魔力循環
泣き止んだルイマチスは非常に恥ずかしそうにした。濡らしたタオルで顔を拭き、小さな声で謝った。
スープだけ温め直して食事を摂る。ヒランとラーダも一緒に摂る事にした。
『*おいしい』
『*ルイの住んでた所と似てる?』
『*うん。似てる』
『*そっか、もし食べたくなったらいつでもこの家に来ていいからね』
『*うん、ありがとう』
「そういえば、なんできょうはルイをつれてきたの?」
「ん! そう! ムクフが乗せてくれたんだよ! ちょっと走らせてやりたくてさ。史郎んとこの集落の方なら速度出しても大丈夫かなーって」
「ちゃんとはたらくようになったか!」
レイチェルはムクフに対してだけ言葉が強い。
「史郎んとこの集落まで行ったから、折角ならルイ連れて来ようかなって」
「あんたそれ大丈夫かい? ちゃんと伝わってんだろうね?」
「大丈夫だよ! ちゃんと連れて帰るって約束して来たし!
***
昼食を終え、ルイマチスを連れてレイチェルの部屋に集う。
『*ルイのすんでたところは魔法を使える人いた?』
『*うん。少ないけどね。貴族とか、そーゆー人だけ』
その答えに、ウィリアムとレイチェルはそれぞれ魔法を使って見せた。
『*スゴイ! 二人は魔法使えるんだ! 学校行ってるの⁈』
ルイマチスのいた国でも魔法は学校に通わなければ使えないのか――二人はチラリと視線を合わせた。
『*学校にはまだ行ってないんだ。でも練習したら使えるようになったんだよ』
『*ホントに⁈ すごいなぁ』
『*ルイも、使ってるよ魔法』
『*えっ⁈ おれが⁈』
『*ルイが食材探してる能力だよ。あれは、魔法だ』
ルイマチスは濃茶の目を見開いた。
『*使うと疲れるって言ってたのは、魔力を使ってるから疲れるんだ』
『*まりょくがなくなるとたおれる』
ルイマチスは思い当たる節があったのか、「あっ」と短く声を漏らした。
『*倒れたことある?』
『*うん。ある』
『*そうならないように、ここで僕たちと訓練しよう』
『*訓練? 魔法の? 学校も行ってないのに出来るの?』
『*出来るよ。一緒にやろう』
『*でも、ないしょ。そとではいっちゃだめ。このいえのなかだけ』
『*この家の中でなら言ってもいいの?』
『*うん。僕たちが魔法使えるのは両親と使用人はみんな知ってるから』
『*そうなんだ…いつか、オレも話せるんだよね? 史郎たちにも』
『*うん、話せるようになるよ。大丈夫』
ルイマチスはコクンと頷いた。
それから、初めての魔力循環をはじめる。
『*体の中に集中して。なにかを感じない?』
目を閉じたルイマチスは暫く静かにしていたが、目を開け首を横に振った。
『*て、だして』
レイチェルは自分の手を差し出し、その上にルイマチスの手を重ねさせた。
「にぃに。いまからいうことやくして。わたしじゃムリ」
「わかった」
レイチェルの言葉をウィリアムが英語で訳す。
『*今からチェリーがルイの手に魔力を流すよ。それを感じてみて』
ゆっくり、少しだけ、右手に魔力を集めルイマチスへ流す。ルイマチスはバッと手を離した。
『*び、びっくりした…』
『*どんな感じがした?』
『*なんか、体の中になにかが入って来て、体の中にあったなにかを押された…』
『*その入って来たのがチェリーの魔力で、体の中にあったなにかがルイの魔力だよ』
ルイマチスはまじまじ自分の手を見つめる。
『*もういっかい』
レイチェルが手を差し出すと、自分の手を重ねた。
『*いくよ?』
先程より多めに魔力を流してみる。レイチェルは自分の魔力を流し、ルイマチスの魔力を一周循環させた。
「ふーっ…ひとのはきつかうな。どうだったかきいて」
『*ルイ、今のはどうだった?』
『*体のなかをグルって――あれが魔力』
『*そうだよ。じゃあ、今度は一人で。自分の体の中に魔力を感じられる?』
ルイマチスは目を閉じ、暫くしてから笑顔で目を開けた。
『*わかった! 魔力! わかる!』
『*じゃあ、その魔力を自分の体の中にゆっくり巡らせてみて』
『*うん――』
ゆっくりと、魔力を少しずつ動かしてみる。ジワジワ体内を動く魔力にルイマチスは神経を集中した。少しでも気を抜くと、魔力が散っていきそうだ。それを集めて動かすのは大変だった。
ルイマチスが眉を顰め魔力循環に集中するのを二人は暫し見守った。大丈夫そうなので、二人も魔力循環を行う。
最近二人は互いの両手を繋いで魔力を交互に循環させる訓練をはじめた。訓練と言うよりも、遊びの要素が強い。魔力を互いに流してどちらが押し勝つか、手押し相撲ならぬ魔力押し相撲をしたり、互いの魔力を混ぜ合わせてみたり。創意工夫を重ねている。
今日の魔力押し相撲は三勝二敗でウィリアムが勝った。
二人が五戦を終え少しした所で、ルイマチスも体内一周の魔力循環を終えたようだ。
『*疲れた…集中力がいるな』
『*慣れるまではね。慣れたらそんなに苦労しなくなるよ』
『*そうか、頑張る』
『*魔力循環なら集落でやっても大丈夫だよ。外に魔力を出すわけじゃないからね』
『*まいにちやるといいの』
『*うん、やる。頑張る!』
暫くは魔力循環だけ、それに慣れて来たら魔法の練習をはじめた方が良いだろう。ウィリアムとレイチェルはルイマチスの様子を見てそう決めた。
『*よし! じゃあ次は日本語の勉強ね!』
挨拶と単語、名称の復習から始め、ウィリアムとレイチェルの会話を聞かせる。その後、ウィリアムと交代してルイマチスがレイチェルと同じ会話をする。ウィリアムはルイマチスの補助係だ。
間違えても、ゆっくりでも良いからとにかく話す。それだけは徹底して教えた。
ずっと座って会話するのも楽しくないだろうと、裏庭に出て畑や生き物小屋に行ったり、厩舎でマンマとムクフと一緒におやつのりんごを食べた。
『馬』
『うま』
『魔馬』
『マバ』
『黒、黒い色』
目に付く事を日本語で口に出す。ルイマチスがそれを真似る。それから拾った木の棒で地面に平仮名を書いて教えた。まずは最初の五文字からだ。
遊びながらの勉強時間はあっという間に過ぎた。
シファがルイマチスを呼びに来て、帰宅を促す。ルイマチスは元の服へ着替えた。今日貸した服はルイマチス用にすると決め、木箱に入れて使用人用の浴場近くに保管する事になった。
『ルイ、明後日、行く。集落の人に、伝えて』
『あさって、いく――くる?』
『そう! 正解!』
『あさって、くる。しゅうらく、つたえる』
『うん。また明後日ね』
『また、あさって!』
『ルイ、またね』
『チェリー、またね』
三人は屋敷の前で日本語で別れの挨拶をした。挨拶を済ませたルイマチスをシファが抱え上げムクフへ乗せる。
「そんじゃ、送って来る!」
「気を付けてね『気を付けてね!』」
『マカセロ!』
シファもそれなりに日本語を覚えはじめている。
ムクフがゆっくり歩き出した。
ウィリアムとレイチェルは手を振り見送った。ルイマチスを見送るのは初めてだ。
「ルイマチスの学習カリキュラム考えなきゃね」
「きゅうにつれてくるからビックリした」
「ねー? でもムクフが乗れるようになったのは良いね。集落に行くのにかなり時間短縮出来るようになった」
「うん。もっとほしい」
「馬? 確かにね。マンマはのんびりさせてあげたいし。馬っていくらするんだろ」
「たかそう…くるまみたいなもんでしょ?」
「うっわ、確かにぃ」
こちらの跳ね馬は幾らだろう――ムクフの濃紺の尻尾が見えなくなり、二人は邸内へ戻った。




