もいる。あなたも信じてちょうだい!」
美野里さんの断固とした口調に、大曲木さんはたじろいだ。
しかし、それじゃあ疑惑に対して何の説明にもなっていないのでは?それで納得してもらえるんだろうか?
「はい・・・。すみませんでした。美野里さんがそんな人でないことはわかっていたのに、噂に惑わされてしまって・・・。」
まさか!?それで納得するの?大曲木さんチョロくない?
「わかってくれたらそれでいいのよ。これからは気を付けてね。」
そう言って美野里さんが大曲木さんの肩に手を置くと、大曲木さんはうなだれた。
「はい・・・。すみませんでした。今日はちょっと帰りますね。選挙戦、がんばってください!!」
大曲木さんはそう言ってフラフラと去って行った。
なんとかごまかせたが、大曲木さんみたいに、チョロ・・・素直な生徒ばかりじゃないだろう。
そもそも真偽を確認しようとすらせずに黙って離れていく人も多いはずだ。選挙戦まであと2日間しかないのにどうしたら・・・。
★★
その日の勉強会は中止し、いつもの駅前のレトロ調の喫茶店で対策会議を開くことになった。
本当はドリンクバーのある安いファミレスの方が落ち着くしお財布にも優しいので、そちらを提案したのだが、美野里さんは譲ってくれない。
「それで、中村はどういう対応を考えているの?」
美野里さんは、美脚を優雅に組みキリマンジャロを飲みながら、ジロリと僕を睨みつけてきた。
「はい。正直やられました。僕らとしてはジャイアン効果とハロー効果で美野里さんへの認知を好印象の方向に歪ませる作戦だったんですが、ここに来て正しい情報が供給されたことで認知の歪みを補正されてしまうことは避けられないと思います。むしろオセロをひっくり返すように悪印象に転ずるんじゃないでしょうか。獲得していた1、2年生の票もだいぶ失ったんと思います・・・。」
僕は、この店で一番安いアメリカンを飲みながら答える。一番安いと言っても800円もするのだが・・・。
「状況はわかってる。対策を聞いてるのよ。君が考えた作戦のせいでこうなったんでしょ!何か対策を考えてないの?」
「はい・・・。ミスコンの件を反論するのは避けた方がいいと思います。美野里さんが組織票でミスに選ばれたことは事実ですし。むしろミスコンについては素直に謝りましょう。」
「どういうこと?」
「ミスコンについては非を認めて素直に謝罪して、その後、美野里さんが変わったことをアピールする作戦です。」
「ちょっと!私は何も悪いことはしてないのよ!!なんで謝らなきゃいけないのよ!!」
美野里さんが目に見えてイラつき始めた。組んだ脚で貧乏ゆすりすら始めた。お金持ちのはずなのに。
「冷静に考えてください。美野里さんが組織票でミス雁宿高校に選ばれたのは事実なんですよ。どれだけ言い訳しても、事実である以上言い逃れできません。むしろ言い訳を良く思わない人がいるはずです。素直に謝罪して、さっきの大曲木さんに対して話していたみたいに、今の美野里さんが変わったことをアピールすれば、きっと心に響くはずです。」
僕が真剣な目で訴えかけると、美野里さんは貧乏ゆすりをやめて考え込むような表情になった。
「お願いします・・・。もうこれしかないんです・・・。」
「・・・・わかった。中村がそう言うならいい。やってみる。」
「ありがとうございます。では、明日の朝までに演説用の原稿を作りますので、明日はそれを使って徹底的に特訓しましょう。」
しかし僕の言葉に心では納得していないのか、美野里さんは横を見たまま考え込んだ表情のままだった。
ーー
「そういえばさっき見た学校掲示板で気になるスレッドが立ってたような・・・。」
美野里さんと別れた後、電車の中で改めてスマホで学校掲示板を開いてみた。
『生徒会長選候補者が支援者にパワハラ?暴力?どう思う?』
「そうか・・・美野里さんの僕への暴力も見られていたか・・・、これも対応しないと。いったいどんなコメントが?美野里さんにとって致命的な悪評になってないといいけど・・・。」
『あれはああいうプレイ』
『ご褒美にしか見えない』
『やられてる方が明らかに喜んでる』
『むしろ彼がおねだりしてる』
「・・・。ひどい誹謗中傷だ。明日先生に言って削除してもらおう・・・。」