成果
出稼ぎに出たウィリアムとレイチェルは屋敷に帰り着き、うつらうつらしながら風呂に入ってその日はそのまま眠りに付いた。翌朝、シャッキリ目が覚めた二人は朝食後に食堂室のテーブルの上に昨日の売り上げを広げていた。
「随分頑張ったんだねぇ」
「本当に。大成功だったみたいで良かったわねぇ」
両親が手放しで二人を褒める。
「お金がたくさんですね!」
ヒランはテーブルの上の大量の貨幣に思わず言った。
使用人達も手伝って銅貨、銀貨を十枚ずつ積んで塔にする。中銀貨と大銀貨は枚数が少ないので寄せておくだけだ。
「漸く並べ終わりましたね」
ドランが最後の銅貨の塔を並べ終える。
「大銀貨一枚、中銀貨五枚、銀貨が二十三枚、銅貨が――五百五十五枚ですね」
「二人の作ったもんがそんだけウマかったって事だね!」
ラーダがクシャリと二人の頭を撫でた。
「ポシェットかった」
「中銀貨一枚と銀貨二枚だったね」
「二人が稼いだお金だよ。欲しい物は買っていい」
「ありがとうお父さま」
「シファ、出店料金っていくら?」
「区画代が中銀貨一枚、荷馬車と馬の預かり代で銀貨三枚、荷車の賃借料が銅貨五枚だな」
ウィリアムは言われた通りの金額を売り上げから抜き取り、父へ返した。
「これは?」
「父さまが出してくれた出店料金の返金だよ」
「ウィル…」
「次からはこの売り上げから出せるし!」
それからウィリアムは銀貨一枚と銅貨二十枚をラーダへ差し出した。
「細かくてゴメンね。これはラーダに」
「なに言ってんだい? 受け取れないよ」
「しょくざいのじゅんびてつだってくれた。ろうどうにはたいかを」
「そうそう! 受け取って!」
遠慮するラーダにウィリアムは金を押し付けた。
「シファにも」
銀貨三枚と銅貨二十枚をシファの前に寄せる。
「こんなに良いのか?」
「色々手伝って貰ったから。またお願いします」
「おう、ありがとな。次も任せてくれよ」
シファは快く受け取ってくれた。
「アリゼ、ヒラン、どうぶつたちのおせわありがとう」
二人にそれぞれ銅貨十枚が渡される。
「ありがとうございます」
「わーい、臨時収入ー」
「サリー、ドラン、はたけのおせわありがとう」
二人にも銅貨を十枚手渡す。
「ありがたく頂戴いたします」
「ありがとうございます」
ウィリアムは銀貨一枚と銅貨二十枚をウアに差し出した。
「俺はなにもしてない」
「いっぱい木を彫って容器作ってくれたでしょ!」
「そうよ! それにまたつくってほしいものがあるの!」
店先で食材入れに使っていた容器は全てドランに木を彫って作って貰った物だ。
「――ありがとう」
ウアは微かに口角を上げた。
銅貨は枚数が多いので百枚ずつをバランの小袋に入れる。それが四袋出来た。残りの銅貨は二十枚ずつをウィリアムとレイチェルで分け、余りは種子袋に仕舞った。中銀貨と銀貨の残りも一緒に仕舞う。
次に市場へ出掛けたら財布用の巾着を何枚か追加で買い足そうと二人で決めた。大銀貨一枚も種子袋へ入れ、貨幣は全てウィリアムの空間収納に保管する。無くす心配も盗まれる心配も無用な最強の金庫だ。
***
二人は数日のんびりして過ごした。
「おっきくなったねぇ~」
ヌルエ三匹は拾って来た当初の四倍程の大きさに成長した。シファが人馴れさせたから、もう噛まれる心配は無い。カールした柔らかい毛に専用のブラシをかけてやると、気持ち良さそうに鼻を鳴らした。
「きもちいいのか~? ここかー? ここがいいのかー?」
レイチェルが何度も同じ場所をブラシで掻いてやると、赤い色石を耳に付けたオリーブが首を縦に振る。
「あはは! 頷いてるー!」
ウィリアムは緑の色石を付けたポパイにブラシをかけながら撫でた。
黄色の色石を付けたオリーはブラッシングの順番待ちで二人と二匹の間をウロウロしている。
「はぁー。ふわふわ…気持ちいい」
「わかる。ふわふわだよねぇ」
暫くヌルエ小屋で三匹の毛を堪能した。
昼食を終え、レイチェルの部屋で魔法訓練をする。レイチェルはウィリアムにポシェットへの魔法付与を頼んだ。
「このポケットはそのままにしてほしいの。それで、くちよりおおきいものもいれられるようにしてほしい」
「んー、なるほどねぇ。前回の課題だねぇ」
「できるかな?」
「やってみましょう!」
ウィリアムはポシェットの蓋を開けると、中に手を入れ目を閉じた。
(このポシェットの中には物がいっぱい入るようになーる、なーる…入口より大きな物もカンタンに入る――)
想像するのは四次元ポケットから出て来るピンク色の扉や電話ボックスだ。あのポケットの口径からは到底通りそうに無い大きさを思い浮かべ、何度も唱える。
(入口より大きな物も吸い込まれるように入る、たっぷり入る――庭師小屋は軽く入るようになーる、なーる――)
長いこと魔力を放出したウィリアム目を開けた。
「出来た! どうどう? 試してみて!」
レイチェルにポシェットを渡す。レイチェルは受け取り、ローテブルの上に並べておいた巾着財布をポケットに入れてみた。
「うん、ポケットはそのままだ」
次に落書き用のノートとペンケースをポシェットに近付ける。ノートはポシェットの口よりも大きい。
(入れー、入れー)
ウィリアムが心の内で唸っていると、ノートとペンケースはするりとポシェットに収納された。
「はいった!」
「おおっ!」
レイチェルは立ち上がり、自分の座るソファに手を置きポシェットを近づけた。心の中で【入れ】と唱えると、ソファが質量保存の法則を無視してポシェットへ吸い込まれる。
「おぉぉっ――」
「スゴイ!」
「ファンタジー…」
レイチェルはソファを何度も出し入れした。
「にぃにありがとう」
「どういたしましてー」
ソファに座り直すと、レイチェルは膝の上にポシェットを置いた。
「これにユーザーせっていしたい」
「チェリーしか使えないようにしたいってこと?」
「そう。あくようされないように」
「出来るの?」
「わかんない…ためしてみる」
レイチェルは自分の魔力をポシェットに流してみた。魔力がポシェットの上を素通りする。
「うーん――」
魔力を流しつつ状態固定魔法を重ね掛けしてみるも変わらない。
「あれは? 血? 血を垂らして個人設定とかファンタジーあるあるでしょ」
レイチェルが嫌そうに顔を顰める。
「いたいのはイヤ」
「まぁ、確かに? じゃあ偶然ケガするの待ってみたら?」
レイチェルは腕を組みうーんと首を捻った。
(まりょく、血――DNA? しもんにんしょう、は違うか)
「あ、そうだ」
思い付き、レイチェルは赤い髪を一本プチッと抜いた。それをポシェットの上に置き、念じながら魔力を流す。
(こじんせんようせってい――このポシェットはわたしだけにしか使えないマジックポシェット)
レイチェルの両手から流れる魔力が髪の毛を溶かし、ポシェット全体を包んでフワリと光った。
「おお! どう? どう?」
「うん、できたとおもう」
レイチェルはウィリアムにポシェットを渡した。試しにウィリアムが自分の巾着財布を入れてみると、ポシェットに普通に入っただけだった。ポシェットの浅い底に巾着財布が見える。
「僕が使うと普通のポシェットになるね」
「かして」
レイチェルがポシェットを受け取り、ウィリアムの巾着財布を取り出してポシェットへ入れ直した。
「うん、成功。ほら」
ポシェットの口を両手で広げて中を見せる。ただポシェットの底が見えるだけだ。
「スゴイ! 成功だ!」
「にぃにがねぇねたちにマジックバッグつくったらぜんぶせっていしよう。こじんせんようせってい」
「そうするー! 僕のカバンも個人専用設定にする! 持って来るからちょっと待っててー!」
ウィリアムは自分の部屋に走ってカバンを手に戻った。
「どうやってやるの?」
「かみをぬいて、カバンの上において。そしたらこのカバンはじぶんだけにしかつかえない、マジックバッグだっておもいながらまりょくをながして」
「わかった!」
黒髪を一本抜き、カバンの上へ置く。ウィリアム目を閉じ両手を翳した。
(僕だけにしか使えない、マジックバッグになーれ!)
魔力を流し、どうだ? と目を開ける。
「出来た?」
「できてない」
「えー? なんでぇ?」
「うーん…もういっかいやってみて。ゆっくりながめにまりょくをながしてみて」
「わかった!」
ウィリアムが魔力を流すのに合わせて、レイチェルも片手を翳し魔力を放った。ウィリアムの魔力に自分の魔力を混ぜ合わせる。
(こじんせんようせってい、にぃにしかつかえないマジックバッグ――)
二人の混ざり合った魔力が髪の毛を溶かし、フワリと光ってカバンを包み込んだ。
「うん、できた」
「おお! スゴイ! もしかして個人専用設定ってチェリーにしか使えないのかな?」
「どうだろう?」
「属性魔法なのかなぁー。でも聖属性っぽくはないよねぇ」
「ぶじかんせいしたしとりあえずはいいんじゃない?」
「それもそうだね!」
レイチェルはポシェットに保護魔法も掛けて満足した。ウィリアムに強請られ、ウィリアムのカバンにも保護魔法を掛けた。
ベルが初めて産卵してから、クク小屋の産卵箱には毎日一つ、卵が産み落とされるようになった。ニワトリの卵の二倍の大きさで、殻の色は薄黄色だ。採卵された卵は綺麗に洗ってマジックボックスへ収納されている。
ウィリアムの出すニワトリの卵がある為、ククの卵はまだ食事に使用されていない。食事に使用する際は半熟もマヨネーズも絶対ダメだとラーダには伝えてある。
ある程度ククの卵が溜まったら、レイチェルがまとめて浄化魔法を掛ける予定だ。浄化後なら生でも半熟でも大丈夫だろう。
いつかはククの卵でたまごフィリングを作りたい――レイチェルの小さな小さな野望だった。
***
ある日の昼食後、二人はラーダと共に調理室で次回の出店用に食材を仕込んでいた。卵を大量に茹で、殻を剥く。あまりに量が多いので、使用人用のテーブルに腰を下ろしチマチマ剥いていた。
「サラダチキンはうるほどないしー。つぎはどうしよう?」
「ペアサンの肉ならまだあるでしょ?」
「それはみんなで食べたいじゃない」
「屋台の食べもんっつったら肉だもんねぇ」
「そうよねぇ…」
「周りが肉出してるならうちは肉じゃなくてもいいんじゃない? むしろ皮だけでも売ってみる?」
「ええ? じゅようある?」
「試しに売ってみようよ。皮ならいくらでも作れるし!」
「そんじゃあ気合入れて焼かなきゃね! 前回の倍焼くかい?」
「ばい…」
三百枚焼くのも大変だったのに、倍と来るか――レイチェルは遠い目をした。
結局ペアサン以外は思い浮かばず、長野で買ったブルーベリーでジャムを作り甘いクレープを増やす事にした。その分たまごフィリングの量も増やす。前回の倍以上茹でた卵の殻を剥くのに、アリゼ、ヒラン、シファの三人も協力してくれた。そのお陰でラーダとレイチェルはガレット生地を焼く事に専念出来た。倍までは焼けなかったが、数日掛けて五百枚近くは焼けただろう。前回の余りと合わせれば六百枚近いはずだ。
次回の出稼ぎに向けて、二人は忙しい日々を送るのだった。




