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4.孔明が動き出した

「おはよう、香さん。おはよう、高志くん。」

「あっ、美野里さん!おはようございま~す!」


美野里さんは、選挙活動のための交流の一環として、4月から毎朝校門の前に立って登校する生徒を迎え、一人ひとり名前を呼びながら挨拶や短い会話を交わすことにしている。


自然な笑顔で1年生や2年生に挨拶をしている美野里さんを見ながら、僕は軽い満足感を覚えていた。2か月にわたる改造訓練の結果、美野里さんは大きく変わったのだ。


以前の気難しいような表情や人を小馬鹿にしたような態度は鳴りをひそめ、穏やかな表情で周囲に微笑みかけることができるようになった。

一方的に持論をまくし立てて相手を追い込むこともなくなり、後輩が話しかけると少なくとも表面上は真剣に話に耳を傾ける姿勢を見せるようになった。

もちろん人前での暴力なんてもってのほか!


この変貌ぶりは、かつての美野里さんの姿を知っている3年生や2年生にも少なからず衝撃を与えているようで、彼ら彼女らが驚いて二度見している姿を見るのも珍しくない。


「あっ!翔太君、おはよ~!」

笑顔で話しかけてきたのは、生徒会長選の対抗馬である倉科郁美先輩だ。


「郁美先輩、おはようございます。」

「フフフッ・・・、城内さん頑張ってるみたいね。」

「はい・・・。すっかり人が変わったみたいに人格者になって僕も驚きました。やっぱり地位や目標が人を育てるんですかね?」


本当は無理やり外面だけ改造したことは郁美先輩にも秘密である。


「どうかな~。人はそんなに変わらないと思うよ。でも、翔太君のこと見直したわよ。うまく城内さんの手綱を握ってるみたいじゃないの。もし翔太君が副会長として城内さんをコントロールしてくれるんだったら、城内さんに会長を譲ってもいいんだけどな~。」

「冗談はやめてください。それに、僕は選挙を手伝ってるだけで、副会長になるつもりはありませんから。」

「あらら。そうなのね。だったら私もそろそろ頑張らないとな~。お互いに頑張ろうね!」

そう言って郁美先輩は微笑みながら校舎の方に向かって行った。


そういえば郁美先輩は4月になっても選挙活動らしいことは何もしていない。

まさか美野里さんに会長を譲ってもいいと本気で言ってるとは思えないし、少し不気味ではある。

郁美先輩は去年、下馬評で圧倒的に不利だった僕の中学の先輩を、手練手管を使って当選させた実績がある。

僕が使っているジャイアン効果やハロー効果も郁美先輩から教わったものだ。だから、郁美先輩が、美野里さんが猛烈に追い上げているこの状況を手をこまねいて見ているとは思えないんだけど・・・。


「じゃあ、そろそろ始業時間だし、校舎へ行きましょうか?」

美野里さんに話しかけられ我に返ると、登校時間が終わっていたようで、いつの間にか周りには誰もいなくなっていた。


「ああ、はい。もうそんな時間ですか。」

美野里さんと校舎に向かって歩く途中、植栽と校舎に挟まれて、1か所だけ校舎からも校門の方からも見えない死角がある。そこに差し掛かった瞬間、美野里さんは急に僕の尻のあたりを蹴りあげてきた。


「ちょっと!!いつまでこんなことさせるのよ!もう限界なんだけど!!」

美野里さんの表情は、さっきまでの穏やかな微笑が一変し、眉が吊り上がり般若のようだ。


「やめてください。誰か見てるかもしれませんし・・・。イメージが崩れますよ。」

「大丈夫。ここは死角だから。あ~、もうやってらんね~。中村を蹴るぐらいしないとやってらんね~!」


そう言いながら美野里さんはゲシゲシと僕の太ももあたりを蹴り続ける。


「やめてください。選挙まであと二週間ですから。我慢してください。」

「だから我慢してるでしょ。我慢してるから中村を蹴るぐらいで済ませてやってるんでしょ~が。」

「そんな理不尽な・・・。」


僕は気づかなかった。死角で誰にも見られていないと思われていたその場所でのやり取りがある女子に見られていたことを。


★★


この日の放課後、郁美は教室に残り、数人の男子に囲まれながら雑談をしていた。


「そういえば最近の城内の様子見た?校門で笑顔で挨拶しているから二度見しちゃった。」

「ああ、でも最近ぐっと温厚になったよね。」

「そうそう、この間も廊下ですれ違った時に笑いかけられて驚いたよ。前は舌打ちとかされてたのに・・・。」

「きっと春休みの間に加苅池に落ちて、泉の女神に正直に答えたから心の綺麗な城内美野里と交換してもらえたんじゃないかな〜。」

男子の間では変貌を遂げた城内美野里のことで持ち切りだ。


「ふ~ん・・・。」


それまでニコニコしていた郁美が唐突に笑顔を消して、不機嫌そうな声を出すと、男子たちは急に慌てだした。


「い、いや・・・前に比べればって話であって・・・。」

「そうだよね。前がひどかったからギャップで良い人に見えるだけというか。」

「生徒会長選に出るんでしょ?だから外面だけ取り繕ってるんじゃないかな?ハハッ・・・。」


彼らは郁美が2年以上かけて育ててきた忠実な子飼いである。

郁美は、1年生の頃から陰キャでオタクで女子にまったく縁がなかった彼らに積極的に話しかけ、彼らの趣味を肯定し、我慢強く彼らの話を聞いてあげて、バレンタインにチョコをあげるなどのイベントを着実にこなして心を掴み、今では郁美のその日の機嫌に一喜一憂するほどまで心酔するシンパに育ってくれた。


「その生徒会選なんだけど、心配なんだよね~。」

「ああ、郁美ちゃんも生徒会長選に出るんだっけ?」

「大丈夫だよ!郁美ちゃんが当選することは間違いないって。」

「そうそう。少しくらい城内が変わったところで郁美ちゃんの人気には及ばないでしょ!」

郁美は、彼らの評価を聞きながら心の中でウンウンそれはそうだろうとうなずきつつも、わざと悩んでいるような表情を作った。


「いいのよ。私は誰が生徒会長になっても。むしろ彼女がやる気なら彼女に譲るべきだと思うんだけど・・・どう思う?」

「さすが郁美ちゃん・・・。心が天使だ・・・。」

取巻き達は郁美の言葉に心を打たれたかのような表情をしている。


「でもね・・・心配なのはさ・・。ほら、人はそんなにすぐに変わらないでしょ。過去の行動を見ると本当に心を入れ替えたのかなって思っちゃって。ごめんね。こんなこと言っちゃって。私の心が汚れてるだけなのかもしれないけど・・・。」


そう言うと彼らは一斉に首を振った。


「そんなことないよ!俺たちだって城内の過去の行状を見ると疑わしいと思ってたんだ。なあ?」

「そうそう。特に去年の文化祭で票の買収をして、郁美ちゃんから無理やりミス雁宿高校を強奪したことは許せないよ。」

「そうだよ!そんな不正をするやつを生徒会長にするなんて許せない!」

郁美は、取巻き達の反応を見て目論見通り進んでいることを確信すると、仕上げに入った。


「ううん。過去にこだわってるわけじゃなく、過去を乗り越えて本当に改心してくれたならそれでもいいの。だけど1年生と2年生の多くは、過去の城内さんのことは知らないわけでしょ?これから1年間の学校生活を支える生徒会長を選ぶなら、今だけじゃなくて過去も見てきちんと評価してもらった方がいいかなって思っただけで・・・。」

「たしかに!郁美ちゃんの言う通りだよ!城内の過去の行動もきちんと見てもらうべきだ!」

「うん。新聞部で取り上げてみるし、倉本はコンピューター部だから学校掲示板でも取り上げられないかな?他の奴らも知ってる後輩とかを通じて注意喚起した方がいいよ!」


みんな一斉にうなずいている。それを見ながら郁美は思惑通りになりそうなことに満足を覚えていた。


★★


「じゃあ、今日はここまでにしましょう。また明日以降もここで勉強会を開いているから、興味がありそうなお友達がいたら誘ってあげてね。」

この日も美野里さんを主催者として空き教室で開いている恒例の勉強会は好評で、参加者は1年生を中心に30名を超えていた。

この勉強会は、文字通り勉強を教えることを名目として学校の許可を取って行っているが、実際には美野里さんが後輩と交流して好印象を与える場として企画したものだ。


「今日もお疲れさまでした。」

僕は教室の机を整理しながら美野里さんに話しかけると、美野里さんは無言で足を踏みつけてきた。

「痛いです。やめてください。まだ他の生徒が残ってますよ。」

「・・・・・。」

「ちょっと・・・睨みつけながら無言で足を踏みにじり続けるのはやめてください。最近、人前でも本性が隠しきれてませんよ・・・。」


やはり無理に親しみやすい美野里さんを演じ続けてもらうのは相当ストレスが溜まるのだろうか。選挙戦まであと1週間だし何とかそれまで耐えてもらえれば・・・。


「あの・・・ちょっとよろしいでしょうか?私、1年A組の大曲木愛美と申します。」

「ええ、もちろんいいわよ。どうしたの?」

美野里さんはその女子に気付くと、素早く足を外してパッと笑顔になった。よかった。まだわずかに理性は残っているらしい。


「あの、城内先輩は生徒会長選に出られてますよね。城内先輩が生徒会長になられたらお二人で生徒会活動をされるんですか?」

「あら、城内先輩じゃなくて、美野里さんって呼んでくれていいのよ。ええ。私が生徒会長になったら、中村を副会長に指名するつもりよ。」

それだけはやめてくださいとずっと言ってますよね・・・と思ったが、ここで否定するのは選挙戦略上得策ではないので自重する。


「もしよかったら私も生徒会で働かせてもらえないでしょうか?先輩がたが献身的に働かれている姿に憧れまして・・・。こう見えて中学では生徒会長をしてましたので、お役に立てると思います。」

「もちろんよ!必ずや当選するから、その時はぜひよろしくね。」

「はい。ありがとうございます。失礼します。」

そう言って彼女は、かわいらしくぴょこんと一礼すると最後にチラッと僕の方を見て、教室から出て行った。


ほえ~っ、とうとう美野里さんに憧れる生徒まで現れた。しかもあんなかわいらしい子が・・・。


「いや・・・責任感じちゃいますね・・・。」

「なにがよ?」


教室から他の生徒がいなくなったことを確認してから、美野里さんは笑顔の仮面を取り、眉間に皺を寄せ、僕を睨みつけてきた。足元ではまた僕の足を踏みしめている。しかも踵でグリグリと足の小指あたりを執拗に。


「いや、選挙用に作った仮面を被った美野里さんに憧れて人生を誤ったとすれば、ちょっと責任を感じちゃうな・・・。」

「ちょっと失礼なこと言わないでよ!あっ、そうだ。責任を感じてるなら、中村が副会長になってあの子を導いてあげなさいよ。」

「そのお話は何度もお断りしたはずです。僕が協力するのは選挙までです。」


美野里さんのおじい様を思う気持ちに共感したのは事実だが、選挙後も暴力に耐えながら傍若無人なこの人を支え続けるなんてとても無理だ。


「フンッ!まあそう言ってられるのも今のうちよ。きっと選挙後には、『僕を生徒会に入れてください』って、這いつくばってお願いする姿が目に浮かぶわ。」

「とうとう白昼夢も見るようになったんですか?」


ゲスッ!!


その瞬間、美野里さんにみぞおちを強く蹴られ、痛みのあまり、僕は心ならずも予言どおり美野里さんの前に這いつくばることになった・・・。


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