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異世界幸福生活譚~幸せへの帰り道~  作者: 宮城 円


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お腹いっぱい計画始動①





 実里といち花の魂が、ウィリアムとレイチェルと融合し目覚めてから三日が過ぎた。


 食事は胃に優しい薄味のスープ、基本はベッドの上で、未だこの部屋からは出ていない。体力の回復を待ちつつ、ウィリアムとレイチェルの記憶を探って二人で話をする。家族や使用人達が、時々顔を出しては二人の快方を喜び、村で起きた出来事や昔話を聞かせては立ち去る。誰しもが皆、温かな目で、優しい表情で二人を見詰め、嬉しそうに笑みを溢した。


「いや、流石に飽きたな」

 昼食のスープを飲み、二人でお喋りをし、少し疲れたレイチェルが昼寝に落ちた。ウィリアムも昼寝をしようと目を閉じたが、体力が回復して来たお陰か眠気がやって来ない。空間収納の中身を思い浮かべ、整理整頓するのにも飽きてしまった。

 空間収納にある物品は、まだ一度も取り出していない。この世界の知識が少な過ぎて、取り出すのに躊躇している。食材くらいは出しても良いかと思ってはいるが、料理の出来るレイチェルはまだ小さく体力も無いし、料理は出来ずとも口頭で説明可能なウィリアムも回復待ち。【家族も使用人も領民もみんなお腹いっぱい計画】はまだ手付かずだ。


「よっしゃ! そろそろ計画始動するか!」

 寝転んでいたベッドから体を起こし、揃えられた古い布靴に足を突っ込む。日本で言うスリッポンに近い形の靴だ。少し大きいのは、双子の兄達のお下がりだからだろう。

「チェリー、にぃにちょーっとチートして来るね」

 隣のベッドに眠るレイチェルの頭を撫で、上掛けを整えて部屋の扉を開ける。

 目覚めて四日目――いよいよ領地革命への大いなる一歩を踏み出した……様な気がしたウィリアムだった。


「ふん、ふん、ふーふふん~」

 鼻歌を歌いながら、体の覚えている通りに階段を下りて調理場を目指す。広さだけは誇れる邸内、数少ない使用人とは調理場に辿り着くまで一度も顔を合わせなかった。

 調理場のドアを開け、ひょこりとウィリアムが顔を覗かせる。調理場の奥で、料理長のラーダが鍋を磨いていた。麦わら色の髪を後頭部で丸めて一纏めにした、料理人らしい清潔感のある身なりだ。

「ラーダ」

「あれっ! ウィル坊どうした? 腹減ったかい?」

「ううん、ラーダにお願いがあって」

 ウィリアムが調理場に足を進めるとラーダは前掛けで手を拭い、腰を折って深緑の目でウィリアムを覗き込んだ。

「お願い? ワタシにかい?」

「うん。食糧庫見せて欲しいんだ」

「食糧庫? ああ、良いよ。おいで」

 ラーダに手招きされ、調理場の奥に進む。扉は無く、横長の空間に右手前から奥へ、奥の壁は一面に天井から床まである大きな棚が造り付けられている。窓も無く、光が入って来るのは調理場に面する入口だけだから随分暗い。

「こんなに暗くてラーダは見えるの?」

「どこに何があるかは大体把握してるからねぇ。夜はランタン持って入る時もあるねぇ」

「そっかぁ。こっちは何があるの?」

 左奥を指さすウィリアムに、ラーダは「ちょっと待っておいで」と調理場へ引き返し、一本立ての手持ち燭台を持って戻って来た。蝋燭の微かな明かりが、ラーダの手元を照らす。

 入ってすぐの左側は、大樽が三つ置かれている。ラーダに右手を取られ、ゆっくり足を進める。蝋燭の明かりに薄らと照らされた部屋の奥に、扉があった。

「地下貯蔵庫も行ってみるかい?」

「うん! 行きたい!」

「そう言うと思ったよ」

 ラーダの声も楽しそうに、いたずらっ子の様に弾む。ラーダは自分の首元に下がる紐を引っ張り出し、紐に下がった鍵を手に取ると、鍵を開けた。

――ギィィィ

 蝶番の軋む音が響く。地下に続いているからなのか、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

「階段だからね。ゆっくりだよ、ゆっくり」

「わかった」

 一歩ずつ、石造りの階段をゆっくり下りる。ウィリアムは探検気分でワクワクした。十数段程下りた階段の先に小さな踊り場があり、そこから折り返して五段程下りると到着した。

「こっちには挽いた麦が保管してあるんだよ」

 ラーダの手に引かれ、貯蔵庫をゆっくり見て回る。挽いた麦の袋がいくつかと、ウィリアムの両手に収まる位の小さな袋がいくつか。「これはゴジョモだよ」「こっちはティカロだね」と、ラーダが名前を教えてくれた、浅籠に入って棚に置かれた野菜が少しだけ。貯蔵庫と呼ばれるには遠く及ばない貯蔵量だ。

 階段を上り、食糧庫の棚も蝋燭の明かりで照らして見てみたが、暗いだけで見えなかったわけでは無く、実際に物はほとんど無かった。入口の明かりで照らされる場所にまとめて置いてある分がサビール家の食料らしい。

「こんなもんかね?」

 フッ、と息を吹きかけ蝋燭の火を消したラーダと調理場へ戻る。ウィリアムは腕を組み、少し唇を尖らせて考え込んだ。

(わかっちゃいたけど結構ギリギリだなぁー。うちでこんだけガラガラって事は領民もっとマズイよなぁー)

 ウィリアムが考え込む姿に、ラーダはフッと笑みを浮かべ、鍋磨きを再開させた。藁を荒く編んだ物でゴシゴシ擦る。

(別の魂が混じったって言うけど、悩む姿はウィル坊まんまだねぇ)

「ねぇ、ラーダ」

「うん? なんだい?」

「今日の夕食は何を作る予定?」

「今日の夕食かい? スープと茹でたゴジョモ、それと黒パンだよ」

 いつもと変わらないさ、アッハッハ。と笑うラーダに、ウィリアムは少し悲しくなった。先代の頃から仕えるラーダは料理長なだけあって料理上手で、料理が好きなのだ。美味しい物を食べるのも好きで、ふっくらとした体をしていた。今はすっかり痩せてしまっている。食材が少なく、供給される量も少ない。腕を振るう機会を失い、それでも腐らず鍋を磨いている。

「ラーダ! 僕と一緒に美味しいごはん作ろう!」

 ウィリアムはギラギラした目でラーダを見上げた。その勢いに、ラーダが少しだけたじろぐ。

「今日はみんなで美味しいごはん食べよう! お腹いっぱい!」

「あ、ああ」

(今日の夜ごはんで屋敷のみんなをお腹いっぱいにさせるぞ!)

 おーっ! と一人、拳を宙に掲げるウィリアムだった。


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