異世界転生?
奇跡が起きた————サビール家は一家も使用人も含め、二人の幼い命が助かったこの素晴らしい奇跡に沸き立った。
「お二人が召し上がれる食事の用意を。それから湯を桶に用意して。入浴はまだ早いでしょうから、体を拭いて差し上げましょう」
メイド長のサリーがテキパキ指示を出すと、料理長は大きく頷き調理場へ駆けて行った。使用人達も各々仕事の分担を確認し動き出す。
執事のドランは目を細めて末二人のベッドを囲むサビール一家をジッと見つめた。このまましばらくここで見守りたいという思いを何とか断ち切り、サリーを見やる。
「私も仕事に戻るとするよ」
「ええ、御家族だけにして差し上げましょう」
「ああ」
二人はそっと部屋を後にした。
泣いて喜ぶ家族を前に、実里はどうしたものかと考える。この肉体はサビール家のウィリアムのもので、ウィリアムの記憶もある。しかし、八歳のウィリアムよりも、三十歳も折り返し地点に差し掛かった実里の記憶の方が物理的に多いのだ。
(隠すのもなぁ……めんどうだよねぇ)
最悪家を追い出されても、この能力があればいち花と二人で生きていけそうではある。
(よし、全部話しちゃお!)
実里はウィリアムの家族に全て話す事を決めた。
ベッドの上で枕とクッションを背もたれに上体を起こした実里は、隣で同じ様にするいち花に時々視線を送り、二人で頷いては今に至る経緯を全てサビール家の面々に話して聞かせた。
「なるほど……その、ウィルとチェリーの身体に、今はミノウィ? と、イチカ、の魂も宿っているのかい?」
サビール家当主、父親であるバルナバートは末息子のウィリアムが話した内容を反芻し問い掛ける。
「はい、そうです。神様が、この体を助ける為に私といち花の魂をウィリアムとレイチェルの魂に混ぜ合わせました」
「じゃあ、ウィルとチェリーは……死んだのか?」
双子の兄の方であるフォルティスが父によく似た切れ長の目を見開き問い掛ける。短く刈り上げられた母親譲りの赤髪に、濃茶色の瞳をした、中学生位の少年は凛々しい相貌を歪ませた。
「いえ、死んでいません。フォル兄さまの弟も妹も、ここに居ます」
双子の兄と同じ赤髪に藍色の瞳を持ったエヴィニスは兄よりも長めの前髪を掻き上げ、弟妹の魔力をジッと観察する。
「うん、ウィルとチェリーの魔力を感じるね。でも……違う力が混ざってるのも分かる。ん? ちょっと二人共! 魔力値がかなり上がってるんじゃないか?!」
実里といち花は互いに目を見合わせ小首を傾げた。
「自分ではあまりよく分かりません……ただ、神様がちょっとした贈り物をくれたみたいで。私には空間収納の能力を授けてくれたみたいです」
実里の発言に一家が揃ってギョッとする。
「空間収納ですって?! 王都の魔術師ですら持ってる人は少ないわよ! かなりの希少魔法じゃない!」
長女のミセリアーテは思わず大きな声を上げた。父親譲りの黒髪と藍色の瞳をした、少女と女性の間に差し掛かる頃合いの、次期サビール家女当主となる人物だ。
「あの……わたしは、聖ぞくせい魔法が、あるみたい」
まだ五歳のレイチェルの幼い口調につられ、いち花の言葉もたどたどしい。
「聖属性ですって?!」
「これは……もし王家に知られたら二人共連れて行かれるな」
父のバルナバートが険しい表情を浮かべ腕を組む。
「そんなっ! ウィルとチェリーが元気になって帰って来てくれたのよ……あんな、あんなっ、王家になんか絶対に渡さないわ! 二人は私の可愛い子よ! 死んだって守るわ!」
母のサンテネージュが二人を優しく抱き締めた。癖のある赤髪が二人の頬をくすぐる。
「ああ、もちろん。僕だって二人を絶対に渡さない」
サンテネージュごと二人を抱き締めるバルナバートに、双子も長女も強く頷いた。
実里といち花の——ウィリアムとレイチェルの目からポロポロ涙が零れる。
日本の家族からは与えられた事の無い、家族の愛に。混ざり合った魂がその愛と優しさに触れ、嬉しさと安堵から涙が止まらない。
「か、家族って……これからもっ、い、一緒にいて、いいのっ?」
「当たり前でしょう、ウィル。あなたは私の——私達の可愛い大切な子よ。チェリーも」
母の言葉に二人はワッと声を上げ泣いた。
優しく抱き締められ、背を撫でられ、何度も「愛してる」と家族に告げられ、二人はわんわん泣いた。そのまま温かな腕の中で泣き疲れて眠ってしまうまで、二人の耳には家族からの優しい言葉が降り注ぎ続けた。
——実里はウィリアムと共に、いち花はレイチェルと共に、サビール家の家族になった。




