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回る運命

子供の死の描写があります。





 国全土に及ぶ数年の飢饉は多くの死者を出した。ようやく作物が実り出した頃、今度は流行り病が国を襲った。只でさえ飢え、体力の落ちていた人々は、流行り病に抵抗する事も出来ず呆気なくその命を散らした。

 地方貴族のサビール家も例外では無かった。

 五人いる子の内末の二人、八歳のウィリアムと五歳のレイチェルが流行り病を患った。

 貴族とは名ばかりの下位貴族には、王都中央でしか手に入らない高額な薬を手に入れる事も出来ず、病に苦しむ二人を見守る事しか出来ない。

 父は自身の不甲斐無さを悔い、母は苦しむ我が子の身代わりになりたいと泣いた。

 一番上の長女は末二人が食べられそうな果物を必死で手に入れた。すり潰して口に含ませてやれば、二人は「おいしい」と微笑んで見せた。

 双子の長男と次男は末二人の苦しみを少しでも和らげようと、魔力の許す限り魔術を使った。魔力切れ限界まで行使した結果、末の弟に「無理しないで」と怒られた。


「父さま、父さま、おねがいがあります」

 ウィリアムは父を見上げか細い声で囁いた。

「どうしたウィル? なにをして欲しい?」

「となり、チェリーと……同じベッドに、寝かせて」

 隣り合う妹のベッドにゆっくり視線を移す。妹のベッドの側には母が付いている。

「さみしくないように」

 自身も病に苦しむ息子が、妹を思いやるその優しさに両親は涙を堪え切れなかった。

「あ、あぁ。そうだね、チェリーも喜ぶよ」

 嗚咽を堪えつつ、枯れ木の様に軽くなってしまった末息子を優しく抱き上げ、そっと隣のベッドへ下ろした。母が枕の位置を調整し、乱れた髪を優しく撫で整える。

「チェリー、さみしくないよ。にぃにがいっしょ、だからね」

 掛け布団の下で、ウィリアムはレイチェルの手をそっと握り締めた。

「姉さまも一緒よ、ウィル、チェリーっ」

「俺たちもな。サビール家の五人兄弟は仲良し兄弟なんだぞ」

「ああ、そうだ」

 両親とは反対側からベッドを挟み上の三人が口々に言う。そんな三人も零れる涙を抑える事が出来なかった。

 

 魔力の流れが、弱く、薄くなっていく。

 

 もうすぐその時が来てしまうのだと、嫌でも分かってしまう。サビール家の数少ない使用人達も、全員部屋に揃い壁際に立っていた。

 双子が魔術を使おうとするのを、父はそっと片手で制して首を振った。

「父さんっ」

「このままじゃっ……」

「苦しみを、これ以上長引かせるのは止めよう」

「でもっ!」

 双子も自分たちの魔術では治療など到底不可能である事くらい理解している。それでも、消えゆく命を前に何もせずにいられなかった。

「エヴィ兄さま、フォル兄さま……ありがと。ミーア姉さまも」

 八歳の弟が、全てを悟った様に穏やかな表情を浮かべる。

「みんな、だいすき」

 ウィリアムは最後の力を振り絞って身体をレイチェルに向けようとした。それに気付いた母が寝返りを手助けする。握ったレイチェルの手を両手で包み込み、ウィリアムはそっと目を閉じた。

 

 末二人の微かな息遣いを少しも聞き洩らさない様に、薄れゆく魔力の流れを見失わない様に。

 部屋に集まる全ての人が息を潜め、声を殺し、嗚咽を噛み殺した。

 とても長い、数分だった。

 

 世界から、幼い二つの命が消え去った。


「あぁぁぁぁぁっ——」

 堪え切れぬ慟哭が、誰の口から叫ばれたのか分からない。

 嗚咽が、すすり泣きが、末二人を呼ぶ声が。悲しみと共に部屋を満たす。


 突然、バリバリと何かが割れる様な、引き裂く様な音が響き渡った。

 悲しみに暮れるサビール一家も使用人達も、音の方を見やり目を見張った。

「なっ……」

 末二人の眠るベッド上の空間がゆらゆら揺らぎ、微かに上下に開いている。開いた隙間から覗くのは何も映し出さない漆黒の暗闇だった。

 その異様さに、両親は亡骸を庇う様に末二人の上に覆い被さり、双子は魔力を体内に巡らせた。

 瞬間だった——圧倒的な【力】に、両親の腕の中から末二人の亡骸がスルリと奪われる。

「ダメっ!」

 長女が浮かぶ二人の体を取り返そうと腕を伸ばす。双子は揺らぐ空間に向かって魔力を放った。放った魔力はそのまま跳ね返り、双子は部屋の端まで弾き飛ばされた。

 

 カッ——! と、白い閃光が開いた空間から放たれ、部屋中を真っ白な光で埋め尽くす。

 部屋に居る全ての人の意識がそこで途切れた。




***


 何度か瞬きを繰り返し、ボーっとした意識が次第にハッキリして行く。

 見慣れぬ天井に、実里は小首を傾げた。

(どこ? ん、違う。知ってる。どこじゃない、家だ)

 ふと、隣から寝息が聞こえて来て実里はそちらに顔を向けた。

(うわ、可愛い女の子。誰? うん? なに言ってんの。チェリーだよ)

 妹のレイチェルではないか。

 妹? 妹はいち花だよ——いや、何を言っているんだ。レイチェルは可愛い、可愛い大事な妹だ。

 隣で眠る妹の頬に手を伸ばす。なんだこの小さくてガリガリに細い手は。誰の——僕の手だ。

「ぼく?」

 思わず声に出し、更にギョッとする。子供特有の、性別を感じさせない声が自分の口から発せられた。

(あ、れ……? そう言えば、多分……死んだ? トンネルの、事故? でも、病気だったよね。チェリーも同じ病気で……)

「チェリー」

 名前を呼び、すっかり痩せこけてしまった頬を撫でる。微かに睫毛が震え、瞼がピクピク動いた。

「いち花、起きて」

 呼び掛けると、ゆっくり目を開いて実里の姿をその瞳に映した。

「お、姉ちゃん?」

「うん」

「わ、わたしたち……死んでっ」

「うん。多分、トンネルの事故に巻き込まれて死んだ」

「お姉ちゃんっ!」

 いち花は実里に抱き着いてわんわん泣き出した。

 その声に、床に倒れていた皆が意識を取り戻していく。

 ベッドのすぐ側で倒れ伏していた両親は、ガバリと起き上がり二人を覗き込んだ。

「あ、あぁっ! 奇跡、奇跡が起きたのねっ」

「ウィルっ、チェリーっ!」

「ただいま。父さま、母さま」

 妹を胸に抱き締めたまま、浮かんで来た言葉をそのまま告げる。両親も泣きじゃくりながら二人を優しく抱き締めた。


「あぁっ……フォルトゥ神に感謝をっ」

 両膝を床に付き頭を下げ、両手を胸の前で組んだ執事が涙を流しながら神に感謝を捧げる。

 その隣で、メイド長も同じく神に感謝を捧げた。料理長も、庭師も、メイド三人も、手を取り合って喜びの涙を流した。

 長女はベッドの縁にしがみ付いて、そっと末二人の足を撫でた。しっかりと体温を感じ、本当に生きているのだと実感したらポロポロ涙が零れた。

 双子は呆然としながら互いの顔を見やり、頬を抓り合う。

「痛い……」

「ああ、痛いな」

「夢じゃない?」

「うん、夢じゃない」

「は、はははっ」

「はははっ」

 乾いた笑い声が次第にしゃくり上がる。二人はガシッと抱き合い泣いた。

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