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異世界幸福生活譚~幸せへの帰り道~  作者: 円 円々


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泡だて器




 二日目の出稼ぎもクレープ粉とりんご、リバーシを並べて売り出した。昨日リバーシを眺めていた客の何人かがリバーシの購入に再度店を訪ねてくれた。

「やっぱ欲しくなってな! 買うわ!」

「ありがとうございます! 石を無くさないように気を付けてくださいね」

 ウィリアムは笑顔でリバーシを手渡した。

 クレープ粉とりんごも好調な売れ行きだ。店で使いたいからと纏まった数を購入する客も多く、ウィリアムはこそこそと空間収納から取り出しては補充に勤しんだ。


「デーンさんいるかな」

 客足の途切れた合間にレイチェルがポツリと呟いた。

「泡だて器お願いしてたもんね。後で探しに行ってみようか?」

「うん」

 暫くして、人通りが落ち着いた頃ウィリアムとレイチェルは金属細工を扱うデーンの店を探し歩いた。その途中で布製品を扱うミンツを見掛けたが、接客中だったので軽く手を振ってその場を離れた。

「うーん、こっち側にはいないねぇ」

「はんたいがわにいるかな?」

「いると良いね」

 二人は歩道を挟んだ反対側の出店を一店ずつ確認した。

「あっ! デーンさん!」

 ようやくお目当ての相手を見つけたレイチェルが声を上げる。

「おう! 久しぶりだな!」

 片手を上げたデーンに二人が駆け寄ると、手招きされ店の内側に通された。

「アレな、出来たぞ」

 デーンが小さな木箱を開け、布に包まれた泡だて器を取り出して見せる。

「あわだてきだ!」

「おおーすごい!」

「こりゃ良いなぁ。試しにうちで孫娘と息子に使わせてみたらよぉ。クレープの粉がラクに溶けるって喜んでたわ」

 レイチェルは受け取った泡だて器を色んな角度から眺めている。

「そうでしょ? 泡だて器って言うくらいだから、泡立てるのに最適なんだよ」

 デーンは腰を折って二人に目線を合わせると、真面目な顔でレイチェルを見た。

「嬢ちゃん、相談なんだけどな。これを作って売っても良いか?」

「うん、いいよ」

「おいおい、そんなあっさりなぁ…」

「チェリー、これを思い付いたのはチェリーだから。それ相応の見返りは求めないと」

「ああ、そうだ。坊主の言う通りだ。子供騙して成果を取り上げたなんて思われんのはごめんだぞ」

「でも、わたしにはこれがいくらになるかわからないわ」

「そりゃそうだよな…とりあえず現物を五つ持って来てる。それはタダで渡そう。それと設計料だが――

金貨五枚でどうだ?」

 デーンが右手の指を全て広げて見せる。

(金貨五枚――五十万くらいの価値か? まぁ、調理器具は他にも色々あるし、それくらいでも良いか)

 ウィリアムはデーンにコクリと頷いた。

「にぃにが良いならわたしはいい」

「そうか! それじゃあこれが現物だ! 箱ごと持ってってくれ!」

 デーンが木箱をウィリアムへ差し出した。

「それとな、こっちが…」

 小さな袋をレイチェルへ差し出す。受け取ったレイチェルはこっそり中身を確認した。金貨が五枚、確かに入っている。

「うん、たしかにうけとりました」

 ポシェットに仕舞い、レイチェルはにっこり笑った。

「もしまた何か思い付いたら教えてくれよ! あ、それと今回もクレープ粉を買いたいんだが良いか?」

「うん、いくつ必要?」

「五袋貰おう」

「はーい、じゃあコレ置きながら取りに行って来るね!」

「デーンさん、ちょっと」

 レイチェルがしゃがみ込んで地面に小枝で何かを描きはじめた。

「嬢ちゃん思い付いてんのか⁈」

「うん。にぃに、わたしすこしここにいる」

「それは良いけど、デーンさんお客さん来たらちゃんと相手してよ!」

「おお、分かった分かった」

 デーンの返事は既に気もそぞろな返答だ。レイチェルの隣にしゃがみ込んでは地面に描かれた図を見ている。ウィリアムは小さく溜息を溢し、泡だて器の入った木箱を抱えてなるべく急いで店へと戻った。


 タイミングが良かったのか、悪かったのか、ウィリアムが戻った途端に客が増えたのでシファと対応する。

「リバーシ十ですか⁈」

「ええ、私は接客の店をやっていてね。お客との戯れに良いかと思って」

 妖艶な色香漂うマダムが屈強な男を引き連れ店へやって来た。

「ありがとうございます! 金貨一枚です」

 金貨を受け取り、十個のリバーシを用意する。どうするのか見ていると、護衛の男が腰に吊り下げたポーチへ近付けた。スルリと吸い込まれ、次々に仕舞われていく。

「マジックバッグ…」

「ええ、そうよ。便利でしょう?」

「はい、そう思います」

「良い買い物が出来たわ。ありがとう」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

 去って行くマダムの背を見送り、ウィリアムはホウと息を吐き出した。

「すごい色気…娼館の女主人って感じだ」

「おいおい、そんなこと知ってるのかよ…」

「そりゃあねー」

 昨日よりも良いペースでリバーシが売れていく。ウィリアムの顔に堪らず笑みが浮かぶ。

「で、チェリーは?」

「あっ! 忘れてた! デーンさんのトコに置いて来たんだった! シファのカバン貸してー。クレープ粉買ってくれたんだ」

 シファの肩掛け鞄にも空間収納魔法を付与し、マジックバッグにしてある。

「ほら」

 ウィリアムは背嚢にクレープ粉を五袋入れると、デーンの店へ戻った。

「おう…」

 レイチェルもデーンもまだしゃがみ込んで話している。

「ただいまー。まだ話してたの?」

「おう、坊主。配達させて悪いな」

「それは良いよ。それより…ちゃんとお客さんの相手してた?」

「ああ、さっきまでしてたよ。それでまだ話が終わってねぇんだ」

「デーンさん、クレープ粉五つね」

 ウィリアムは鞄からクレープ粉を取り出し、木箱の上に並べた。

「おう、ありがとよ」

 デーンが店の売り上げから銀貨三枚をウィリアムへ手渡す。

「多いよ」

「良いって、良いって。なんかウマい菓子でも妹と買って食え」

「ありがとうデーンさん」

 ウィリアムは心付けとしてありがたく多目の銀貨を受け取った。

「これも作ったらここに持って来るわ。そうだな…泡だて器より単純な作りだから、三宗もあれば完成出来ると思う」

「うん、それでおねがい。いつうけとれるかわかんないけど」

「大した荷物じゃねぇから大丈夫だよ」

 レイチェルとデーンは固い握手を交わし、再会を約束して別れた。


 その足でミンツの店へ顔を出してみる。

「ミンツさーん」

「お久しぶりねぇ~。二人とも少し大きくなったかしら?」

「そう?」

「そうかなぁ?」

 ウィリアムとレイチェルは互いを見遣って小首を傾げた。

「今日は僕のカバン買いたいんだ!」

 バルナバートから貰った肩掛け鞄は個人設定を解除し、今は史郎へ借り渡している。今後も共用の鞄になるだろう。その為、ウィリアムも自分用の鞄を買おうと決めていた。

「どんなのが良いかしら? 肩掛けに背負い袋もあるわよ?」

 背負い袋は日本で言うボディバッグの様なデザインの鞄だ。小ぶりで、身体に密着する斜めがけの鞄をウィリアムは手に取った。

「背負ってみても良いですか?」

「ええ、どうぞ」

 首へ通し、左脇の下に肩紐を潜らせる。

「そう持っても良いし、最初に紐を解いて体に巻いてから前で結んでも良いのよ」

「なるほど…これ良いですね」

 ウィリアムはその場で上半身を左右に揺すったり、数回跳ねてみた。

「うん! これにします!」

 存外体に馴染む。荷物はあまり入らないが、どうせマジックバッグにしてしまうのでそこは心配要らない。

「色はどうする?」

 黒に赤茶、生成り色などをミンツは手に取った。

「うーん…これにしようかなぁ」

 ウィリアムは赤茶の背負い袋を指差した。

「赤茶ね。二人にはいつもお世話になっているからハンカチをおまけするわね」

 三枚のハンカチと赤茶の背負い袋を丁寧に纏める。

「お兄さんの分もね」

「ありがとうございます!」

「ミンツさん、ありがとう」

「ええ、どういたしまして。鞄の金額は大銀貨一枚よ」

 ウィリアムは大銀貨一枚を支払い、ミンツから鞄とハンカチを受け取った。

「ありがとう! 大事にします!」

「またねミンツさん」

 二人はミンツに手を振り、店へと戻った。

 店の前で、一人の男とシファが何か言い合っている。

「いえ、ですから、急に言われても」

「シファ? どうしたの?」

 ウィリアムはレイチェルを庇いながらサッと店の隙間から内側へ回り込んだ。

「ああ、お帰り」

「ただいま――で? 大丈夫?」

「あー、うーん…このお方がなぁ」

 シファは困った様に眉尻を下げ、店の前に立つ男を横目で見遣った。背丈はシファの方が大きいが、体付きは男の方がしっかりしている。

「おじさんは誰?」

「おじっ……私はドロウズ領の騎士団に所属している騎士だ。歳はまだ二十二だ! おじさんではない!」

 敢えておじさんと言ってみたウィリアムに、男は案の定片眉をピクリと上げ反論した。

「じゃあその騎士さんが僕たちに何の用ですか?」

「領主館まで来て貰いたい!」

「どうしてですか?」

「我が領の優秀な事務官様がクレイプをご所望であるからだ! 何処の平民だそなたらは!」

「ちょっと、騎士様。子供相手に怒鳴らないでください」

 シファはウィリアムとレイチェルを背後へ隠した。

「弟も妹もまだ幼いんです。帰りが遅くなるのは困ります」

「だから領主館の寄宿舎に宿泊したら良いと言っている!」

「それではまるで連行ではありませんか? 私たちが何か悪いことをしましたか?」

「そうは言っていないだろう! なぜそうな――」

 突然、レイチェルは大声を上げ泣き出した。

「うわぁぁぁぁん! こわいーっ! わぁぁぁーん!」

 目元を覆う手から水魔法で涙を流し、大袈裟に泣きじゃくる。勿論ウソ泣きだ。

「ひっ――っぅ! きしさまがぁ! チェリーもにぃにもわるいことしてないのに! つかまえるってぇー! ろうにいれられちゃうよぉぉぉぉっ!」

「なっ! い、言ってないだろう! そんなこと!」

「わぁぁぁぁぁん! ごわいよぉぉぉーっ!」

 狼狽える騎士の大声を掻き消す様に、更に大声で喚いて見せる。

(ざまぁ…白い目でみられるがいいわ)

 店の周りには様子を窺う人だかりが遠巻きにこちらを見ている。

「チェリー! 大丈夫だよ! にぃにも一緒に牢屋に入るからね! 人攫いになんか渡さないよ!」

 ウィリアムもレイチェルに乗っかり大声で叫び、ぎゅっと抱き締めた。

「人攫いなどでは無い!」

「可愛い子は人攫いに遭うってお父さんもお母さんも言ってたもん! おじさんは騎士のフリした人攫いなんでしょ⁈」

「違う! 断じて私は!」

「騎士様こっちだよ! あんたらの仲間が悪さしようとしてるんだよ!」

「なっ⁈」

 人だかりを掻き分け、簡易鎧を着用した騎士二名が事態の収拾に乗り出す。

「どうした! 何の騒ぎだ!」

「おい、お前!」

 やって来た騎士に呼びかけられ、男がビクリと肩を跳ねさせる。そろり、そろりと、男は騎士を振り返った。

「お前――」

「あー、間違いなく彼は我が領の騎士だ。声は大きいが悪い男ではない。何か誤解があったんだろう。皆、騒がせてしまい申し訳ない」

 騎士の二人が釈明すると、遠巻きに見ていた人たちは怪訝な顔をしながらもゆっくりその場を去って行った。


 人払いを終えた騎士は男を見て盛大な溜息を溢した。

「お前なぁ」

「す、すみません」

「本当に申し訳ない、彼はうちの団員だ。それは私が保証しよう。私はドロウズ領騎士団所属のソルレム・キーリスと申します」

 物腰の柔らかい、赤毛に黒い瞳の騎士が三人に向かって謝罪する。

「私はドロウズ領騎士団所属のイシャール・マゼルです。我が後輩が大変ご迷惑お掛け致しました」

 紺の髪に青い瞳の騎士が後輩と呼んだ男の頭を片手で押さえ、深々と頭を下げる。

「あの、騎士様にそういった事をされると目立つので」

「ああ、すまない。ほら、お前も自分で名乗れ」

「ロッシ・ビートだ! 二十二歳でおじさんではない!」

「うるさいんだよ!」

「うっ、ぐぅ――」

 イシャールに拳骨を食らったロッシ・ビートは頭を両手で押さえ蹲った。

「決して悪人では無いんですが…日頃から声が大きいのが難点なんです」

 ソルレムと名乗った男が蹲るロッシを見て小さく溜息を溢した。

「すみません、何があったのかお聞きしてもよろしいですか?」

 シファは簡潔に事実だけを語った。

「なるほど……そうでしたか。ご迷惑をおかけしました。しかし、彼が言っている事は決して嘘ではありません。もしよろしければ、領主館へいらっしゃいませんか? 可能であれば、クレイプの作り方を料理人へ指導いただきたいのです」

 暫く話し合った結果、明日こちらから領主館へ出向く事になった。

 騒がせた詫びにと、並んでいたアムの実とクレープ粉は全てロッシの負担でお買い上げ頂いた。と言っても陳列台の上にあった分だけなので、そう大きな負担にはならないだろう。

 ソルレムとイシャールはリバーシが気になったらしく、それぞれ一つずつ購入してくれた。

「それでは、明日、領主館でお待ちしています」

「お嬢ちゃんも怖がらなくて良い。牢屋になんか入れないからな。美味しいお菓子を用意して貰うから、お兄ちゃんたちと一緒においで」

 レイチェルはウィリアムの背に隠れ俯きながら、小さく頷いた。顔を上げると目が赤くない事がバレてしまう。

「それでは、大変お邪魔致しました」

「おら! キリキリ運べ!」

 木箱二つを抱えたロッシをイシャールが追い立てる。

「身体強化ナシなんて酷いです!」

「うるさい! 迷惑掛けたお前が悪いんだろ! 黙って歩け!」

 去って行く三人の背が見えなくなると、ようやくシファが肩の力を抜いた。

「なんか、大変なことになっちまったなぁ」

「まぁ、いずれはこうなるかなーと思ってたし。良いんじゃない? リバーシ大量に買い取って貰えないかなぁ~」

「ウィル坊…」

「あのうるさいやつ、マジでゆるさん…かわいいおんなのこのヘイトをあびてまわりからしろいめでみられるようにしてやる」

「チェリー、あんまりやり過ぎると可哀想だよ?」

「なにいってるの? てきはかんぷなきまでにたたきのめすのよ。ゾンビはかくじつにヘッドショットをきめないとだめなんだから。たおれたからってゆだんするとどうなるとおもってるの?」

「いや、あの人べつにゾンビじゃないし」

「あしたがたのしみだわぁ~」

 レイチェルの黒い笑みにウィリアムもシファもブルリと身を震わせた。

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