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1.しまった!つかまった!

校門を出て駅に向かう道すがら、僕はずっと黒い影に追われていた。

最初は気のせいかと思い、わざと遠回りをする道を選んでみたが、その影はずっと僕を追ってくる。


「不審者か妖怪か、もしかしたらあれか・・・。あれだったら妖怪の方がまだマシだ・・・。」

そうつぶやきながら、なんとか撒こうと右へ左へと歩いていると、いつの間にか周りには僕とその影以外に誰もいなくなってしまった。まずい、振り切ることに気を取られ過ぎて人気のない通りに入ってしまった。


僕は恐怖と焦りを感じながら、少しずつ歩くスピードを速めた。できれば走ってその影を振り切りたいが、いきなり走り出したらその影も走って追いかけてくるかもしれない。だから少しずつスピードを上げて、慎重に・・・。


「ちょっと待ちなさい・・・。」


とうとうその影が話しかけてきた。怖い。でも振り返っちゃだめだ。振り返ったら取り込まれてしまう・・・気がする。

僕は気づかないフリをして速度を上げた。


「待ちなさいって言ってるでしょ!!」

その声を聞いて、思い切って走りだそうとする一瞬前に、とうとう僕は腕をつかまれてしまった。


ああ・・・なんでこんなことに。僕は空を見上げながら、数日前の忠告を真剣に捉えなかったことを後悔していた。


★★


「中村、城内さんと知り合い?」

僕にそう質問してきたのはコンピューター部の2年生、倉本先輩だった。


「城内さんというと、何人か思い当たりますが、もしかしてあの城内先輩ですか・・・。」

「そう・・・あの城内さんだ・・・。」

この学校に城内姓は何人もいるが、「あの城内さん」と呼ばれる存在は一人しかない。2年生の城内美野里さんだ。


城内先輩は、地元を代表する大企業の令嬢で成績も学年トップ。

しかもモデルのような美貌で文化祭ではミス雁宿高校に輝いた。


正直、こんなチートな人が僕の通っている田舎町の高校にいるのは奇跡と言っても過言ではない。


そして、こんな類まれな才色兼備のご令嬢が田舎の高校にいれば、学校中から羨望と人気を集めることが普通なのだろう。しかし「あの城内さん」はそんなテンプレな立場には甘んじるようなお人ではない。


孤高の存在である。いや、むしろ全校生徒から距離を置かれ忌避されていると言った方が正確だろう。

彼女は、神に与えられた数多ある美点を補って余りあるくらい、獰猛で性格に難があり過ぎる・・・らしい。


1年生の春に剣道部に入部し、指導しようとした先輩方を次々にめった撃ちにして病院送りにして集団退部させ、部ごと廃部に追い込んだとか、気に入らない担任の先生を授業中に徹底的に論破して泣かせて辞めさせたとか、先生を片っ端からやり込めて職員室を出禁になったとか・・・色々噂は聞くが、僕が直接見聞した事実としては去年の体育祭の騎馬戦がある。


うちの高校の騎馬戦は伝統的に荒々しく、タックルやつかみ合いを中心とした肉弾戦が繰り広げられるため女子生徒の参加が禁じられている。

しかし、「あの城内さん」は、なぜか男女平等を強硬に主張して無理やりその騎馬戦に参加した。女子でただ1人だけ。


しかも、女子に手荒なことはできないと遠慮していた周囲の男子生徒に構うことなく、騎上で拳を振り回し、逃げ惑う男子生徒に次から次へと殴りかかり、騎馬から突き落として、怪我人を続出させた。


僕もその騎馬戦に参加しながら「キングダムみたいだ・・・。」と思って、周囲をなぎ倒す様子を現実感なくぼんやりと遠目に見ていたら、騎乗している彼女と目が合ってしまい、どんどん僕の方に近づいてきたので慌てて逃げ出した。あの時の恐怖は今でも鮮明に覚えている・・・・。


「すみません。城内先輩とは直接知り合いではないです。他に知ってそうな人を探してみましょうか?」

「いや、紹介して欲しいわけじゃないんだ。同じクラスだし、むしろ距離を置きたいくらいだ・・・。実は、城内さんに中村のことをあれこれ話す機会があってね。もしかして城内さんに何か目を付けられることでもあったんじゃないかって気になって・・・。」

「あの城内先輩が僕のことを?誰か他の人と間違えてるんじゃないですか?」

「いや、1 年生の中村翔太といえば、お前だけだろ。まあ人柄とか、生徒会活動での実績とか、仕事ができるかとか、そういう話を聞かれたんだけどさ。いずれにしてもあの城内さんに関心を持たれてるようだったら注意した方がいいと思って。」

「そうですか・・・。」

「もしかして中村に気があったりして、ハハッ・・・。」

倉本先輩は少し冗談めかした引き笑いをしたが、僕はまったく笑えず、倉本先輩も真顔に戻った。


「そういえば知ってるか?あの城内さんに好かれた男子の末路を・・・。」

「はい・・・。少しだけ。」

「後輩を突然呼び出して告白して、それでその後輩が驚いて断ったら「どうして断るのよ!ちゃんと合理的な理由を説明しなさい」とか怒り出して・・・。しかもそれ以降、毎日校門前で待ち伏せて、その後輩の胸ぐらをつかんでガン詰めして、そいつはとうとう転校することになったとか・・・。」

「はい・・・。」

知ってるも何も、彼は去年クラスメートだった。

1年生の秋口に転校していった時の彼の寂しそうな表情は忘れられない。

他にも同じような目にあって、ほとぼりが冷めるまで不登校になった同級生もいると聞いたことがある。


「もしかして中村も城内さんに告白されるかもな・・・。」

「さすがにそれはないでしょうけど・・・。いや、それだけはあって欲しくない・・・。」

「ま、まあ気を付けなよ。好かれるにせよ嫌われるにせよ、あの城内さんに興味を持たれることはリスクでしかないから・・・。」

思いつめた表情の僕に気を遣ったのか、倉本先輩は薄いアドバイスをくれて話を打ち切った。


倉本先輩の話は気にはなったが、そもそも僕には好かれる覚えも、嫌われる覚えもまったくない。

唯一の接触は去年の体育祭の騎馬戦くらいで、これまでに話したことすらない。


「きっと何かの間違いだろう」そう結論づけて、それ以上考えないようにした。


★★


「あの時の倉本先輩の忠告をもっと真剣に聞いておけば・・・。」

「何をブツブツ言ってるのよ!?」

学校の帰り道、僕を追いかけて来て腕をつかんだのは、やはりあの城内先輩だった。僕は振り切って逃げようとしたが、腕をつかむ先輩の握力はゴリラのようでとても振り払えそうにない。

また逃げると明日以降学校でどんな仕返しをされるかわからない。


僕は観念し、城内先輩のなすがまま言われるがまま、駅前のアンティークで格式高そうな喫茶店に引きずり込まれた。


「じゃあ、私はキリマンジャロにするけど、中村は?」

「あ、はい。じゃあ僕も同じものをお願いします。」

「あら、キリマンジャロなんて知ってるの?」

城内先輩は口の端を歪めて皮肉っぽく笑った。


「はい・・・アフリカの最高峰だってことは知ってますが。」

「アハハッ・・・。ハハッ・・・アハハハッ・・・あ~あ・・くだらない・・・。じゃあ注文お願いしま~す。」


何かおかしかったのか?

城内先輩はひとしきり笑うと唐突に真顔に戻り、お店の人を呼んでキリマンジャロを2杯頼んでくれた。


城内先輩は机の上で手を組み、その上に顎をのせて僕を見つめてきた。こうやって見るとやはり群を抜いて美人だ。長い黒髪も透き通るような白い肌も、アーモンドのようなキラキラした大きな瞳も、普通の女子だったら、そのどれか一つだけでも手に入れたいと羨望するはずだ。


ただ、眉間に皺が寄っているのと、口元を歪めて皮肉っぽく笑っているのが彼女の魅力を損ねているような・・・。


「さて、中村。今日は何で声を掛けたと思う?」

「な、なんでしょう・・・?まったく心当たりが・・・。」

怖い・・・。蛇に睨まれた蛙はこんな気分なんだろうか。

さっきからやたらと喉が渇く。そう思い、僕はお冷やに手を伸ばした。


「実は中村のことを一目見た時からずっと好きだったんだ。私と付き合ってよ。」

「ブッフォ!ゲホッ、ガハッ・・・ゴホッ・・・。」


やばい水が変なところに入った。しかし、まさか本当に・・・。


「ちょっと!落ち着きなさい。冗談よ。ちょっとしたアイスブレイクのつもりだったんだけど!」

「・・・ゴホッ・・・ああ・・・はい・・。ゴッホゴホ・・・。」

咳が止まらない僕を見ながら、城内先輩は悪びれもせずニヤニヤとしている。

冗談だとしても悪質過ぎる。この人は人の心がないのか?

まさか人生で初めての告白がこんな苦しい思い出になるとは・・・。


最初は笑っていたが、僕の咳がなかなかおさまらないのに痺れを切らしたのか、城内さんは目に見えてイラついてきた。


「そろそろ話を進めたいんだけど!!咳を止めてくれない?」

「ああ・・・はい。すみません。なんとか。」

僕は慌てて息を止めてむりやり咳を抑え込む。


「ちょうどキリマンジャロも来たし、飲みながら話しましょう。実は、中村に折り入ってお願いがあるのよ。」

「ああ、はい・・・。」

僕は咳を抑えるために目の前のコーヒーを一口飲む。

正直、苦い以外の味を感じない。


「中村は確か生徒会で書記をやってるわよね。」

「はい。今の生徒会長が中学の時の部活の先輩でしたので誘われて。まあ、書記といっても雑用みたいなものですけど。」


なんだろう?陳情かな?公立高校の生徒会なんてほとんど権力ないし、何かお願いされてもできないことのが多いけど。


「実は、今年4月の生徒会長選に出馬するから。中村はそれを助けてちょうだい。」

「は・・・い・・・?」

僕は二つの意味で驚いた。どう考えても不適任。そして何をしたいのか・・・?


「あの・・・城内先輩が生徒会長選に出るんですか?」

「そう言ってるじゃないの。耳が悪いの?」

城内先輩はカップを持ち上げ、コーヒーの香りを楽しみながら微笑んでいる。


「あの・・・ご存じかとは思いますが、うちの高校の生徒会には特別な権限はありませんよ。体育祭とか文化祭とかの学校行事の裏方を手伝うのが主な仕事で、裏ではボランティア部とか言われてますし・・・。」

「知ってるわよ。」

「なにか特別な特典もありませんよ。生徒会役員だけが入れるOB会とかもないですし、特別な大学推薦枠があるわけでもなく、むしろ任期が3年の4月から3月なので受験勉強に差し障り、親不孝メーカーと言われてまして・・・。」

「なに?バカにしないでよ。生徒会活動しながらでも東大くらい余裕で入れるわよ!!」

城内先輩はジロリと僕を睨んできた。そういえばこの人は学業成績も群を抜いて1番なんだった。


「あの・・・。じゃあ質問してもいいでしょうか?なぜ城内先輩は生徒会長になりたいんでしょうか?」

「愚問ね。それはこの学校を変えたいからに決まってるでしょ。」

そう言うと城内先輩はフンッと鼻で笑った後、手に持ったコーヒーカップをソーサーの上にカチャリと下ろした。

「は、はあ・・・そうなんですね。具体的にどう変えたいんですか?」

「フフン・・・聞きたいかな?私はうちの高校に在りし日の栄光を取り戻したいのよ。今は生徒の数も少なくなって寂しくなっちゃったけど、全盛期の活気を取り戻したいの。」

「城内先輩が生徒会長になっても高校の定員は増えないと思いますが・・・。」

「それぐらいわかってるわよ!!揚げ足とらないで!!私が言ってるのは精神的な話よ。私が生徒会長になって、でっかい花火を打ち上げたいのよ!!」

「はあ・・・。」

なんというか城内先輩が何を考えているのかわからない。活気とか栄光とか花火とか抽象的な話ばっかりで具体的にどうしたいのかわからない。


「そうだ!!中村が助けてくれるなら、副会長に指名してあげるわよ。そしたら次の会長も狙えるし!!中村にとっても悪い話じゃないでしょ?」


いや、悪い話でしかないし。したり顔の城内先輩には悪いが、さっきの僕の話を聞いていたのだろうか?うちの高校で雑用ばかりの生徒会役員になるメリットなんてない。まして城内先輩の下で働くなんて絶対イヤだ。でも恨まれないように、ここはうまく断らないと・・・。


「あ、あの・・・。僕は城内先輩と今日初めて話しますし、よく知らないので応援するのは・・・。」

「城内美野里、2 年A組、誕生日は9月19日、おうし座、AB型、趣味は読書で愛読書はピーター・ドラッガー。他に私について知りたいことある?」

「いえ、十分です。でも、今日初めて知り合った僕よりも城内先輩と一番仲が良い友達とか、そういった人の方がサポート役には適任じゃないかな~って・・・。」

「大丈夫。高校に友達なんていない。同じ高校の人と一緒に喫茶店に入るのも今日が初めてだし。そうか、そうすると高校で一番仲がいい友達は君ってことになるね。」


怖いよ~。何より、まったく表情を崩さず真顔でそれを言うのが怖いよ。

これ以上一緒に話していると、城内先輩に仲良し認定されて取り込まれてしまうかもしれない。早く逃げよう。


僕は急いでコーヒーカップを空にした。


「あの・・・じゃあ考えさせてもらうということで回答は後日。僕のコーヒー代払いますね。いくらですか?」

「なによ?私が声をかけたんだし、おごってあげるわよ。」

「いえ、こういうのはきちんとしないと・・・。えっと・・・。」

伝票を見て僕は凍り付いた。

「え・・・1200円?しかも一人分で?」

「ああ・・・キリマンジャロだからね。まあそんなもんでしょ。」

ええっと・・・。

慌てて財布を見るが500円玉1枚と100円玉1枚と10円玉・・・。

どうしよう・・・お昼にミックスサンドなんか買うんじゃなかった。


「おや~?どうしたのかな?」

声の方を見ると、組んだ手の上に顎をのせて悪魔のような微笑を見せる城内先輩がいた。


「おごってあげようか?いや?君はきっちりしたいんだったよね?じゃあ、ただおごられるわけにはいかないか~?」

「えっと・・・あの・・・。」

「キリマンジャロ代くらいは働いてもらうわよ!!」

「はい・・・・。」

僕は、悪魔の前にがっくりと肩を落として陥落するしかなかった。


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