14.約束の万年筆
「美野里さん、ご卒業おめでとうございます!!」
「おめでとうございます!!」
卒業式が終わった後、美野里さん、翔太さん、愛美さん、そして僕、数見壮一は生徒会室に集まった。
卒業式の後、なぜか翔太さんだけが先生方にがっちりお説教をいただいたらしく、少し約束の時間に遅れてやって来たが、それでも来てくれてよかった。
昨日までは愛美さんと、来てくれないかもと心配してたくらいだから。
「美野里さん、おめでとうございます。これ、私たちからです。」
「ああ、薔薇か!!この花だけは好きなんだ。ありがとう。」
愛美さんから薔薇の花を渡された美野里さんは、いつもの皮肉っぽい笑顔・・・ではなく満面の笑みだ。
「それから・・・私たちからプレゼントがあります・・・。翔太さん、お願いします。」
そう言われると翔太さんは立ち上がり、少し照れ笑いをしながら、黙って紙袋を美野里さんに差し出した。
翔太さんは美野里さんから目をそらしている。
ただ、僕たちはわかっている。これは今までとは違って美野里さんを避けようとする態度じゃない。さっき送辞で恥ずかしいことを言ってしまったことに今さら照れているだけなんだろう。美野里さんもそれがわかっているのか、ニヤニヤとしながら翔太さんの反応を面白がっている。
「ああ、ありがとう。さっそく開けていいかな?この包装紙は駅前の文具店かな?」
プレゼントを受け取った美野里さんは、僕たちの回答を待たずに豪快にビリビリと包装紙を破った。
「これは万年筆か?んんっ・・・?これは誰が選んだの?」
「はい。私と翔太さんで買いに行きました!」
「ふ~ん・・・中村と一緒にね・・・。ふ~ん・・・。」
そう言うと美野里さんはニンマリと笑いながら、自分のカバンを引き寄せ、中から重厚そうなケースを取り出した。
「実は、私は同じ万年筆の色違いを持ってるんだよ・・・。」
そう言って美野里さんが開けたケースには、プレゼントした万年筆とそっくりの真紅の万年筆があった。
「あ・・・すみません。気づきませんで・・・。でもこれってプレゼントした青い万年筆と同じ型ですよね。お店の人が一点物で仕入れて、真紅の方だけ売れてしまったって言ってましたけど・・・美野里さんがお買いになってたんですね!!」
「いや・・・。これは去年の誕生日にプレゼントでもらったんだ。大事な人からね。フフフッ・・・。誰からもらったんだったかな?」
そう言っていたずらっぽく美野里さんが微笑んだ先には、真っ赤になって目をそらす翔太さんがいた。
「い、いえ・・・あれはどこかに置き忘れただけで・・・。プレゼントしたつもりは・・・。」
「おや?ご丁寧に私へのメッセージも入っていたけどな?フフフッ・・・。」
何があったのかわからないが、美野里さんと翔太さんの間だけで通じる思い出があるのだろう。僕と愛美さんは目を見合わせて、これ以上深く詮索しないことにした。
「でもすみません。同じ万年筆が2つになってしまいましたね・・・。お店の人に言って交換してもらいましょうか?」
「いや・・・いいよ。そうだ。君たちさえよければなんだが・・・。」
そう言って美野里さんは、僕たちがプレゼントした青い万年筆を手に取り、それを翔太さんの前に差し出した。
「この万年筆は中村に預けておきたい。そして来年、東京の私のところにこの万年筆を届け欲しい。もし私の夢を助けてくれるつもりがあるなら・・・。」
僕と愛美さんはまた目を見合わせてうなずいた。
「僕たちは異存ありません。翔太さんがよければ・・・。」
翔太さんは突然差し出された万年筆を前に戸惑っていたが、やがて決意したのか、その万年筆を手に取った。
「わかりました・・・。だけど、来年になったら気が変わって、そのままこの万年筆を郵送でお返しするかもしれませんよ・・・それでよければ・・・。」
「フフッ・・・。じゃあ、これで決まりだな。東京で準備を整えて待ってるから。来年を楽しみにしているよ・・・。」
こうして、1年間続いた僕たち生徒会は解散した。この後、美野里さんと翔太さんがどうなったのか・・・・少なくとも僕は知らない。
★★
この日、無事に大学の入学式を終えた僕は、講堂を出て、新入生や先輩方やその家族でごった返すキャンパスを一人歩いていた。
「学園祭の運営だけど、興味ある?」
フラフラと歩いていたら突然、先輩らしき男子学生に声を掛けられた。
どうやら周囲にいる先輩方は部活やサークルの勧誘を行っているらしい。
「高校の時も文化祭とかあったと思うけど、大学の文化祭はもっと規模も大きいし、やりがいもあっていい経験になると思うよ。ぜひ検討してみてよ!」
先輩はそう言うと僕にビラを渡して、また別の人に声をかけに行った。五月祭実行常任委員会か・・・。ここに入ると確かにやりがいがありそうだな。でも・・・。
その後も色々な部活やサークルの人に声を掛けられ、なかなか前に進めない。正門まで100mほど進むだけなのに30分以上かかってしまった。
このままだと待ち合わせに遅れてしまう・・・。
時間に遅れるとあの人は何言うかわからないな・・・。
正門を出て大通りを渡り、一本裏通りに入ると、そこには歴史ありそうな商店や住居が並んでいた。その中の一つ、いかにもあの人が好きそうなレトロな喫茶店が待ち合わせに指定された場所だ。
カランカランッ
鈴の音をさせながら扉を開くと、店内は薄暗かったがすぐにあの人を見つけることができた。
「遅かったじゃないの。久々の再会なのに遅刻なんて中村も偉くなったわね!!」
「すみません。ちょっと、いきなり蹴らないでください。再会してすぐに暴力なんて相変わらずですね・・・。」
僕が向かいの席に腰を下ろすなり、彼女は机の下で僕の脛を蹴り上げて来た。相変わらず眉間に皺が寄り、口元を歪めている。
「しかし、その地味なスーツ・・・似合わないわね。就活生か新社会人のコスプレにしか見えないわ。ハハッ・・・。」
「入学式なんだからしょうがないじゃないですか。それに美野里さんもその服、どこで買ったんですか?そんなの着てる人って目立ちたがり屋の女性国会議員かお笑い芸人しか見たことありませんよ。」
今日の美野里さんは巨大な襟の真っ赤なシャツの上に真っ白なジャケットを羽織っている。薄暗い店ですぐに美野里さんの居場所がわかったのは、この派手な服装のせいもある。
「ちょっと・・・ケチつけないで。これから世に出ようとする経営者は目立ってなんぼなのよ。赤と白を私のトレードマークにするつもりで同じのを3着も作ったのよ。」
「ああ、紅白がお正月みたいでおめでたいですね・・・・。」
ゲスッ!!
グッ・・・間髪入れずにまた脛を蹴り上げられた。1年経っても攻撃力は衰えていない、いやむしろ増している・・・。
「それはそうと、今日来てくれたってことは約束通り、私のビジネスパートナーになってくれるってことでいいのかしら・・・?」
身を乗り出して笑いかけて来た美野里さんに対して、僕は深くうなずいた。
「いいわ。じゃあ、これにサインしてくれる?」
美野里さんが差し出したのは、『ビジネスパートナー契約』というタイトルの契約書だった。
会社を立ち上げ、ビジネスを実施するため対等な立場で相互に協力する・・・という内容が簡単に記載されている。
しっかり内容を精査したが、とりあえず美野里さんの下僕になる契約でないことは確かなようだ。
「はい・・・わかりました。じゃあ、ここにサインすればいいですか・・・?」
僕はカバンから青い万年筆を取り出すと末尾に自分の名前をサインした。その後、美野里さんが真紅の万年筆で署名し、契約が締結された。されてしまった・・・。
「じゃあ、これからはよろしくね!」
美野里さんが手を差し出してきたので、僕はためらわずその手を握った。
「ところで、これからどんなビジネスをするのか教えてもらえますか?1年かけて準備してきたと言ってましたけど・・・。」
「フフンッ!とりあえず会社は立ち上げておいたわよ。これを見てちょうだい!」
美野里さんが得意げに差し出してきた書面には東京法務局発行の「現在事項証明書」と書いてある。
ああ、もう会社を設立して法人登記したのか・・・。あれ?僕が勝手に取締役として登記されてる・・・というか、それよりも・・・。
「な、なんですか!この会社名は?」
「いいでしょ?中村と私の会社だから、それぞれの名前、翔太と美野里のイニシャルから取って社名にしたのよ!」
「いいわけないでしょ!だめです!こんな公序良俗に反する社名なんか!!」
現在事項証明書には、社名として『SM企画株式会社』と記載されていた。
「どんなセンスしてるんですか?怪しい動画でも作るつもりですか!」
「え~?いいと思ったけどな~。」
「イニシャルを取るなら、せめてMS企画とかじゃないですか?なんで僕の方が先なんですか?」
「いやだって、アプリの開発とか考えてるからさ・・・MS企画だとマイクロソフトからクレームがあるかもしれないし・・・。」
「どうして、そんなとこだけリテラシー高いんですか!すぐに社名を変えてください!そうじゃなきゃ協力できません!というか、勝手にこんな怪しげの名前の会社の取締役にしないでください!」
「いきなり会社の取締役になってたら中村が驚くかなと思って・・・。」
「確かにびっくりしましたけど、完全に悪い意味ですよ!あ~っ、もう。美野里さん一人では何をするかわからない・・・。やっぱり僕がいないと・・・。」
「そうだね、やっぱり中村がいないとダメだね。じゃあこれから何をしたらいいのか、すぐにリストアップよろしくね!!」
「あ~あ・・・またこれが始まるのか・・・。」
僕はため息をつきながらも、目の前で僕を見つめる美野里さんの笑顔が何かを見透かしている様子であることに気づいた。
美野里さんには見抜かれているようだ・・・・僕が、また始まった美野里さんに振り回される日々を想像して少しずつわくわくし始めたことを・・・。




