表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

ふたり暮らし

死の描写があります





 実家から伊都久を連れ出した実里は、すぐに行動を移した。元々、高校へ進学するタイミングで一緒に住み始める予定で二人は話し合っていた。それが半年少々早まっただけだ。


「ねぇ、いっちゃん。高校って絶対あそこじゃなきゃイヤ?」

 実家から帰って来たその日の晩。

 ベッドの下に布団を敷き、伊都久に身体が痛いだろうとベッドを譲った実里は聞いた。

「うん? 別に。合格圏内だからあそこに決めただけだよ」

 実里は起き上がり、ベッドに上半身を預けて薄暗い中伊都久を見つめた。

「実はさぁ、異動の話があって」

「どこに?」

「愛知」

「愛知?」

「そう。名古屋支部に空きがあるらしくて、どうかっ——」

「行く」

「即答?」

「物理的にもアレから離れられるとか最高じゃん。お姉ちゃんもそう思ってるから私に話したんじゃないの?」

「まぁ、そうなんだけど……」

「それに私、高校は通信制で卒業資格さえ取れればいいって思ってるよ」

「いっちゃんイラストレーターになりたいんだもんね」

「うん。アレ達の手前高校行くって決めただけだから」

「じゃあ、異動の話受けちゃっていいね」

 姉弟は薄暗い中、目を見合わせてクスクス笑った。

「お姉ちゃんも一緒にこれからはいっぱい幸せになろ?」

「うん、そうだねぇ」


 人手が足りない為、異動は早ければ早い程良いと言われ、二人は二週間後に新天地へと引っ越した。家族のしがらみから逃れる様に。




***


 愛知県、名古屋市で二人が暮らし始めて五年。

 弟の見た目は妹になった。二人の間だけで子供の頃に決めた名前【いち】と今は名乗っている伊都久は、いずれ金が貯まったら性転換手術を受けるつもりだ。


 いち花をそのままペンネームにし、イラストレーターの仕事をする妹の影響で、実里は異世界転生モノにドハマりした。子供の頃からファンタジー物の本や映画が好きだった所為もあるのだろう。

 いつか異世界で生活するとしたら——そう考えながらあれこれやってみるのはとても楽しい。本当に異世界に転生や転移すると本気で思っているわけでは無いが、そうなったら役に立つだろうと考えながら妹と出掛けたり自宅でハンドメイドに明け暮れる毎日は、とても充実した幸せな日々だ。何より、十五年間自身を欺き、隠し続けなければいけなかった妹が明るく笑う姿を見られることが嬉しかった。




「いっちゃんは料理も上手だし、絵も上手いし。異世界チート確定じゃない?」

 車を運転しながら実里は助手席に座るいち花に問い掛けた。本日の予定は、長野までドライブがてらの一泊二日のプチ旅行で、藍染めと草木染め体験をするつもりだ。

「それ言ったらお姉ちゃんの方が知識チート確定じゃん。私は一回見たり聞いたりしただけじゃ材料も手順も覚えらんないよ」

 ハァッ、と小さく溜息を吐くいち花は姉を横目で見やる。

「お姉ちゃんのソレ、普通じゃ無いからね?」

「んー……昔から暗記だけは得意なんだよねぇ」

 アハハ、と何の気無く笑う姉に、妹の口から先程よりも大きな溜息が零れた。

「自分より優秀な妹が気に喰わないアレに散々嫌味言われてさぁ」

 ムカつく——と、綺麗に化粧を施した顔を歪めるいち花に、実里は苦笑を浮かべた。

「いいじゃん、いいじゃん! 今が最高に楽しいんだから! あの家族はもう家族じゃないし。私にとっての家族はもういち花だけだよ」

「私にとっても家族はお姉ちゃんだけだよ。別に増えてもイイけどぉ?」

「……あ、サービスエリア寄る?」

「誤魔化し方がヘタクソ過ぎるのよ」


 年の離れた姉妹は和気あいあいとお喋りをしながらドライブを続け、目的地の工房に辿り着き、藍染めと草木染めを楽しんだ。


 翌日、運転はいち花に代わった。寄り道しながら帰路へ着く。

「あーっ! 楽しかったけど明日仕事かぁ」

「明日の夜ごはん美味しいの作ってあげるから頑張って行っておいで」

「いっぱい買い物しちゃったもんねぇ」

 道中、道の駅に寄って購入した野菜やら何やらで埋め尽くされた後部座席をチラリと振り返り、実里は満足そうに笑みを浮かべた。

「いっちゃんのごはん美味しいからなぁー。楽しみ! お弁当作ってくれてもいいんだよ?」

「まぁ! なんて贅沢を言うのかしらお姉さま!」

「えー? いいじゃぁーん?」

「しょうがないお姉さまですこと」

「おほほほほほ」

「でも今日の夜ごはんはうどんかなんか食べてこー? 今から用意すんのメンドクサイ」

 

 あっちこっちへ寄り道をしたお陰で、すっかり日が落ちてしまった。幸い、高速道路の流れはスムーズだ。あと一時間も車を走らせれば自宅から一番近いインターチェンジに到着する。

 

 トンネルを潜り抜ける最中、それは起きた。

 けたたましい轟音と共に、地の揺れる衝撃。

 土煙が辺りを覆い尽くした——。


 クラクションや盗難防止アラームの耳障りな機械音がそこかしこで反響する。

——けほっ、けほっ

 いち花は咳き込みながら目を覚ました。

 辺りは暗く、フロントガラスは蜘蛛の巣状にヒビが走る。車の天井が近い。

「ね、ちゃん。おねえ、ちゃん」

 重い腕を上げ、実里の肩を微かに揺する。

「起きて、お姉ちゃん」

 自然と涙が込み上げて来る。しかし、動かない体は不自然に痛みを感じない。

 何度か声を掛け肩を揺すると、実里の睫毛が微かに揺れた。

「お姉ちゃんっ」

「ん、ぅ……いち花?」

 意識を取り戻した実里に、いち花は心底安堵した。

「よ、かった」

「いち、か……痛いとこは?」

 小さく頭を横に振るいち花に、実里も頷く。

「わたしも。痛くないや」

 どちらからともなく、二人は手を握り合った。

「ねぇ、いち花。チャンスじゃない?」

 死への恐怖を振り払うかの様に、場に似つかわしくない明るい声で囁いた。

「異世界、転生のさ、チャンスだよ?」

「おねえちゃんっ」

「いい? いち花。よーく願って。次は、ちゃんと自分の身体で生まれて来るんだって」

「っ、うん。生まれ変わっても、家族でいようね?」

「あたりまえでしょ。一緒に、異世界、チートする……んだから」

 残された時間の短さを本能が悟る。

「いっちゃん、いち花。絶対、手、はなしちゃ、ダメだからね」

「うんっ、うんっ」

「いっちゃん……大好き」

「わたしもっ、だいすきっ」


 ズズン——トンネルの天井が更に崩落し、二人の意識は途切れた。


 時を同じ頃。

 地球では無い別次元の星、違う文明の進む国のとある貴族の屋敷の一角で、幼い命が二つ潰えた。

 


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ