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異世界幸福生活譚~幸せへの帰り道~  作者: 友利 円


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勉強会




 ウィリアムとレイチェルは集落の者達へ行う勉強会の事を両親とドランに相談した。言葉が通じるようになるのは三人とも賛成で、空いている部屋を使って良いと了承を得た。

 二人が服の着替えを探していると、八重子とウサの分はメイドのお仕着せのお古があった。トウカの分はドランの私服のお古を貰った。


 サビール家では使用人が少ない為、普段使わない部屋には鍵が掛けてある。時々サリーが空気の入れ替えをしているが、掃除はされていない。その内の一室、一階の使用人部屋に近い応接室を勉強会用の部屋にする事になった。

 掃除はメイド達が、家具の移動や入れ替えはウアとシファが手伝ってくれた。部屋の中央にあったソファセットを暖炉前に動かし、物置から机と椅子を運びこんだ。衝立も見つけたので一緒に部屋へ運んだ。背の高い板に脚を付けたような飾り気の無い衝立だ。




 そして迎えた初めての勉強会の日、ルイと共に三人がやって来た。

 女性は二階の普段ウィリアムとレイチェルが使っている浴場を、男性は使用人用の浴場を使って貰う。着ていた服はウィリアムとレイチェルで魔法を使って洗濯した。


『お風呂に着替えまでありがとうございます』

 八重子が丁寧に頭を下げる。それに続いてウサとトウカも頭を下げた。

『お古だけどね。ここに居る時はそれ着てよ。その内集落の人達の服も用意出来ると良いんだけどね』

『何から何まですみません…布と道具さえあれば仕立ては自分達で出来るのですが…』

『布もその内用意するよ! さ、始めようか!』

 勉強会用の部屋には八重子、ウサ、トウカの生徒三人、先生役にウィリアムとドランが机の前に立った。ルイはレイチェルの部屋で魔力循環、その後シファも入れて日本語の勉強だ。英語を話せないレイチェルには渋られたが、ルイも大分日本語を覚えて来たのでなんとかなると、説得した。


『それじゃあ挨拶からはじめます』

 ウィリアムは三人に早速教え始めた。

 開始一の半(一時間)程で、三人は完璧に挨拶と自己紹介を覚えた。それにはウィリアムもドランも目を丸くした。

「これは凄いですね…抑揚も音調も完璧です」


 そこから単語と名称を幾つも教えるが、そのどれもを三人は数回口にするだけで覚えていく。同時進行で文字も教えた方が良いと、ドランが木版と筆記具を用意した。まだまだ出番は無いだろうと思っていた衝立が早速活躍する。この国と近郊の国で使われている公用語の彫られた文字盤を衝立に吊るし、三人に書き取りの練習をして貰う。この文字盤は子供の学習に使われている物だ。アルファベットに似た形で、文字数も三十四字と多くは無い。

 三人は数時間で文字も習得し、数字も読み書き出来るようになった。


「優秀過ぎる…」

「ここまでとは思いもしませんでした」

「これならすぐに話せるようになるかもね」

「そうですね」


 ルイを連れたレイチェルが勉強会部屋に顔を出し、その日は終了となった。

 四人を見送り、本日の進捗をレイチェルとも共有する。

「え? そんなに?」

「うん。とんでもなく優秀」

「優秀という言葉で片付けられるようなものではありませんよ」

 ドランが小さく息を吐いた。

「今後の学習進度次第では彼等をサビール家で雇用するのも(やぶさ)かではございません」


 メイドや下働きなら村人から雇用も可能だが、上級使用人や文官ともなるとその資質が問われる。サビール領の領民は基本農民だ。子供の頃から家業を手伝い、そのまま農業従事者となって一生を終える者が殆どだ。ごく稀に若者が冒険者を目指し村を出て行く事もあるが、出戻りも多い。


「それって村人から反発が起きない?」

 突然やって来た者が急に領主邸で雇用されたとなると、やっかみや僻みが出てもおかしくはない。

「出ないと思いますね。今でも村に話はしていますが、誰も名乗りを上げて来ませんので」

「え? うちの使用人って募集かけてるの?」

「少し前からです。色々落ち着きましたし、お二人のお陰で少し余裕も出ました。今は最低限以下で屋敷を取り回しておりますが、ミセリアーテ様の代に仕える使用人の教育も必要ですので」

「でもだれもおうぼしてこない?」

「はい。第一条件が文字と数字の読み書きが出来る事です。村人には厳しい条件ですね」

「やっぱり識字率は高くないよねぇ」

 異世界あるあるだ。ウィリアムはうーんと首を捻る。

「むらのしゅうかいじょ? あそこでこどもたちをあつめてべんきょうかいする?」

「レイチェル様、インクもそう安い物ではないのですよ」

「ああ、そうかぁ」

「チェリー、村の子供たちの教育は少し策を練ろう。あれもこれもは難しいよ」

「そうね…」

「お二人のお陰で今、領地はとても良い方向に向かっております。焦る事は無いのですよ。微力ながら、我々もお手伝い致します。少しずつ、変えて参りましょう」


 ドランの声に、ウィリアムとレイチェルは頷いた。



***



 それから二日に一回の勉強会はサリーも参加するようになった。女性二人への身のこなしや女性特有の言葉遣いを教える為の教師役だ。

 一宗(一ヶ月)も経つ頃には、三人は日常会話を難無くこなすようになった。


「三人に折り入ってお話があります」

 ある日の勉強会終了間際、ドランが切り出した。

「この屋敷に、サビール家に仕える気はありませんか?」

 三人は息を呑んだ。

「無理にとは言わないよ。いずれ国へ帰れるかもしれない。自分の故郷で生きる方が――」

 ウィリアムの言葉をウサが遮った。

「あのっ、わ、私は――冤罪とは言え国では罪人の身です。それでも…それでも雇っていただけるのでしょうか?」

 ウサの表情が硬く強張る。体の前で重ねた両手は震えていた。

「それを言いますと、私も同じような身の上です。奉公先を追われ、奴隷商に売られた私が仕える事を許していただけるのでしょうか…」

 八重子はギュっと両手を握り締めた。

「構いません。あなた方の国であった事は、この国では関係ありません。それにまだ短い間ではありますが、あなた達の為人(ひととなり)を理解した上で話しています」

 ドランは真っ直ぐに三人を見て言い切った。

「あの、僕は、僕は…そのお話を受けさせて頂きたいです」

 トウカがそろりと右手を挙げる。

「僕は…国に帰りたいと思っていません。許されるなら、あの集落で一生を終えたいと思っていました。どうか僕を、サビール家様に仕えさせてください」

 深々と頭を下げるトウかに続き、八重子とウサも頭を下げた。

「私も、国に帰るつもりはございません。私たちを助けて頂いたウィル様とチェリー様に…サビール家の皆さまにご恩が返せるのであれば、どうか生涯を掛けて仕えさせてください」

「私も同じ思いでございます」


「頭を上げなさい」

 静かなドランの声に、三人はゆっくり頭を上げた。

「あなた達の決意は受け取りました。これからは同じ主に仕える使用人として、共にサビール家を――この領地を支える暗闇の杖となりましょう」 


 それからドランは三人を執務室へ連れて行き、バルナバートとサンテネージュと顔合わせを行った。勉強会を始めた頃から話を聞いていた二人は笑顔で頷いた。

 話し合いの結果、集落が落ち着くまでは勉強会と同じ日程で午前中から通って貰う事になった。


『*ここで働くの⁈』

 帰りに話を聞いたルイは驚きに声を上げた。

『*三人はもし国に帰れる事になっても帰るつもりないって言うからさ』

『*そっか…』

『*あ、でもしばらくは集落から通って貰うことになってるから安心してね』

『*うん』


 三人が午前中から通いになると聞き、それならとルイも一緒に午前中から通う事にした。畑や生き物の世話なら手伝える。

『おれ、がんばる!』

『ええ、一緒に頑張りましょうね』

 ルイの日本語に、八重子も笑顔で頷いた。

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