集落の人々①
性的に酷い表現があります。
シファに送って貰ったルイマチスは出迎えてくれた八重子に片言の日本語で『あさって、くる。しゅうらく、ウィル、チェリー』と伝えた。八重子は慈愛に満ちた笑顔で頷いた。
『さようなら。また、ルイ』
シファはすぐにムクフへ跨り、見送るルイ達に手を振り帰宅した。帰り道はまたムクフを走らせた。
「気持ち良いなムクフ!」
彼女は応えるように嘶いた。
約束の日、二人は二頭を繋いだ荷馬車に乗っていた。いつもの食料や調味料に加え、勉強道具も積んである。
二頭立てになった荷馬車はいつもより早く集落へ到着した。シファが二頭を荷馬車から外している間に出迎えてくれた皆に声を掛ける。
『こんにちは!』
『ようこそお出でくださいました。ウィル様、チェリー様、シファ様』
『今日はいつもの食料持って来たよ』
『ありがとうございます。こちらで運ばせていただきます』
ルイマチスに伝言を頼んだからか、今日は男手が残っていた。水汲みは大丈夫か尋ねると、済ませてあると言われた。
暫くルイマチスに勉学を教えたい為、迎えを寄越すからルイマチスを預けてくれないか八重子に尋ねる。八重子は隣に並ぶ女性に目配せし、コクリと頷いた。
『山への採取も分かるものは私たちだけで充分採れます。どうか、ルイをよろしくお願いします』
八重子と女性は深々と頭を下げた。この二人は、他の人に比べて所作が綺麗だ。今更そんな事に気付いたウィリアムとレイチェルは、集落の住人から詳しく話を聞くべきだと判断した。
ピザ箱の蓋に書いた五十音表を八重子へ見せると、驚きと喜びを見せた。言葉は通じるが文字まで一緒か不安だった為、同じだと分かってホッとした。これで文字での伝達が可能になる。もっと早く確かめておけば良かったと、二人はまた後悔した。
八重子に一人ずつ話を聞きたいと伝えると、小屋を一つ貸してくれた。まずは八重子から話を聞く事にする。五十音表はもう一人の女性、ウサへ渡しルイマチスに教えるようにお願いした。シファは自分が居ても役には立たないからと、力仕事を馬たちと手伝うそうだ。
ドランから借りたインク壺と羽ペンで、プリンの空き箱を解体して作ったメモ用紙に聞いた内容を書き込む。一番最初は八重子から話を聞く事にした。レイチェルが書記係だ。
『それじゃあ、話を聞かせてね。緊張しないで』
『はい…』
それでも八重子の顔は強張ったままだ。
『えーっと…みんなが悪い人じゃないって、分かってるから。食べ物が少ない中で協力して、助け合って来た人たちが悪人なわけがない。だから、何を話してもここを出て行けとか、食料を渡さないとか、そんな事はしないから安心して? もしも他の人に知られたくない事があったら、ここだけの秘密にする。だから僕たちにだけは話して貰えると嬉しいかな』
ウィリアムはにっこり笑った。その隣でレイチェルも頷きにっこり笑う。
八重子の硬い表情が少し和らいだ。
『私は――呉服屋で女中奉公をしておりました』
黒髪、黒目で涼し気な顔立ちの八重子は語った。
農家出身で、下には四人の弟妹がいた。八歳の時、子守奉公として家を出された。子守りをしながらそこの女中に文字と簡単な計算を習った。
八重子が読み書きと計算が出来るようになり、もう子守りも必要無くなった頃、奉公先の主人から新たな奉公先を紹介された。
八重子は新たな奉公先、呉服屋へ移った。十四の頃だった。それから十年、日中は店先で働き、それ以外は屋敷の仕事を手伝った。
ある時から、奉公先の嫡男が八重子に言い寄るようになった。八重子が断っても断ってもしつこく迫り、とうとう八重子は物置に引きずり込まれ手籠めにされた。それは一度で終わらず、何度か繰り返された。何度目かのある日、呉服屋の女将に見付かった。
罰を受けたのは八重子だった。反物屋の娘と縁定が決まっていた嫡男に言い寄ったとされ、奴隷商へ売られた。
『――というわけで、私はある意味罪人でございます』
子供相手にどう話そうか悩んだ八重子は、手籠めにされた事はやんわり濁した。
『大変だったんだね…八重子は読み書きと計算が出来るんだね! すごいよ!』
『ふふっ、ありがとうございます』
『八重子の他に読み書きと計算が出来る人はいる?』
『ウサはルーチュ国で女官をしていたと聞いております。彼女も読み書きと計算が出来ますよ。それとトウカという青年、史郎さんと共に海へ行っている岳仁、クガニも読み書きと計算が出来ます』
これは良い情報を得たと、ウィリアムは内心ほくそ笑んだ。それから八重子に次の人を呼んで貰う。
八重子に連れて来られたのは黒髪黒目の少女だった。あまりに緊張していたので八重子にそのまま立ち会って貰って話しを聞いた。
十五歳で名はセツ。親に売られたと言う。
セツの聞き取りを終えた後、八重子は何人かの女性を纏めて連れて来た。境遇が似ているからと言う理由で。一人ずつだと時間が掛かり過ぎると思ったのだろう。
十五歳、十七歳、十八歳、二十歳の女性達だ。
ホウレキ国出身が二人、ルーチュ国出身が二人。
中々興味深い話が聞けた。しかし、奴隷商に売られたり攫われたりと悲惨な話もある為、二人はどう反応して良いか複雑な心境だった。
女性の中で一番最後にウサの話を聞く事になった。
ウサはルーチュ国出身で、濃茶の髪に黒い瞳をしていた。ホウレキ国出身の者が黒髪、黒目なのに対し、ルーチュ国出身の者は赤茶や濃茶等、濃い色素ではあるが黒一辺倒では無かった。
ウサは二十三歳で、ルーチュ国の城で中級女官をしていた。中級女官の仕事は上級女官の職務の補助だ。ウサは数年中級女官を務め、上級への推薦が挙がっていた。それを快く思わなかった同じ中級女官に冤罪を着せられ、裁かれた。罰金刑となったが、多額な金銭は到底用意出来ず、奴隷商へ売られた。
『私の話は以上です』
淡々と話したウサは間を置き、締め括った。
『色々ありましたが、私は今の生き方も嫌いではありません。ラクではありませんが、皆で助け合い、少しずつ生活が良くなっています。もちろん、ウィル様やチェリー様の助けあっての事ですが』
ウサは強い眼差しに温かな笑みを浮かべた。




