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異世界幸福生活譚~幸せへの帰り道~  作者: 円 円々


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とある領主館で




 ひょろひょろとした細い体、栗色の髪はボサボサで、着ているシャツはヨレヨレ。風呂も暫く入っていない彼――ビィディはドロウズ領の領主館、魔道具開発室で働いている。

 ウフール学院を優秀な成績で卒業し、血縁でもあるドロウズ領主の元で日夜魔道具作りに励んでいる。


「で――? アレはどんくらい経ってる?」

「もう五日程です」

 風呂にも入らず食事もまともに摂らないビィディに、見習いの少年はとうとう奥の手に泣き付いた。

「全く、本当に魔道具バカだな」

「すみませぇーん」

「お前のせいじゃないから心配すんな」

 泣き出しそうな少年の頭をポンポンと叩き、屈強な肉体をした男は部屋の奥で魔道具を作り続けるビィディの元へズカズカ歩み寄った。

「おい! お前いい加減にしろよ! 風呂入ってメシ食え!」

「…………」

 屈強な肉体の男、ジャマールはドロウズ領の騎士団に勤める騎士だ。ビィディとは長い付き合いで、彼の性質もよく理解している。

 カチャカチャと金属を弄り続けるビィディの脇腹に後ろから両手を差し込むと、グイと持ち上げた。

「っわ!」

 手から離れた金属を、待ち構えていた見習いの少年が危なげなく受け止める。

「臭い! 汚い! 風呂!」

 肩の上に荷のように担ぎ上げ、ジャマールは大浴場へ向かった。

「あぁ~…まだ途中だったのにぃ~」

「続きは後だ! お前本当に…なんだこの軽さは。大人の男とは思えない軽さだぞ」

「ジャマールと一緒にされても困るよ。私は騎士や兵士じゃないんだから」

「ムーナを困らせるな! 学院から帰って来てお前の世話させられて。全く、本当にお前と来たら」

 ブツブツ小言を言い続けるジャマールの後ろを、ムーナと呼ばれた魔道具士見習いの少年がビィディの着替えを抱え小走りで付いて来る。

「ジャマール様、お手を煩わせて申し訳ありませんっ!」

「だからそれはムーナが謝ることじゃない! 悪いのはこいつだこいつ! この魔道具バカだ!」

 大浴場に到着すると、ジャマールはビィディを脱衣所へ放り込んだ。

「しっかり洗えよ! 汚いままだったらやり直させるからな!」

「ぼ、ぼくがお手伝いしますからっ」

「十二歳に世話を焼かれる二十歳の大人の男ってなぁ…」

「ムーナ…」

「はい、はい! さぁ、お風呂に入りましょうビィディ様! 服を脱ぎましょうね!」

 シャツのボタンすらも自分で外さないビィディを一睨みし、ジャマールは大浴場を後にした。食堂へ赴き、ビィディ用の食事の用意を頼む。


 魔道具士見習いの少年、ムーナエルの手を借りて風呂を終えたビィディはジャマールの合格を貰い食堂へ連れられて来た。

「ほら、お前用に用意して貰ったんだ。食べろ」

 平パンが二つに野菜とベーコンのスープ、コナスグラのソテーにはカビチときのこが添えられている。

「クレイプが食べたい…」

 ビィディは小さく溜息を溢し、平パンを手に取った。

「クレイプ、ですか?」

 ビィディの真向かいに座ったムーナエルは小首を傾げた。

「暫く前に市場で売られてた食べ物だよ。俺も食べたけど美味しかったよ」

「へぇ、そうなんですね。どんな食べ物なんですか?」

「弾力のある皮に具が包まれてるんだ。俺が食べたのはペアサンが包まれてたな」

「玉子のとアムの甘煮のも美味しかったよ」

「ビィディ様が…」

 食事を面倒臭がり、最低限しか食べないビィディが「美味しかった」と言った事にムーナエルは少々驚いた。

「俺も見回りの騎士とか兵士に見付けたら知らせてくれって言ってるんだけどなぁ。暫く出店してないみたいなんだよ」

「根の節の前に買いたかったのに…」

 ビィディはスープに浸した平パンを口に入れ、フォークでコナスグラを突いた。

「前に見回りの騎士が粉を売ってるのは見付けてな、買って来てくれたんだよ」

「アムもね」

「その粉でクレイプというものが作れるんですか?」

「ああ。皮だけだけどな」

「それでもいい」

「こいつ用に焼いて貰って、真似してクレイプを作って貰ったんだよ」

「その粉は?」

「もうない。こいつが全部食べた」

「だって…少なかったし。あぁー、あの子たちが作るクレイプが食べたい…美味しかったんだよー…」

「ビィディ様がそんなに言うなんて僕も食べてみたかったです!」

「次にムーナが帰って来るまでに手に入ったら俺が保管しておくよ」

 ジャマールは自分の腰に下がる赤革のポーチを軽く叩いた。時間停止付きのマジックバッグだ。

「商業者ギルドでは何も教えてくれないんですか?」

「兄貴の名前は分かったんだけどな。冒険者ギルドの身分証持ってたのは分かった」

「あぁー。商業者ギルドに登録してたらもう少し情報あったかもしれませんねぇ」


 冒険者ギルドの登録に必要なのは名前と年齢、魔法が使える場合は持ちの魔法、その他使用する武器等の情報程度だ。商業者ギルドに登録するには更に細かい情報が必要で、拠点や居住地、資金額等も登録する必要がある。


「そのお兄さんの最近の討伐記録とかは無かったんですか?」

「無かった。数年前の記録しか無かった」

「そうなんですねぇ…ビィディ様がそんなに食べるなら僕もぜひ作り方を覚えたいです!」

「ムーナ…お前は本当に…」

 ジャマールは盛大な溜息を吐いた。この魔道具士見習いは、ビィディへ傾倒し過ぎている。

「ぼくも学院でクレイプを知っている人がいないか探してみます!」

 ムーナエルは大きく頷いた。




 休暇明け、学院に戻ったムーナエルは友人たちにクレープの話を聞いてみたが誰も知らなかった。

「あのビィディ様が探してるんだろ? オレらも探してみるよ」

 ドロウズ領から通う他の学院生も探す手伝いを申し出てくれる。

 暫くして、ムーナエルより一つ上の学院生がクレープを見つけ出してくれた。

「見つけたぞクレイプ! 中期科の双子が知ってるらしい!」

「ほ、本当ですか先輩⁈」

「おお! 俺の友人がな、双子が食べてるの貰って食べたらしいんだ!」

「す、すごいです先輩! ありがとうございます!」

 ムーナエルは先輩の手を取りブンブン上下に振った。

「明日双子から話聞いてみるからな」

「僕も同席させて下さい!」


 翌日の昼食時、ムーナエルは先輩と共に下級食堂で中期科の双子に話を聞いた。

「これはうちの領地で新しく栽培しはじめた作物を粉にして焼いてるんだ」

 エヴィニスは皿に載せたクレープ生地を一枚手に取り、食堂で提供されたコナスグラのソテーを包んでパクリと食べた。

「こうやって、中に具を入れて食べる」

「んまいぞ。ほら、食っていいぞ」

 フォルティスは向かいに座る二人にクレープ生地を勧めた。

 二人もクレープ生地を手に取り、見様見真似でコナスグラのソテーを巻いて食べてみる。

「んっ!」

「なんだこれは!」

 二人の反応に、フォルティスとエヴィニスはニヤリと笑った。

「ウマいだろ?」

「ああ、美味い!」

「おいしい、です――」

 ムーナエルは夢中でコナスグラを巻いたクレープを食べた。食べ終わると、真剣な顔で双子に向き合う。

「この、クレイプの粉を譲ってくれませんか?」

「ああ、いいぞ」

「うん。どれくらい要る?」

 あっさり了承され、ムーナエルは目を丸くした。

「い、良いんですか?」

「おう! ちょっと多めに持ち込んであるんだよ!」

「一袋銅貨五枚だったかな」

 ウィリアムから市場で売っていた時の金額は聞いている。

「えっと…三つ、いえ、五つ譲っては貰えませんか⁈」

「五つ? オレは良いぞ。エヴィは?」

「ああ、俺も良い。じゃあ、明日持って来る」

「今日、今日! 寮まで取りに行っても良いですか⁈」

「お、おお…うん、オレは良いけど…」

「ありがとうございます!」

 ムーナエルの勢いに、双子は若干引き気味だ。反面、ムーナエルは非常に良い笑顔をしている。

「これでビィディ様にクレイプを食べて貰えます!」

「ビィディ様って…あの天才魔道具士の?」

「はい! そのビィディ様です!」


 双子はウィリアムから聞いていたドロウズ領の【偉い人】が、ビィディである事をこの時知ったのだった。

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