集落へ行こう
出稼ぎから帰宅した翌日、二人は古着や布を持って集落へ向かった。最近は八重子やルイたちが二日に一度屋敷へ来る為、集落へ出向いていなかった。食料も荷車で自分達で運び、次に来る時に荷車を返すと言うので、八重子たちにお願いしていた。
「久しぶりだな~。家はどうなったかなぁ」
「わたしもたのしみ」
「オレは何回か手伝いに行ってるけど…すごいぞ?」
「あー、ダメダメ! 言わないで! ネタバレ禁止!」
「ねたばれ?」
やいやい言いながら荷馬車に揺られている内に集落へ着いた。
「おぉ~っ」
「すごい――!」
高い二階建て、茅葺き屋根の家が仕上がっている。
「だろーっ? オレも結構手伝ったんだからなー」
『ウィル! チェリー!』
ルイが手を振り駆け寄って来た。
『ルイ、久しぶり』
『おかえり』
『うん、ただいま。家すごいね!』
『すごい。うん、すごい。もういっこ作る』
『きょうはおみやげもあるのよ』
『いつまありがとう! おれ手伝い、ある。行く』
ルイは『またあとで』と手を振り萱作りに戻って行った。
「お帰りなさいませウィル様、チェリー様」
八重子が小走りで二人の元へやって来て頭を下げる。
「ただいま八重子」
「ただいま。きょうはおみやげがあるわ」
「いつもありがとうございます」
八重子は家の建築に当たっている男性を数人呼んだ。
荷車に積んである巻き布を見せると、八重子が「まぁ!」と声を上げた。古い布だが、レイチェルが浄化魔法を掛けたので染みや汚れは綺麗になっている。
「街でね、安く仕入れられたんだ。古い布だけど、好きに使って」
「ありがとうございます」
「それと、こっちの木箱はシャツとズボンだよ。古着だけど、洗濯はしてある。男性用しか売ってなくて申し訳ないんだけど…」
「いえ、ありがたいです。本当にありがとうございます」
八重子が深々と頭を下げると、皆も頭を深く下げる。
『この布で着替えを作って下さい。木箱の中の古着は男性用しかありませんが、体の大きさに合うものを選んで着てください』
布を運び込むついでにと、ウィリアムとレイチェルは八重子に新しい家の中へ通された。
「おぉー! すごい!」
「うわぁ~! すごーい!」
玄関の引き戸から入ると広い土間が広がっていた。右手側に竈が二つと広い流し台、その横に大きな水がめが置かれている。どれもしっかりと硬い土作りだ。
土間から式台、広い板張りの居間が続く。居間の中央には囲炉裏が設置されていた。
「うわぁ~囲炉裏だぁ」
二人は靴を脱ぎ居間へ上がった。
「こちらから上へ上がれますよ」
居間の左手側にある階段を八重子が示すと、二人は嬉々として階段を上った。
煙が茅葺き屋根へ上がるように、二階は真ん中部分が吹き抜けになっている。
「あれ? もっとうえもある?」
「はい。三階もございますよ。こちらからどうぞ」
短い階段を上がると三階に辿り着く。三階は屋根裏部屋と言った様相で、ウィリアムがギリギリ真っ直ぐ立てる位の天井高だ。
「この短期間でよく建てたねぇ」
「マヅルは『土の神』に愛されているそうですから」
『つちのかん?』
「はい。ルーチュ国独特の言い回しのようです。土の神様という意味だそうですよ」
「土の神様に愛されてる?」
「はい。なのでマヅルは建築に秀でているのです」
新情報にウィリアムとレイチェルは目を丸くした。
「それって、まほう?」
「申し訳ありません。まほう、というのがどのような物なのか分かりません」
「えーっと、無い所に水を出したり、火を点けたり?」
「ああ、『神の冥加』のことですね。マヅルの『土の神』が同じか分かりませんが、恐らく似たようなものだと思います」
「んんー?『えーっと、神の冥加とか土の神って僕たち初めて聞くんだけど』」
『こちらではそう言わないのですね』
イマイチ八重子に伝わっていない。
『ホウレキ国とかルーチュ国だとその冥加って普通なの?』
『そうですね…冥加を戴く者もいれば、頭を撫でて戴くだけの者もおります』
『頭を撫でる?』
『はい。冥加程では無い場合【頭を撫でて戴く】と言います。私は八意思金神に頭を撫でて戴いております』
『それはどういうかみさまなの?』
『知恵の神様、学業の神様と言われております』
『もしかして八重子はその知恵の神様に頭を撫でて貰ったから、言葉を覚えるのが早かったの?』
『はい、そうでございます。ウサは知の精に恵みを受け、トウカは知の神に愛されているそうです』
「だから史郎が自分じゃついていけないって言ってたのか…」
「他にもその『冥加』とか、神に愛されている人はいるの?」
「はい。クガニは『火の神』史郎さんは『水神の冥加』他には――」
八重子の話で、皆が何かしらの魔法に近い力を持っていることが分かった。
「なるほどねぇ…」
今の今まで何も気付かなかった。
「八重子、僕たちは今までみんなにそんな力があるって知らなかった。僕たちの前で力を使わないようにしてた?」
「いえ、そのような事は決して!」
八重子はブンブン首を横に振り、今にも泣き出しそうだ。
「隠していたつもりもございません! 大変申し訳ございませんっ」
その場に両手両膝を着き、八重子は土下座した。
「頭を上げて。ちゃんと話そう」
三人は居間へ下り、史郎を呼んで貰った。八重子の只ならぬ雰囲気に史郎の顔が強張る。
『いかがされましたか?』
『うん、ちょっと驚いた事があって』
ウィリアムは八重子から聞いた神の冥加や、神について、こちらの国では魔法という力に近い事を説明した。
『その、マホウ、は…限られた者、それも学んだ者しか使えないと?』
『うん。この国、この国の近辺ではそうだと思う。ルイが住んでいた国でもそうだったって言ってた』
『ですがルイは使っておりますよね?』
『え?』
『ルイの食料を探す力は神の冥加だと思っていたのですが…』
『ルイの魔法は命の危険で目覚めたに近いかな。普通は学院に行かないと使えないんだって』
『そうでしたか…あの、信じて頂けるか分かりませんが、決して隠していたつもりはありません。私は水神の冥加がありますが、ここに居る皆に椀一杯の水を飲ませてやれる程度の水を出すことしか出来ません』
『史郎たちのくにでは、ふつうのことなのね』
『はい。特別な事だとは思っておりませんでした』
『そっか…八重子、怖がらせてごめんね。史郎も』
『いえ……』
『この国ではね、限られた人しか魔法っていう特別な力は使えないんだ。だから、集落のみんなが特別な力を使えるのはあまり知られない方が良いと思う。力の大きさとか、使える力によっては僕たちより更に上の貴族が出て来――』
ウィリアムはそこまで言ってあれ、それでも良いのでは? と思った。自分達が王族や中央に見付かりたくないだけで、史郎達は高位貴族や王族に仕えるのもアリかもしれない。
『ごめん、僕やチェリーは王族や高位貴族に見付かりたくないって思ってるんだけど。もしかしたらみんなはそうじゃないかもしれないね。国に帰りたいなら見付からない方が良いかもしれないけど、この国に残る人ならそっちに就職した方が良い暮らしが出来るかもしれない』
『ウィル様――私はサビール家に生涯仕えさせていただきます』
『うん、そんな泣きそうな顔しないで八重子。みんなを放り出すつもりは無いよ。ただ、僕たちの考えを押し付けちゃうのも違うなって思ってさ』
レイチェルが小さな手をパチンと叩いた。
『みんなにとくべつなちからがあるってことでいいわね! このしゅうらくのなかでならすきにつかえばいいわ! ただあまりいいふらすのはじぶんのためにもみんなのためにもならないかもしれないってことだけはしっておいて』
レイチェルの雑な取りまとめに三人は目をパチパチさせた。目を見合わせた後で、フッと肩の力が抜ける。
『うん、チェリーの言う通りだね。こっちには村の人は来ないと思うけど、知らない人が来た時は注意してくれれば良いかな。何かあれば屋敷に来てよ』
ウィリアムはうんうん、と頷いた。




