リバーシの日の目
ウィリアムとレイチェルは久しぶりの出稼ぎに出向く事にした。今回は雪ごもりの間に作ったリバーシを売る予定だ。
早朝に屋敷を発ち、久しぶりにドロウズ領へ向かう。
「売れるかなー」
「うれるといいね」
遊び方の説明書も木版に一つずつ手書きで書いた。使用人達にも手分けして書いて貰い、二百枚を用意した。
今回も二泊の予定だ。商業者ギルドでシファが出店手続きを行い、宿屋のコナスグラ亭へ向かう。
「あら、久しぶり!」
宿屋の奥方がパッと明るい笑顔で三人を迎える。
「お久ぶりです! また来ましたー」
「いらっしゃい。今回も出店?」
「はい! 明日と明後日に」
「前に貰った野菜とアム美味しかったよ! ありがとねぇ」
「いーえ!」
ウィリアムがニコニコ返事をすると、厨房から若い女性が顔を出した。
「お母さ――あら、こんにちは」
「もんえいのおにいさんのおよめさん」
「そうよー。覚えててくれて嬉しいわ、ありがとう」
女性の腹部が少し膨らんでいる。
「お姉さん、もしかして…」
「ええ、そうよ。赤ちゃんがいるの」
腹を撫でながら女性が微笑む。
「わぁ~! おめでとうお姉さん!」
ウィリアムとレイチェルが女性と話している間にシファが宿泊手続きをする。今回も二泊の予定だ。
「アムありがとうね。つわりが辛かったからすごく助かったわ」
「いまはもうだいじょうぶ?」
「ええ、もうつわりの時期は過ぎたわ」
「アムいる?」
「え? まだアムがあるの?」
「うん。今回も売る予定だから」
「それなら少し貰おうかしら? あのアム美味しかったわ」
「持って来るから待ってて!」
ウィリアムは外に出ると荷馬車の陰で中型のバラン袋にりんごを十個入れ、すぐに戻った。
「はい、これアムの実!」
バラン袋を宿屋の奥方へ差し出す。
「ありがとう。いくらかしら?」
「いりません。お姉さんに赤ちゃんが出来たお祝いにあげる」
シファを見遣る奥方に、シファも笑顔で頷いた。
「それじゃあ夕飯はタダで良いから食べにおいで。この前の野菜のお礼だよ」
「そうします。それじゃあ、市場に行くんで、また後で」
***
宿屋に荷馬車と馬を預け、空間収納から取り出した荷車に木箱四つと深籠を幾つか積み市場へ向かう。今回の区画は青区の九十七だった。
荷車を牽いて区画の裏へぐるりと回り込む。三人は開店準備に取り掛かった。
メインはリバーシだが、前回売ったクレープ粉とりんごも売る。リバーシは大銀貨一枚、クレープ粉は銅貨五枚、りんごは銅貨三枚の販売価格だ。
見本用で屋敷から持って来たリバーシを台の上に置き、ウィリアムとレイチェルで対戦して見せる予定だ。
「準備出来たな」
「うん!」
「バッチリ!」
三人は目を見合わせ大きく頷き合った。
「甘いアムの実いかがですかー! クレープ粉もありますよー!」
「自宅で遊べる盤上遊戯もありますよー!」
シファとウィリアムがそれぞれ呼び込みに声を上げる。レイチェルは試食用のりんごを持って道行く人に手渡した。
「どうぞ、おいしいですよ」
アムの実から少しずつ売れて行く。
出店して暫くすると、クレープ粉を前回買ったと言う人がチラホラ現れどんどん売れ出した。
「クレープ粉三つとアム三つちょうだい」
「銅貨二十四枚か、銀貨二枚と銅貨四枚です」
クレープ粉とりんごは順調に売れた。人足が少し落ち着き出したので、ウィリアムとレイチェルはサンドウィッチを片手にリバーシで対戦する。
「むむ…」
石の置き場に困ったレイチェルが悩む。その間にウィリアムは二つ目のサンドウィッチを手に取った。
「それは何だ?」
「リバーシって言う盤上遊戯です。今ウチの領地で流行ってるんですよ」
アムを一つ買った男性客がシファに尋ねた。
「へぇ…」
男は盤の前に移動すると、りんごに齧り付きながら二人の勝負を見守った。
「間に挟まれたら色が変わるんだよ」
レイチェルが石をひっくり返して白に変える。
「どこに置いても良いのか?」
「相手の石が引っくり返せる場所じゃないとダメ。飛んでこんなとこに置いたりもダメ」
ウィリアムは石を何ヶ所かに置き、ルールを説明した。
「ふん、面白いな――」
程なくして、ウィリアムの勝利で勝負は終えた。
「面白い! これがあれば根の節に暇しなかったのにな」
「そうだよ。僕たちも根の節の間うちでやってたんだー」
「大銀貨一枚か…ちと高いな」
「でもあればずっと遊べるよ?」
「それはそうかもしれないが、なぁ」
「かしこくなるわよ?」
レイチェルが言うと、男は「ハッハッハ!」と声を上げ笑った。
「たしかにな! 嬢ちゃんと坊主は賢いな! おれんとこの子も賢くなるかもしれんな!」
男は財布から大銀貨一枚を取り出すとウィリアムへ差し出した。
「一つくれ。子供への土産を探してたんだ。これにするよ」
「ありがとうございます!」
ウィリアムは盤と石、説明書のセットをバラン袋へ入れ男に差し出した。
「おじさんがはじめてリバーシを買ってくれたお客さんだよ。どうもありがとうございました!」
「おじさんのところの子が、よろこんでくれるといいわね」
「ああ、一緒に遊んでみるよ」
男が去ると、ウィリアムとレイチェルはハイタッチした。
「まずはひとつめ!」
「うん! 売れたね!」
シファの休憩中にはレイチェルとシファで勝負をし、ウィリアムが店番をする。食事時を過ぎたからか、リバーシに足を止める人が多くなった。
「リバーシと言う盤上遊戯でーす! お土産にいかがですかー?」
興味深げに何人かが足を止める。ウィリアムはルールを説明しながら客にリバーシを売り込んだ。
「僕は根の節にこれで毎日遊んでました。うちの領主様のお屋敷でも大人気ですよ!」
「へぇ、どこの領だい?」
「サビール領です!」
「ふーん。お貴族様が遊んだ遊戯ねぇ」
「はい! お貴族様も、お屋敷の使用人も遊んでます! 雪ごもりで退屈せずに済みました!」
「遊び方は難しくないかい?」
「挟まったら色が変わる、相手の石をひっくり返せない場所に石は置けないのが決まりなので、そこまで難しくないですよ」
「どれ…うちの店に置いてみようかねぇ」
そう言った客は酒場をやっているそうで、一つ買って店に置いてみると言った。
「ありがとうございます!」
ポツリ、ポツリと購入者が増え、初日のリバーシは七つを売り上げた。
コナスグラ亭へ戻り、少し休んでから一階の食堂へ下りた。
「空いてるとこどうぞ!」
四人掛けのテーブル席に腰を下ろす。シファがテーブルの上にリバーシを置いた。
「僕とシファで対戦ね!」
「えー。ウィル、強いからなぁ…」
料理が来るまでの間と、二人はリバーシを打った。カウンターに座る客が二人と、テーブル席に座る三組の客がチラリとリバーシを見る。
「なぁ、兄ちゃん。それなんだ?」
「これですか? 今ウチの領で流行ってる盤上遊戯です」
隣のテーブルの男がシファへ尋ねた。
打ちながらウィリアムがルールを説明する。男は木のジョッキを片手に真剣にルールを聞いていた。
「料理が出来たよ!」
宿屋の奥方、ポッツが両手に皿を持ってやって来る。
「今良いとこなんだけどな!」
勝負に見入っていた男がグビッと酒を呷る。ポッツは皿を置き、すぐに厨房へ戻って行った。
「良かったらやりますか? 僕たち今からごはんだし」
「いいのか?」
「うん、続きからでも、はじめからでもどうぞ」
ウィリアムはリバーシ盤を隣のテーブルへ置いた。どうやら最初からやり直すみたいだ。
「なんだいアンタたち! この子らの玩具取ったの⁈」
料理を運んで来たポッツに言われ、男は首を振った。
「ごはんの間貸してあげたんだよ」
「そう、ありがとねぇ…全く、子供に玩具貸して貰うなんて…」
ポッツがブツブツ言いながら厨房とテーブルを往復して料理を並べる。ウィリアム達のテーブルの上には平パンの盛られた籠、コナスグラの煮込み料理、スープとコナスグラのローストが置かれた。
「おいしそう!」
レイチェルは早速両手を合せ、スープを一口飲んだ。
「うん、おいしい」
野菜の出汁が出たスープは以前も飲んだが美味しかった。コナスグラの煮込み料理は赤ワインで煮込まれトロトロに柔らかく、ローストも焼き加減が絶妙で非常に美味しかった。
「全部美味しいー」
「うん、おいしい」
三人が食事を終える頃には客も増えて来た。酒を飲む客も多いので、そろそろ部屋へ引き上げようかと隣のテーブルの人だかりに視線を遣った。見えないリバーシ盤を囲み、男達があーでもない、こーでもないと言い合っている。
「おじさーん、そろそろ返してー」
「なんだ? これは坊主のか?」
テーブルを囲んでいた男が振り返った。
「そうだよ。僕たちの領で作って売ってるんだよ」
「坊主! もう少し待ってくれ! あと少しで勝負がつくんだ!」
「この後は俺がやる予定だったんだけどな! お前がモタモタしてっから!」
「悪かったよ!」
姿は見えないが、最初にリバーシを貸した男の声がする。
「良かったら売ろうかそれ」
「なに⁈ 良いのか⁈」
「大銀貨一枚だけど」
「高いな!」
テーブルを囲んでいた男の一人がスッとウィリアム達のテーブルの方へやって来た。
「買えるのか?」
「うん。僕たち今回は市場でそのリバーシを売ってるんだ」
「そうか…二つ買えるか?」
「モチロン! 部屋から取って来ます!」
他にも数名が一つ買うと言い出し、高いと言っていた男も悩んだ挙句購入すると言う。三人は一度部屋へ引き上げ、空間収納からリバーシを取り出した。
「さくせんせいこうね」
「ねっ! 良かったぁ~」
「チェリーお嬢は待ってるか?」
「うん」
ウィリアムとシファでリバーシを持って食堂へ戻る。大銀貨一枚と引き換えにリバーシを渡した。
「石をなくさないように気を付けて下さいね」
興味を持ってくれた人に一つでも売れれば良いなと、食堂でリバーシを出してやって見せたが思いの外良い売り上げに繋がった。
三人は部屋で緑茶を片手に乾杯し、リバーシの日の目を祝った。




