父母と姉弟と使用人
死の描写があります。
ウィリアムとレイチェルが両親の手ずからスープを食べている頃、一階の食堂室には姉弟が集まっていた。
貴族の屋敷とは思えぬ程、素朴な内装。広さだけはあるが、絵の一つも飾られない壁に、クロスも無い晒しのテーブル。十人掛けのテーブルの端に、姉弟達はいつもの如く集っていた。
朝食と言うには遅く、昼食と呼ぶには早い。長女のミセリアーテは小さく欠伸を噛み殺した。その正面に座る双子の兄、フォルティスは堂々と大きく口を開け欠伸をする。
「はしたないですよフォル坊ちゃま」
メイド長のサリーが配膳しながら小言を述べる。
「んー…」
適当な生返事をし、フォルティスは籠に積まれた黒パンを一つ手に取ろうとして止めた。
「食べないの?」
隣に座る双子の弟、エヴィニスがパンを千切ってスープへ浸しながら尋ねる。
「ん…今日はいいかな。あんま腹減ってねぇし」
「じゃあ、はい」
手に持っていた自分のパンを半分に千切り、片方をフォルティスへ差し出す。
「いい――」
「俺もそんな腹減って無いから」
「坊ちゃま方、しっかりお召し上がりください。パンならまだありますよ」
「いや、だから――」
「ウィル坊ちゃまもチェリーお嬢ちゃまもまだ固形物はお召し上がり頂けませんからね」
「そうですよ。お二人には母さん特製の栄養たっぷり野菜スープが届けられてますよ」
メイド長のサリーに続いて、料理長を母に持つメイドのヒランが得意気に続けた。
「ほら、ちゃんと食べなさい。ウィルとチェリーの前でお腹鳴らしたら恥ずかしいでしょ」
「ミリーお嬢様の言う通りですよ」
双子は顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。
***
姉弟も両親も食事を終えた頃、食堂室には使用人達も集まっての家族会議となった。普段なら立って控える使用人達も椅子に腰を下ろしている。
「ウアとシファは畑の手伝いで村へ下りております」
執事のドランが告げる。焦げ茶の髪と同じ色の瞳を微かに伏せた。
「うん、いつもありがたいね。助かるよ」
庭師と馭者が居ない事に小さく頷き、バルナバートは皆を見回した。
「ウィルとチェリーの事について話そうか――」
二人の身に起きた出来事、二人が与えられた能力について、ウィリアムから聞いた内容を全て話終えると、バルナバートは小さく息を吐いた。
「奇跡、ですね――」
ドランの呟きに、皆が小さく頷く。
「二人が助かった事は嬉しいのよ。それだけは絶対そうなの。だけど――」
サンテネージュは微かに眉根を寄せ、唇を引き結んだ。
「中央にだけは、絶対知られるわけには参りませんね」
「ああ、そうだ。知れたら最後、どうなるか……」
「お二人共、連れて行かれてしまうでしょう」
ドランも、それに答えたバルナバートも、眉間に皺を寄せた。
「させないさ」
「ああ、絶対な。あんな奴らにウィルとチェリーを奪われて堪るかっての」
「そうよ。折角元気になったんだから。あんな王族になんか絶対渡さないわ」
姉弟はそれぞれ目を見合わせ、強く頷いた。
***
八年前に起きた隣国との紛争は二年程続き、至方辺境【王国の四つ守り手】の四者が揃って国王を説得、黄の守り手が使者となり隣国との協議を重ね、停戦となった。
争いの場からは平民が追われ、兵士を駆り出され耕す者を失った農地は荒れた。紛争が終わり、人手が戻ったかと思えば、長雨が続き、冷害が作物を襲った。実りの乏しい農地。それでも税の引き下げ等ある筈も無く、平民は飢え、体力の無い老人と幼子から命を落とした。
根の節をじっくりと耐え、やっと巡って来た日の節、豊作を願って土を耕し、種を撒き、水を与えた。しかし、次に襲って来たのは干ばつだった。魔法で水を生み出せる者が居たとて限界があり、土はカラカラに乾いて作物は枯れた。
ようやく作物が実り出したのは、次の年の日の節だった。これでやっと飢えで死ぬ者も居なくなる、誰もがそう思った矢先、流行り病がじわじわ広がりを見せ、一気に国土に広がった。病に効く薬も、王都中央と一層でしか手に入らず、しかも高額な為、極限られた一部の者にしか行き渡らない。体力だけで病と闘い生き抜くか、病に負けて命を落とすかのどちらかだった。
全ては王の、王族の、それらに侍る高位貴族達の愚策が齎した出来事であった。
***
「昨日も言った様に、ウィルとチェリーに関しては全て極秘扱い、領民であっても他言無用。この屋敷の者達だけの秘密にして欲しい」
「サビール家の安寧の為、決して口外しないと我が身に代えて誓います」
「ええ、私も同じく誓います」
ドランとサリーが椅子から立ち上がり、一歩引いて片膝を床に着いて右手を左胸に添えた。この国で、最上位の忠誠を表す姿勢である。料理長のラーダ、メイドのアリゼとヒランも同じく立ち上がり、忠誠を誓う。
「同じく、この身に代えて、誓います。夫と息子にも誓わせます」
「誓います」
「同じく、誓います」
バルナバートは立ち上がり、頭を垂れる使用人をゆっくり見回した。
「その忠誠、しかと受け取る」
引き締めた表情と重い声が凛と室内を震わせる。時間が許せば領民と共に野良仕事を行う、温厚で人当たりの良い当主――バルナバート・サビールは、紛れ無く貴族で、限り無く高潔な男であった。




