お守り袋
アリゼはウィリアムとレイチェルから預かった布で巾着袋を縫っていた。
チクチクチク――針を無心で動かしていると時間を忘れる。橙色で二つ、濃紺色で一つの巾着袋を作る予定だ。
「アーリゼ。休憩しないの?」
ヒランがアリゼの顔を横から覗き込む。テーブルの上にはカップと甘味が置かれていた。
「ウィル坊ちゃまとチェリーお嬢さまが休憩してねーだって。ドラヤキくれたよ」
アリゼは縫いかけの巾着袋を籠へ入れ、グーっと背を伸ばした。パキ、と骨が音を鳴らす。
ヒランは向かいのソファに腰を下ろすと、どら焼きにパクリと齧りついた。
「おいしい~」
アリゼもお茶で喉を潤わし、どら焼きを一口分千切って口へ入れた。
「美味しい…」
「ねぇ~。プリンも美味しいけどドラヤキもおいしいよねぇ~」
「カステラも美味しかったわ。ミリー様が好きそうな味だった」
「学院組は帰って来たらビックリするでしょうねぇ。おいしいものがたくさんで」
「あら? 他にも色々驚かれるんじゃない?」
「あははは! そうだねぇ。ククにヌルエに魔馬!」
「ふふっ。短い間に生き物がこんなに増えるなんてね」
「ね? 兄さんがウハウハしてるもん」
「シファは昔から生き物が好きだもの」
二人は暫しお茶をしながら昔話に花を咲かせた。
「よし、休憩終わり! ヒラン、お茶ありがとう」
「どういたしましてー。わたしも手伝うよ。巾着終わったら鞄作るんでしょ?」
報酬は払うからと、同じ布で斜め掛け鞄も三つ作って欲しいとお願いされている。学院に通う三人へのプレゼントなので、三人が休暇で帰って来るまでに仕上がっていれば良い。
「そんなに急ぎじゃないから大丈夫よ」
「って言いながら作りたくてウズウズしてるでしょ~?」
「それは…」
図星を指され、アリゼは視線を逸らした。
「早く仕上げて刺繍とか入れたりしたいんでしょ~?」
「そう、だけど…」
「布切るのと仮縫いくらいは手伝えるよわたしでも」
ヒランの申し出をアリゼはありがたく受け入れた。
「裁断お願いしてもいい? ひとつ分は私が切るから」
「うん、いいよー」
数日掛けて二人は鞄を縫った。ヒランが仮縫いしたものをアリゼが太めの糸で本縫いした。
橙色で一つ、濃紺色で二つの小さめの肩掛け鞄が出来上がった。裏地に丈夫な布を共縫いしてあるので思っていたよりしっかりした仕上がりになった。
「これなら売り物と変わらないねー」
「そこまで立派には出来てないわ」
「いやいや、立派だよ立派! これに刺繍するの?」
「そのつもり。どんな刺繍にしようかしら」
アリゼの声が弾む。
「わたしは刺繍は手伝えないけど、休憩くらいは付き合うよ」
「ふふっ、お菓子が食べたいだけでしょ?」
「あはは! バレたぁ?」
鞄の被せ蓋に刺繍を入れる。橙色はミセリアーテに作った物で、刺繍は蓋の淵に沿って葉の模様を入れた。濃紺色のフォルティスとエヴィニスの分はそれぞれに【火の鳥】と【風の龍】を。興の乗ったアリゼは巾着袋にも小さな刺繍を施した。白い糸で、白いククを揃いで。
刺繍まで仕上がったのは学院から三人が帰って来る数日前だった。丁寧にアイロンを掛け、アリゼは満足気に頷いた。鞄と巾着を大事に抱え、レイチェルの部屋へ届けに行く。生憎不在だったが、ローテブルの上に余った布地と一緒に置いておいた。夕食前に二人がアリゼの元へ駆けて来た。
「アリゼ! カバンと巾着見たよ! すごいね! 想像以上に良い出来だった!」
「うん! アリゼすごい! ありがとう!」
「ありがとう! きっとみんな喜んでくれるよ!」
「ほんとうにありがとう!」
口早に二人から礼を言われ、アリゼは「ふふっ」と吹き出した。
「お二人からの贈り物ですよ。きっとお喜びになります」
「ししゅうもすてきだったわ」
「うん! あ、これカバン作ってくれたお礼だよ!」
ウィリアムは銀貨三枚をアリゼの手を取り乗せた。
「こんなにはいただけません。それに主家に仕えるのがメイドの仕事です」
「カバンと巾着を作るのはアリゼの仕事じゃないでしょ。それはアリゼの働きへの対価だよ。ヒランにもお手伝いの報酬払うんだから、アリゼが受け取ってくれないと困る」
「ええ、うけとってちょうだい」
「…ありがとうございます」
アリゼに礼を述べ報酬を支払った二人はその足でヒランの元へ向かい、ヒランにも手伝い分の報酬として銀貨一枚を渡した。
「仮縫いしか手伝ってないのにこんなにいいんですかぁ? ありがとうございます」
ヒランは嬉しそうに銀貨をポケットへ仕舞った。
翌日、二人はルイとの魔力訓練の時間に鞄へ空間収納と保護の魔法を施した。
「渡すの楽しみだなぁ~」
「おかしとごはんもつくっておかなきゃね」
「料理用マジックボックスもあるからね! 作り置きしておこうか」
「そうだねー。マヨネーズとケチャップもまたつくらないとかな」
「あーそうだ。そろそろ無くなるってラーダ言ってた」
「ケチャップはにんにくのみがじゅうようだからなぁ」
「まだあるよね?」
「あるけど、なくなったらこまるのよ」
「まぁ、確かに? それよりさぁー、ククの卵でマヨネーズ作ったら美味しそうじゃない?」
「それはぜったいおいしいね。でももったいない。だったらカステラにつかう」
「むむっ…確かにそっかぁ~。ククが増えるまでクク卵マヨネーズはお預けかぁ」
レイチェルはコクコク頷いた。
ふーっ、と長く息を吐き出し、ルイが目を開けた。
『終わった、魔力、じゅんかん』
『お疲れ様ー』
『おつかれルイ』
魔力循環にも随分慣れ、体内を一周させる時間も短くなった。
『ルイ疲れたでしょ? お茶にしよー』
緑茶を淹れ、どら焼きをおやつにお茶の時間にする。
『ありがとう』
三人はお茶をしながらお喋りする。この時間もルイの日本語学習に役立っているのだ。
『雪、降るそう』
『降りそう、だよ』
『降りそう。雪、降りそう』
『うん、じょうず』
『雪、もうすぐ降る。ビザイが、言うしてた』
『いってた』
『言ってた』
レイチェルは微笑んで頷いた。
『ビザイが、雪がそろそろ降るって、言ってたの?』
『うん』
『ねぇねたちがかえってくるまでふらないといいけど』
『ウィルとチェリーの、きょうだい』
『そう。がくいん、がっこうへいってるの』
『雪、降ったら、休み』
『そうだよ。雪が降ってる間は、ルイの勉強も、八重子たちが来るのも、お休み、だよ』
『うん…』
寂しいのだろう。ルイの顔が微かに曇る。
『雪が降ってない時に、会いに行くよ。ムクフがいるからね』
『ほんとう?』
『うん。毎回、じゃないけどね』
『まいかい?』
『*毎回、だよ。雪が止んだ時に、行けるなら会いに行く。でも、雪が止んだ時に絶対行けるわけじゃないから。毎回、じゃない』
『*わかった』
お茶を飲み終えた三人は厩舎へ行った。マンマとムクフ、仔ボンデ二匹にりんごを食べさせる。仔ボンデは左耳の先に黒い点がある子をドット、右肩の一部に白い毛が生えている子をフクゲと名付けた。マンマにも随分懐いている。このまま厩舎暮らしになりそうだ。
「いいかぁ~? 人や他の生き物を傷付けちゃダメだぞー?」
ウィリアムは二頭の頭を撫でながら何度もそう言い聞かせる。
「やられたらべつよ。やりかえしなさい」
「そうだねぇ。やられたらやりかえしていいよ」
『フクゲ、おいで』
ルイが両手を広げるとフクゲがトコトコ歩いて行き足元にゴロリと転がった。腹を見せ、グネグネ体をくねらせる。
『かわいい、フクゲ』
腹を両手でわしゃわしゃ撫でると、フクゲはアウアウ鳴いて喜んだ。
『ルイに、すごく懐いてる』
『かわいい。懐いてる、うん、懐いてる』
三人は一頻り仔ボンデを愛で、また明後日の約束をして別れた。三日後は学院に通う三人が乗り合い
馬車の通っている領へ到着する予定の日だ。シファが馬車で迎えに行くのだが、二頭立てならマンマに負担が少ないのでウィリアムとレイチェルも一緒に付いて行く予定だ。




