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異世界幸福生活譚~幸せへの帰り道~  作者: 友利 円


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茶色い木の実の正体




 ウアは村から帰るといそいそ庭師小屋へ向かった。小屋の入り口横に幾つも袋が置かれている。今日山へ行って採取して来た植物だろう。ウアが袋に手を伸ばした時だった。


――ビィー、ビビィーッ


 あからさまにククでは無い何か別の生き物の鳴き声がする。そっと裏庭の方へ回り込むと、今朝までは無かった柵が鳥小屋の横にあった。そっと中を覗き込むと、こげ茶色の毛玉が三匹ウアを見上げ、叫び声を上げ反対側へ逃げ出した。

「あ――」

「だーっ! 親父ーっ。ビビらせんなよー」

 鳥小屋から飛び出て来た息子に叱られ、柵から離れる。


「どうしたんだこのヌルエは」

「今日シローんトコの山行ったら親が死んでてさぁ。しゃーないから連れて来た」

「ククに続いてヌルエか…」

「ちび二人の引きヤバくない? 次はなに拾ってくれんのかなーって期待しちゃうもんオレ」

 ケラケラ笑い「魔馬とか飛び蜥蜴来ないかなー」と呑気な事を言っている。

「本当に来たらどうするんだ」

「え、責任持ってオレが面倒見るよ!」

 そういう問題じゃない、とウアは小さく首を振った。

「あ、小屋行った? 木とか山菜? 葉っぱ? 二人が採って来たんだよ」

「ああ、すぐに植えてあげないとな」

「頼むわー」

 去る息子の背を暫し見詰め、ウアも庭師小屋へ向かった。元気な内に植えてあげなければ。


 ウアの去った裏庭、ヌルエの柵の前にはドランが立っていた。

「ククに続いてヌルエだと――?」

 立て続けに増える生物に、執事の口から思わず零れ落ちる。


――ビャーッ

 ドランのひとり言は仔ヌルエの鳴き声に掻き消された。




 二人が採って来たどう見ても雑草にしか見えないがネギに似た味の草、二株は鉢にひとつずつ植えた。畑に直接植えると雑草と間違えて抜いてしまいそうだ。

 三十センチ程伸びたヒョロヒョロした細い茎の前後左右に細長い黄色の葉が茂る、お浸しで食べた野草は裏庭の畑の左隅に植えられた。周りにはまだ何も植えられていない。


 木の枝をどうしようかとウアは悩んだ。小さな緑色の実がついていた。これが何なのか尋ねようと調理室へ向かい、妻に聞いた。

「ああ、ヤマモモって言ってたね。毒の実に似た実がつくんだけどね、それは食えるんだよ。熟した色の濃いヤツは甘くて美味しかったよぉ」

「毒の実――」

「いやぁ、ほんとにビックリさぁ。アンタは山に食べられる草や実があんなにあるって知ってたかい?」

「いや」

「ワタシもビックリさぁ。雑草にしか見えない草も食える、根っこを掘って食えるっつーのもあんだってさぁ! もうおもしろいったら!」


 暫し妻の話を聞き、ウアは木の枝を持って裏庭へ戻った。食べられるが毒の実に似た実――鳥小屋から真反対の対角、干ばつで植木が枯れてしまい寂しくなった所に植えた。根付いて、大きく育ち、熟した甘い実を皆が食べられる様に祈りながら、ジョウロで水を撒いた。


***


 翌朝、朝食後にウィリアムとレイチェルはウアに裏庭を案内して貰った。昨日採って来た植物たちがどこに植えられているのか教えて貰う。

 畑の左隅に植えられたお浸しの葉と、鉢に植えられた雑草にしか見えない草。鉢植え二つは調理室から出てすぐの廊下の突き当りにある、裏口の扉の横に置かれた。空き箱を一つ台にして地面から上げ【雑草ではありません】と主張させている。


「ここにヤマモモ、の枝を植えました」

 一番最後に枝を植えた場所に連れて行かれた。

「根付いてくれるといいなぁ」

「ああ、ほんとうに」

 暫く三人で枝を見詰める。

「それじゃあ、戻ろうか」

 ウアが手を差し出すと、二人が首を横に振った。

「このまま畑のお世話するから。ウアは戻っていいよ」

「うん、ありがとうウア!」

「ああ、行って来る」

「行ってらっしゃい!」

「きをつけて!」


 今日はウアとシファの二人は村へ下り、畑仕事の手伝いだ。ウアが去るのを待って、レイチェルは木の枝に両手を翳した。

(おおきくなあれ、げんきになあれ)

 ポウ、と淡く木の枝が光る。

「よし! できた」

 促成と回復の魔法を掛けた。きっとこれで根付くだろう。

「あれやっとく?」

「あれ?」

「ほら、大きくなあれの舞い」

「……なに?」

「えぇっ⁈ ウソでしょ? それでも日本人⁈」

「ぜんぜんわかんない」

 ウィリアムは体を縮め、みょーんと両腕を伸ばしながら飛び上がった。

「大きくなあれ! ほら! 分かった?」

 レイチェルが眉を顰め首を傾げる。

「非国民め!」

 ウィリアムが叫んだ。

 それから某有名アニメ映画の、葉っぱがにょきっと成長するシーンだと力説されたが、そんなシーンあったっけ? と更に首を傾げたレイチェルだった。


 畑の世話をし、ヌルエの飼育場の餌と水を補充する。まだ二人だけで中に入ってはいけないと言われているので、柵の外側から桶に入れるだけだ。誰も見ていないのを確認し、ウィリアムは水魔法で桶に水を入れた。

「早く慣れてくれるといいねぇ」

「さわりたい」

「ねー? 絶対モフいよね?」

 ヌルエの次はククだ。

「ベガー、ベルー、おはよー」

「おはよー」

 二羽に声を掛けながら鳥小屋へ入る。


――ピィ!

 餌箱を突いていた二羽が返事をした。

 レイチェルが風魔法で寝藁を解してフカフカにする。糞場の藁も風魔法で持ち上げ袋に入れ、新しい物と入れ替えた。ウィリアムは水魔法で水場を満たす。

「よし、良いかな。どうする? 散歩する?」

 ウィリアムが藁の入った袋を持って扉を開け放つと、二羽がピィピィ走り出て来た。

「はたけのやさいはたべちゃダメよ」

「新しい草と木もね!」

 伝わるとは思えないが一応言っておく。裏庭を跳ね回る二羽を眺めつつ、庭師小屋へ向かう。裏庭と中庭の間、植え込みの裏にある庭師小屋の近くに堆肥箱がある。今までただ土に埋められていた厩舎の藁や生ごみを集め、せっせと堆肥作りをはじめたのは炊き出しを終えた頃だ。

 糞場から持って来た藁を入れ、蓋を閉じる。裏庭に戻ると、ヌルエの柵の前にククが居た。柵の間から、ジッと中を見ている。

 藁を入れる袋を鳥小屋の釘に引っかけ、二羽に近付いた。

「どうしたのー?」

「きになるの? ヌルエよ」

 レイチェルがベルを抱いて腕にのせ、ベガに向かって手を差し出す。ベガがピョンと跳び乗った。

「ほら、なかよくしてね。ヌルエよ。まだこどもなの」

 二羽が柵の上からジッ――と三匹のヌルエを見詰める。三匹のヌルエもジッ――と二羽を見詰めた。

「なんだろう?」

「ねぇ?」

 静かなる見詰め合いが唐突に終わりを告げる。


――ピィーピィ!

――ビョーッ!

 三匹と二羽が突然鳴き出した。

「なにっ」

「あ、ちょっ!」

 ベルがレイチェルの腕を跳び出し、柵の中へ下りた。


――ピィピィピィーピィ!

――ビャッ! ビャーッ!

「ケンカしてる?」

 レイチェルの肩に止まっていたベガまでが柵へ下りてしまった。

「ベガ!」


――ピピィ! ピーッ!

 向き合って鳴き合っているが、その距離がジリジリ近付いている。

「もう! ダメっ!」

 レイチェルが風魔法で二羽を拘束し、持ち上げた。ウィリアムがすかさず左右に二羽を抱え、鳥小屋へ走る。二羽を戻して、事なきを得た。


――ピィ!

――ピッ、ピッ!

 二羽の抗議する様な鳴き声が聞こえる。

「えー? もしかしてククとヌルエって相性悪いの?」

「シファはなにもいってなかったのに」

 朝から何だか疲れてしまい、二人は日課の魔法訓練をこの日サボった。


***


「さて、この実はどう使うんだろうね?」

 ラーダ、ウィリアム、レイチェルは史郎の所と半分に分けてきた茶色い木の実を前にしていた。

 触った感触は皮は硬いが、刃は入りそうな程度の硬さだ。

「とりあえず一つ切ってみてよ」

「ああ」

 ラーダは一つ取り、真ん中から半分に切った。

 皮は三ミリ程の厚さで、実の色は(だいだい)色。黒っぽい楕円型の種は実に対して少し大き目で、数十粒入っていた。

 種を皿に取り出し、橙色の実を少しだけくり抜く。三人は一斉に口に含んだ。

「うん――果物じゃないね」

「そうだねぇ…なんって言うか、ヌルっとしてるねぇ」

「うーん…アボカド? に、にてる?」

「あー、そう言われるとそうかも。じゃあ生で食べても平気かな?」

「アボカドっつーのはどんな食べ物だい?」

「森のバターって呼ばれてる果実だよ」

「果実ってことは果物かい?」

「まぁ、そうなるねぇ。甘くないけど」

「ラーダあとふたつきって」


 木の実をあと二つ切って貰い、種を抜いて大き目の角切りにして貰う。ごま油、ぽん酢、某有名スパイスの辛口と砂糖少々と混ぜ合わせた。

「たべてみて」

 三人で試食する。

「あ、美味しい」

「これは――酒が飲みたくなるねぇ」

 そう、これは酒のツマミのレシピだ。ここにマグロやざく切りにした長芋を入れても美味しい。


「うん、アボカドだとおもっていいね」

「今日の夕食にこれ出しても良いかい?」

「うん。どうぞ」

「種も何か使い道無いかなー?」

 ウィリアムは種を指先で突いた。

「ラーダ、このたねきれる?」

「これを?」

 ラーダは種を一粒取り、包丁の刃先を入れた。ヌルっと滑り、刃は入らなかった。

「あー小さいし滑るねぇ」

「じゃあ、潰してみよう!」 

 布巾に包み、フライパンの底でラーダに叩いて貰う。何度か叩くと潰れ、汁が染み出した。

「広げるねー」

 布巾を広げると、潰れた種から黄色っぽい汁が滲み出ている。

 レイチェルがスンスン匂いを嗅ぎ、指先に汁をつけ親指と擦り合わせ、ペロリと舐めた。

「あぶらだ」

「油?」

 ウィリアムも指先につけて嗅ぎ、舐めてみる。

「ホントだ! 油だ!」

「つばきあぶらっぽいにおいしない?」

「椿油って食べられるんだっけ?」

「うん、たべられるよ」

「おお! 髪にも肌にも食べられもする油!」

「これもそだてよう」

「種取っておいてラーダ!」

「ああ、わかったよ」


 村にも植えて、いずれ一大産業化を目指そうと企むウィリアムとレイチェルだった。


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