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異世界幸福生活譚~幸せへの帰り道~  作者: 友利 円


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二度目の出稼ぎ②




 市場通りにやって来た三人はシファを真ん中に手を繋いだ。

 通りからは肉の焼ける香ばしい匂いが漂って来る。

「カバンは体の前。迷子には気を付ける!」

 二人は空いた手を元気よく「ハイ!」と挙げた。

「左から見よ!」

 ウィリアムの提案に、左側の店から見る事に決めた。

 一番手前の店はスパイスやハーブを取り扱う店だった。胡椒の粒や塩、乾燥させた何かの葉が軒先から吊り下がっている。

 その隣の店は野菜を、そのまた隣は茶葉を取り扱う店だった。一軒一軒売り物や金額を確かめながら先へ進む。


「クンドの塩焼きだよー! ウマいよー!」

 店先でジュウジュウ音を立てる串焼きの肉に、ウィリアムは立ち止まった。

「食うか?」

「うん。みんなで分けよ」

「おっちゃん一本くれ」

「銅貨三枚だ」

 シファは巾着から銅貨三枚を手渡した。

「皿はあるか?」

 ウィリアムがカバンから小さめの木皿を取り出す。

「これはオマケだ」

 木皿に一本串焼きを載せ、オマケとトングで小さな肉の欠片を一つ載せてくれる。

「ありがとう!」

「おお、火傷しないようにな!」


 串には二枚の肉が刺さっていた。レイチェルはおまけに貰った欠片で良いと、ポシェットからウア特製の箸を取り出し肉の欠片を摘まんで食べた。

「うん、おいしい」

 脂身の少ない肉に塩と胡椒の様な爽やかさを感じる。

「おじさん、これはこしょうをつかってるの?」

「違ぇ、違ぇ。これだよこれ」

 屋台の店主が中樽から何かを取り出しレイチェルへ見せた。

「はっぱ?」

「花だよ、花」

「はな!」

 よく見ると、確かにそれは花だった。細く真っ直ぐな茎に黄色い小花がいくつもついている。

(ラベンダーににてる)

 レイチェルはジーっと花を観察した。

「この花をな、パンッ! って手で叩いてから肉と一緒に漬けて置くんだよ。そうすっと胡椒みてぇな匂いと味がすんだ」

 味の秘訣をそんなに簡単に教えて良いのだろうか? そう思いつつもレイチェルは礼を言った。

 串のゴミを店前の木箱に捨て、次の店へ行く。

「あ、ジンギスカンだ、ジンギスカン!」

 串焼きを食べたウィリアムはやっと思い出せたとスッキリした顔をする。


 そこから暫くは食べ物の店が続いた。串焼きはクンドの他にもコナスグラ、ヌルエ、ペアサンと多種多様だ。ククのゆで卵の燻製にヌルエのベーコンやソーセージ等も調理して売られている。

「ホントにおにくのおみせがおおいのね」

「どれか食べるか?」

「ソーセージとベーコンがどんなあじかきになる」

 厚切りのベーコンと太めのソーセージは両方とも縦に串が刺さっている。

「あのパン? みたいのも買わない?」

 店先の籠に積まれた平たいパンの様なものをウィリアムが指差す。

「色々買って向こうのテーブルで食べるか?」

「そうしよ!」

 ソーセージとベーコンはそれぞれ銅貨四枚、平パンは二つで銅貨一枚。平パンは四つ買った。反対側の店も少し見て、茹でたゴジョモにチーズのかかった物とククのスパイス焼きも買う。それぞれ銅貨五枚だった。


 ベンチテーブルに腰を下ろし、買った物をテーブルに並べる。木皿三枚と平パンを包んだ布が一つ。

 ソーセージとベーコン、ククのスパイス焼きはシファが小型ナイフで一口大に切り分けた。木彫りのカップ三つに、革を巻いて偽装したペットボトルから水出しの緑茶を注ぐ。

「んじゃ、いただきまーす!」

 両手を合せ、一番気になっていた茹でたゴジョモにチーズのかかった物へ一斉に手を伸ばす。

「あっふ!」

「うまっ」

 レイチェルは息を吹きかけ冷まし口へ入れた。

(うん、おいしい。こってりしすぎてないチーズだ)

 平パンも手に取って一口分千切ってみると、黒パンよりも簡単に千切れた。サビール領のコゲ麦百パーセントとは色合いも香りも異なる。

「ここのパンはウマいなぁ」

「こな、こながちがうのね」

 千切った平パンを口へ入れ、ゆっくり味を確かめるように咀嚼する。

「このパン美味しいねぇ」

「うん、おいしい」

 白い小麦粉を挽く際に出る、ふすまを混ぜてあるのだろう。


 ベーコンは塩気が強かったが美味しかった。

「ソーセージも美味しいね」

「うん。ケチャップとマスタードつけて食べたい…」

「あはは! 確かに!」

 ソーセージの皮はパキッと食感が強く、丸々一本をパンに挟んでケチャップとマスタードをかけて食べたら絶対に美味しい。マスタード、それも粒マスタードが切実に欲しい二人だった。

 ククのスパイス焼きは複数のスパイスが混ぜてありとても美味しかった。只、レイチェルには辛かったらしく一口で断念していた。

「美味しかった!」

「ね? でもちょっとしょっぱいねぇ」

「子供にはちょっと塩がキツイかもな」


 少し早い昼食を終え、三人は緑区へ足を進めた。屋根と台が無くなり、地面に藁紐が打ち付けて区切られている。時折区画の後ろ側に数字の書かれた看板が立っていた。

 地面に直接布を敷き売り物を並べる人、台車を改造し屋台の様にしている人、売り方は様々だ。

 レイチェルは一つの区画の前で足を止めた。

 店主は十代前半の少女で、バレン布の上に数十束の植物を並べ売っていた。


「おねえさん、これはなに?」

「これは白薫衣草(しろくんいそう)。ハーブの一種なの」

 白い小花が細く真っ直ぐな茎に密集して咲いている。ラベンダーを白くしたような花だった。

「これきいろいのもある?」

「うん、あるよ。黄色、白、赤って何種類もあるの」

「このしろいのはどうつかうの?」

 敷物の上に並ぶ白い花の束は水気が無く乾燥している。

「薬に使ったり、お茶にしたり。あとは料理にも使えるよ」

「いくら?」

「一束銅貨三枚」

「まとめて買うから安くならないか?」

 レイチェルの後ろからシファが腕を組み腰を曲げて少女へ尋ねる。

「少しなら」

「チェリー、他に欲しいのはあるか?」

「料理に使えるのはどれ?」

「これと、これ」

 少女が指差したのは茎からトゲトゲした葉の生えた植物と、細かい切れ込みの入った葉が茂った植物だった。どちらも乾燥していない、生の状態だ。

「このしろいはなを二束と、こっちとこっちはぜんぶ」

「全部⁈」

 少女が驚きに声を上げる。

 トゲトゲの植物は三束、細かい切れ込みの入った葉の植物は五束あった。


「あ、このふたつのなまえは?」

 それぞれマネロ草、セーユ草というらしい。

「えっと、白薫衣草が二、マネロ草が三、セーユ草が五――ええっと」

 少女が指を立てながら計算する。

「全部で十だから、銅貨三十枚で、えーっと…」

「銅貨二十枚じゃダメか?」

 シファが思い切り吹っ掛ける。流石にそれは良くないだろうと、ウィリアム小さく首を振った。

「あ、はい。いいです」

「ええっ⁈」

「だめよそんなにやすうりしちゃ」

「そうだよ! 交渉しないと!」

「あ、えっと…あのね、もっと安く買われちゃうこともあるんだ。わたしたちは区画料金安いんだから良いだろうって」

 ウィリアムとレイチェルは首を傾げた。

「領に住民権があると安くなるんだよ」

「へぇ~。でもそれとこれとは関係無くない?」

「うん、かんけいない」

「ありがとう。だからね、銅貨二十枚でいいよ」

「うーん…明日も市場に来る?」

「うん、明日も出店するつもり」

「じゃあさ、明日、青区の九十五に来てくれる? 僕たちも出店するんだ。甘くて美味しい物食べさせてあげる!」

「うん、わかった。じゃあ、銅貨二十枚ね」

 シファが銅貨を支払い、ハーブの束を受け取る。

 明日の再会を約束し少女の区画を離れた。

「ウィル坊んとこ入れといて」

「はいはーい」


 カバンに入れるフリで空間収納へ仕舞う。無理矢理なら入らなくも無い大きさなので大丈夫だろう。

 まだ緑区の端までは来ていなかったが、折り返して右の店を見歩く事にした。野菜に薬草、木工品が多い。野菜を売っていた店で赤パプリカとズッキーニに酷似した野菜を見付け、レイチェルが買い占めていた。




 ピィピィと、聞きなれた鳴き声が聞こえる。

「あれ?」

「クク?」

「うん?――ああ、あそこにクク売りがいるな」

 ほら、とシファの指差した先に木箱が三つ並んだ店があった。覗いてみると、ククが十数羽ずつ木箱に入っている。

「おわぁ~…ちっちゃい、かわいい」

「ベルとベガみつけたときよりちいさいね」

「お嬢ちゃんたちクク飼ってるんか?」

 老人が皺の多い手でククの頭を撫でる。

「うん。拾った」

「そうか、そうか。どうだ? あと何羽か飼わねぇか? こっちの方の箱からなら安くすんぞ」

 老人は右側の木箱二つをポンポンと叩いた。

「もしかして混雑か?」

「ああ。来る途中で荷馬車ん中で箱がひっくり返っちまってなぁ。まいったよ全く」


 シファの言う混雑とは、雄と雌が何らかの理由で不明になってしまう現象だ。雛鳥は雌雄の見分けが難しく、その見分けは魔力を流して確認するのが一般的な方法だ。ごく稀に、雛鳥の取り扱いに慣れた者が見分ける事も出来るという。


「村で仕分けて来たのによぉ。オレはもう見分け出来ねぇんだ」

 まいった、まいったと老人が薄い白髪頭を叩く。

「もう一回村に連れて帰って分けるのはダメなの?」

「売れなきゃそうすんだが…そうすっと村で育てなきゃなんねぇしデカくなっちまうだろ?」

 それの何がいけないのかウィリアムとレイチェルには分からない。育てなきゃいけないとは言え、雛鳥の食事量等たかが知れている。

「ククもある程度小さい内から育てないと懐かないんだよ。魔鳥だからな。慣れない人間には攻撃的だぞ?」

「兄ちゃんの言う通りだよ。採卵するにしても食用にするにしてもある程度のデカさまでは育てなきゃなんねぇだろ? 懐いてくれるに越したこたぁねぇんだ」

「なーる~…」

「ってなわけでなぁ? どうだ? 一匹でも二匹でも構わねぇ」

「因みに幾らだ?」

「こっちの雌だけの箱なら一羽大銀貨一枚だ」

 ずっと黙っていたレイチェルは雌の箱の一匹を両手で掴まえ魔力を流した。

(これがメスね――ああ、子宮? かすかに魔力を感じるかも)

 次に混雑したという箱の中に手を入れる。

(あ、このこはメスだ。えっと、あ。こっちがオスね)

 雌雄の違いを魔力で感じ取ったレイチェルはシファの服をツンツンと引っ張り両手を広げた。

「うん? どうした?」

「だっこ。ごふじょう」

「あ、ああ。えーっと」

「にぃにちょっと待ってて。ごふじょういってくる」

「はーい。ここでクク見て待ってるね。 おじいさん良い?」

「おー構わねぇぞ。兄ちゃん行って来いや」

「すみません、お願いします」

 レイチェルを腕の上に抱き上げたシファは焦っていた。

(御不浄…市場には無いよな。どっか店か、ギルドか――)


「シファ、ゆっくり歩いて。ごふじょうウソだから」

「へっ?」

「あのばをはなれるこうじつ」

「な、なんだぁ。で、なんでだ?」

「わたしみわけられる。まりょくながしたらオスかメスかわかった」

「えっ⁈ お嬢スゲェな」

「でもあのおじいちゃんにしられるわけにいかないでしょ? だから、シファがみわけられるってことにしない?」

「どうやって?」

 二人は市場の中をゆっくり歩きながら小声で相談した。


「――じゃあ、そういうことで」

 相談を終えた二人はクク売りの所へ戻った。

「にぃに、ただいまー」

「おかえりー」

 老人の隣の木箱に座ったウィリアムが手を振り二人を出迎える。

「坊主のお陰で混雑が二羽売れたよ」

「えへへー」

「なぁなぁ、じいさん、オレが雌雄見分けられるって言ったら信じる?」

 シファの問いに老人がピクリと方眉を上げた。

「オレ魔力持ちだからさ」

「証拠は?」

「んー…そこのカップ借りてもいい?」

 老人は傍らに置いてあった木のカップをシファへ差し出した。シファが片手を翳すのと同時にレイチェルが水魔法でカップを満たす。

「どう?」

「ほぉ…魔力があるっつーのは本当みてぇだな」

「うちにいるベルとベガもシファにぃにがみわけてくれたの」

 様子を窺っていたウィリアムはなるほどな、と理解した。

「とりあえず一回オレにやらせてみてくんない?」

「まぁ、いいだろう。やってみろ」


 老人の厳しい目がシファを捉える。ウィリアムは立ち上がり、自分の座っていた木箱をひっくり返した。

 右の二箱に入った雛を一つの木箱にまとめる。空の木箱二つを上下に並べ、シファは一匹を手に取った。レイチェルはシファの隣にぴったり寄り添ってしゃがみ込み、そのシャツの脇腹を二度引っ張る。シファは雛を手前の木箱へ入れた。次の雛は奥の箱へその次も奥、次の雛は手前――それを数十羽繰り返し、最後の一匹を手前の箱へ入れた。


「ほい、上が雄で下が雌ね」

 レイチェルがふーっと小さく息を漏らす。

「確かめるぞ」

 老人は雌の木箱に手を入れ一匹を掴み、目の上に翳した。目を細め、ククの下腹部を眺めると、箱へ戻してまた一匹手に取る。それを数回繰り返し、老人は目頭を指で揉んだ。

「ああ、雌で間違いねぇな」

「おじいさんは鑑定士なの?」

「鑑定士? そんな大層なモンじゃねぇよ。ガキん頃に親父に見分け方教わってな。年食って目ぇ悪くなってからは孫頼みよ」

「おじいさん、ちょっとまけてくれる?」

 レイチェルが小首を傾げると、老人は豪快に笑った。

「まける、まける! なんなら番で一組持ってけ! 仕分けの手間賃だ。安売りしなくて済んだからな!」

「じゃあ番で二組。一組は金払うからさ」

「おお! 好きなの選んでいいぞ!」

「ってさ。ほら、二人で選べ」

 ウィリアムとレイチェルは嬉々として雛を選んだ。老人が藁を敷き詰めた小さな木箱をオマケだと付けてくれた。

「幾らだ?」

「そうだな――銀貨三枚でいいぞ」

「安すぎないか?」

「混雑だったら雌も全部銀貨二枚で手放さなきゃなんなかったからな。それにくらべりゃ安いもんよ! それに魔力で仕分けたんならまず間違いねぇからな。兄ちゃん、助かった」

 老人は木箱に腰掛けたまま深々と頭を下げた。

「いいって、いいって! オレも良い買い物出来たよ! 銀貨三枚な」

 シファが銀貨三枚を支払い、穴の複数空いた蓋の小さな木箱をウィリアムが受け取った。

「おじいさんは明日もいる?」

「ああ。今日で売り切れなかったらな」

「じゃあ明日もし良かったら青区の九十五に来てよ! 美味しいものご馳走するからさ!」

「なんだ? 坊主たちも店やるんか?」

「うん! 二回目!」

「そうか。じゃあ明日寄らせて貰うよ」

「おじいさんまたあしたね」

「この子たちありがとう! 大切に育てるからね!」

「じゃあなじいさん」

 老人に別れを告げ、市場の散策へ戻る。


 緑区から青区に戻ると、布製品の店にミンツを見付けた。

「ミンツさん!」

「あら! ウィルくんにチェリーちゃん。それとシファくんね」

「この間ぶりです」

「ええ、ええ。今日は出店してないの?」

「この間はこいつらが市場を見る時間も無かったんで。今日は遊んで、明日出店します」

「そうなのねぇ~。どう? 市場は楽しんでる?」

「はい! ごはん食べて買い物しました」

「ふふっ、良かったわね。あ、この間のクレープねぇ、家族にすっごく好評だったわ。それとオマケもありがとう」

「どういたしまして!」

 丁度良いと、ウィリアムは中サイズの巾着を物色した。

「チェリーも選んで。財布追加しなきゃ」

「わかった」


 レイチェルは前回と同じ、灰色っぽい白の巾着を選んだ。大きさ違いなだけだ。ウィリアムはくすんだ緑の巾着と赤茶の巾着を選ぶ。


「ミンツさん、この三枚お願いします」

「ひとつ銀貨二枚よ――全部で銀貨五枚でいいわ」

「いいの?」

「ええ。この間のオマケへのお礼よ」

「ありがとうございます」

 シファが銀貨を払い、ウィリアムが巾着を受け取る。するとミンツが何かを差し出して来た。

「はい、これはオマケ」

「ハンカチ?」

 ウィリアムの手にハンカチが三枚載せられる。

「ええ。端切れで作った物なの。よかったら使ってちょうだいねぇ~」

「ミンツさんありがとう」

 レイチェルは一枚をウィリアムから受け取り、ポシェットに仕舞った。

「オレもありがたくいただきます」

「ええ、ええ。どうぞ」

「明日は青区の九十五でお店するんだ」

「あら? 近いわね」

 区画は連日借りる場合、同じ場所が割り当てられる。ミンツは明日もここで店を開くらしい。

「じゃあまた明日!」

「ええ、またね」

 元気に手を振る兄妹にミンツも笑顔で手を振った。


 それから暫くして、子連れの親子がやって来て子供用の丸鞄を二つ購入した。話を聞くと、可愛い女の子が肩から掛けていたのを見て探していたらしい。

 思いがけず良い宣伝をしてくれたレイチェルに、何を礼に送ろうかと悩むミンツだった――。


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