表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

生きる道は、道なき道

春を迎えるには、まだ少し冷たい風が吹いていた。


王都の空は高く澄み、白い雲がゆっくりと流れている。けれど、その下にある街の喧騒は、どこか乾いていた。人々の顔には笑みが浮かんでいても、それはどこか張り付いたようで、言葉の端には疲労と苛立ちが混ざっていた。


「……人の役に立てることが、そんなに偉いことなのかな」


市場からの帰り道、三咲はぼそりと呟いた。


今日はいつにも増して“猫職”をからかわれた日だった。


「今日も“お休み中”かい、猫さんよ〜?」


「生産性ゼロで街をふらつくとは、いい身分だな」


そんな言葉を、もういちいち気にするつもりはなかった。


――気にするつもりは、なかったけれど。


「やっぱり、何もしないでいるのって……怖いな」


自分が“いていい”理由を、他人に証明できないことへの不安。

それは、心にずっと根を張る小さな棘のようだった。


帰ると、こねこのしっぽ亭ではシュリが泣いていた。


店の奥の物陰に蹲り、肩を震わせながら、顔を両手で覆っていた。


「シュリ……何かあったの?」


「……また、言われた。“猫と荷運びの、役立たずコンビ”って……」


三咲は、すっと隣に座った。


「……辛かったね」


「悔しいの。何も言い返せなかった自分も、悔しくて……でも、ほんとに“ただの荷運び”しかできないから、どうしたらいいのかわからなくて……」


言葉のひとつひとつが、喉の奥でつかえながら出てきていた。

泣きじゃくる彼女の肩を、三咲はそっと抱いた。


「ねえ、私、気づいたことがあるんだ」


「……なに?」


「“猫”って、誰かの役に立つために存在してるわけじゃないんだよ。気ままで、気分屋で、でも愛されて、そこにいるだけで癒される存在」


「……うん」


「だったら私の天職って、“誰かに認めてもらうための力”じゃなくて、“人が自分を許すきっかけになる力”なんじゃないかって」


言いながら、三咲は自分の手のひらを見つめた。


そして、泣いているシュリの背中に、そっと触れた。


その瞬間――


ふわりと、空気が変わった。


手のひらから、やわらかな光が滲み出す。白く淡い、春の朝霧のような光。

それがゆっくりとシュリを包み、彼女の震えを鎮めていく。


「……あったかい……」


「私の……スキル、なのかな?」


「すごいよ……ほんとに、猫みたい」


シュリは泣きながら笑った。

その顔を見た瞬間、三咲の胸の奥で、何かがカチリと噛み合った気がした。


“ただ、ここにいること”が、誰かの痛みをやわらげる。


それは、無力なんかじゃなかった。

むしろ、ずっと見過ごされてきたけれど、欠けていた大切な力。


「ありがとう、三咲」


「ううん、私も……ありがとう。シュリが泣いてくれたおかげで、わかったよ」



その夜、三咲は屋上で星を眺めながら、ふと思った。


東京にいた頃、毎日「役に立つ人間にならなきゃ」と必死だった。

誰かに褒められるために、誰かに怒られないために、息をひそめて働いていた。


でも、それで失っていたものが、ここにはある気がする。


心のままに泣くこと。

誰かのそばで、ただ黙って寄り添うこと。

笑顔も涙も、“理由なんていらない”ってこと。


それを許せるこの世界の小さな片隅が、三咲にとっての“はじまりの場所”になるのかもしれなかった。


「……おーい、何してんだ」


屋上の階段から、リオンが顔を出した。


「……星を見てただけ」


「へぇ、猫らしいな」


「猫って、星見るの?」


「知らん。でも、なんとなくそう思った」


少し照れくさそうにそう言って、彼は隣に座った。


「……なあ」


「ん?」


「“生きる道”って、自分で作っていくもんなんだよな、きっと」


「そうだね」


「たとえ道がなかろうと、自分の足で歩いてみれば、それが道になる」


「うん……。そういうの、好きだよ」


リオンは静かにうなずき、夜空を見上げた。


欠けた月が、ゆっくりと光を放っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ