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はじめての友達





 彼、男の子はルイマチスと名乗った。年は十歳、癖のある栗色の髪に濃茶の瞳をしている。


 実里は文字でなら英語を理解するのは得意だったが、ヒアリングは苦手だった。それよりも更に英語を苦手とするいち花は単語をなんとか聞き取れる程度だった。

 四苦八苦しながらウィリアムがルイマチスから話を聞き取った。


 ルイマチスの家は海の近くで、友達と遊んでいた所を攫われたらしい。暫くは同じ船に乗っていたが、友達は先にいなくなったと言う。嵐に遭って船が壊れ、気付いた時には史郎達が助けてくれていたそうだ。

『*どこの国かわかる?』

『*わからない』

『*じゃあ村、住んでいた場所の名前は?』

『*トルーマ』

 ここまではルイマチスと英語で会話をする。ウィリアムは史郎に向き合い、日本語で話し掛けた。

『トルーマって知ってる? 村か町の名前』

『わかりません…』

『そう…僕も知らないや』

 日本語と英語、こちらの言語と、三つの言語を話すウィリアムは頭の中が混乱しそうだった。

『*ごめんね、僕も史郎もトルーマを知らない』

『*うん…』

『るいまてす、この子はどうしたらいいでしょう』

 史郎の言葉を英語に訳してルイマチスへ伝える。

『*おれ? どうするって…』

『*この言葉は苦手だけど、僕となら会話出来る。僕の家に付いて来るか、このままここに住むか。どうする?』

『*おれは……』

 ルイマチスは集落の人達を見回した。

『*ここにいる。みんな、食べるものもないのにおれに優しくしてくれたんだ。おれがいなくなったら山の草とかきのことかわかんなくなるから』

『*わかった。じゃあそう伝えるね。あ、それとルイマチスって呼びにくいみたいだからルイって呼んで貰ってもいい?』

 ルイマチスは小さく頷いた。

『彼の事はルイって呼んでください。それと、ここに残るそうです。皆さんが優しくしてくれたから、ここに居たいそうです』

 史郎は笑顔で頷き、ルイマチスの頭を何度も撫でながら自分の名前を名乗った。

『*ありがとう、って…つたえて。おれっ――い、いっぱい…たべものもっ』

 大粒の涙を流すルイマチスを、史郎が優しく抱き締めた。

『ありがとう、って』

『そんなの…こっちこそ沢山助けて貰ったんだっ――』

 ルイマチスと共に採取していた女性が近付いて来て頭を撫でた。史郎が腕を離し、代わりに女性が抱き締める。

『今までたくさん頑張ったね。言葉も分からない大人ばっかりでごめんね――ルイ? 私は八重子よ』

 次々集落の人がルイマチスに近寄り、頭や背、腕を撫でる。「ルイ」と名を呼びながら。


 ルイマチスが落ち着きを取り戻した所でウィリアム達は帰ろうとしたが、皆に引き留められた。昼食が出来上がっているので食べていけと誘われる。

『それじゃあご馳走になります!』

 ウィリアムとレイチェル、シファの下へ小屋の中から座卓が運ばれて来る。茣蓙らしき物が二枚敷かれ、そこに座らされた。

『なんか僕達だけ偉そうでごめんなさい』

『とんでもありません! むしろこの様に質素なおもてなしでこちらこそ――』

『いいえ! ごはんが食べられて嬉しいです! とっても楽しみ!』

 白米と味噌汁が木の椀によそわれる。食器の数も増やせた様だ。

『こちらは山菜を炒めたものと、湯がいたものです』

 女性が木の平皿を三人分並べる。

『これってにんにく?』

 大蒜(にんにく)の様な香りが炒め物から漂う。レイチェルが問うと、女性は首を横に振った。

『ルイが見つけてくれた実です。潰すとにんにくのような香りがするので私たちはにんにくの実と呼んでいます』

『その実はある?』

『少々お待ちください』

 女性は小屋へ駆けて行き、すぐに戻って来た。

『こちらです』

 その手にはブルーベリー程の大きさの茶色い実がのっている。

『ありがとう』

 レイチェルは実を受け取り、眺めてクンクン匂いを嗅いだ。

「ねぇー、チェリー。お腹空いたぁ」

「そうだった! ごめん!」

 客人である自分達が食べない事には誰も食事に手を付けられない。

『それでは、いただきます』

『いただきます』

 ウィリアムとレイチェルが両手を合わせ挨拶をする。シファも見様見真似で手を合わせた。

 二人は味噌汁を一口飲んだ。

「んんっ――」

「んっ」

 目を見合わせ、同時に「美味しい!」と叫ぶ。

「えー、やばーい。久しぶりにちゃんとした味噌汁飲んだー」

「なんで? だし? だしがあるの?」

 二人が物凄い勢いで味噌汁を飲み干すのを、集落の人々が唖然と見つめた。

『お、おかわりはいりますか?』

 配膳した女性が声を掛けると、二人は勢い良く味噌汁の入っていた椀を付き出した。

『お願いします!』

『ください!』

 すぐにおかわりの味噌汁が用意される。二杯目はゆっくりと味わった。

『すごく美味しいです!』

『ほんとうに!』

 二人の声に調理していた女性達が嬉しそうに頷いた。

「このねぎみたいのなに? なんなの? ねぎなの?」

「ネギ欲しいなぁ」

「あー…おこめがおいしい…はくまいとみそしるさいこう」

「白米の炊け具合が素晴らし過ぎる!」

 シファは左隣りで食事に盛り上がる二人を横目に、箸に苦戦していた。一応木製のスプーンも横に用意されているのだが、二人が器用に箸を使っているので何となく使い辛い。

「シファ、スプーン使いなよ」

「なんでそんなハシ使えるんだ?」

「慣れ?」

「なれよ」

「また使い方教えてあげるから今はスプーン使いなよ。冷めちゃうよ?」

 幼子に諭され、シファは渋々スプーンに持ち替えた。二人の真似をして味噌汁の入った椀を持ち上げ、スプーンで掬って飲んでみる。

「うーん…」

 複雑な顔をしている。

「どう?」

「不思議な味のスープだなぁ」

「飲める?」

「飲めはする」

「なら良かった」

 味噌汁と白米を堪能したレイチェルは山菜の炒め物に手を伸ばした。火を通したからだろうか、黒っぽい緑色をしている。恐らく茎の部分だろう可食部はうねうねとくねっている。丁度良い長さに切られた一つを箸で摘まんで口に入れた。

 シャキシャキと食感が良く、大蒜の香ばしさと塩味が絶妙だった。

「おいしい――これパンにもぜったいあう」

 ウィリアムも山菜の炒め物を食べる。

「んっ! これ――アスパラ? アスパラに似てない?」

「あーたしかに。にてるかも」

 シファもスプーンで器用に掬い上げた山菜を食べ、白米をモリモリ食べている。

「この山菜も、コメもうまい!」

「お米は口に合った?」

「うまい!」

 ウィリアムはアスパラ擬きの右上に添えられた湯がいた山菜を食べてみた。こちらは鮮やかな黄緑色で、葉が縦にくるりと丸まっている。

「お、おお! お浸しだ!」

 醤油と柑橘らしき味がする。レイチェルも釣られて食べた。

「おひたしだ!」

 アスパラ擬きの大蒜風味の後に、さっぱりとしたお浸し。二人は「美味しい」と何度も呟きながら夢中になって食べた。


『美味しかったです。ご馳走さまでした!』

『ごちそうさまでした!』

『お口に合って良かったです』

『ぜんぶおいしかったわ!』

 ルイマチスと共に採取していた女性、八重子が小屋の中から浅籠を二つ持って出て来た。

『こちらをご覧ください』

 浅籠には緑の真っ直ぐな茎、細長い黄色の葉っぱ、レイチェルの手よりも長い赤紫色の植物、それと先程見せて貰ったブルーベリー程の大きさの茶色い実が載っていた。

『こちらの山菜は葉を取って茎だけにし、一度茹でます。茹でると先程食べたもののように波を描きます。こちらの山菜はお浸しにしたものです。こちらは湯がくと、葉が内側に丸くなります』

 レイチェルとウィリアムは真剣に聞き頷いていた。

『これは豆です』

 八重子が赤紫色の長い植物を手に取った。

『端を持って、両手で折ります』

 両端を持った八重子がグッと力を入れると、真ん中から二つに割れた。割れた鞘を下に向けて振ると、中から楕円型の豆が四つ出て来た。

『うわぁ~おおきい』

『はい、大体一つの鞘に四つから六つ程入っています』

『これはどうやってたべるの?』

『こちらは酸っぱいのです。醤油に浸けておくとお浸しに丁度良くなります』

『で、これがにんにくのみね。つぶしてつかうんだった?』

『はい。潰して刻んで使うとにんにくそっくりです』

『これは全部山から?』

『はい、そうです』

『味噌汁に入っていたネギみたいなのは?』

『あれも山に生えていたものです。私たちには雑草にしか見えないのですがルイには違いが分かるみたいで――』

 八重子はルイマチスに目を遣った。泣き疲れ、食事をして腹も膨れた彼は茣蓙の上で眠っている。

『あ、おみそしるのだしみたいなあのあじは? すっごくおいしかったの!』

『それでしたら――』

 八重子は立ち上がり、味噌汁の鍋から菜箸で何かを取り出し皿に載せた。

『こちらです』

 二人の前に差し出された皿の上には木の破片の様な物が載っている。

『木?』

『なぁに?』

『こちらはきのこです』

『きのこ? どんなきのこなの?』

『すみません、現物は無いのですが…白くてこれくらいの大きさのきのこです』

 八重子が両手の指で円を描く。随分な大きさだった。

『煮ても焼いても食べられなかったのですが、ルイが手で千切って天日干しにしたものを茹でたら、出汁が出ました。茶色くなるまで干しておくと出汁がよく出ます』

『だしがでたこれはたべられるの?』

『食べられません。それこそ木を噛んでいるような、ずっと口の中に残ります』

『へぇ~』

『よければこちらはお持ち帰りください』

 八重子は浅籠二枚を差し出した。

『いいの⁈』

『ホントに⁈』

『ええ、もちろんです。いただいている食料の代わりにもなりませんが――』

『嬉しい!』

『ありがとう!』

 二人はそれぞれ籠を受け取ると、他の皆にも感謝を述べた。

『今度採取にも一緒に行かせて欲しい!』

『わたしも!』

 史郎が困惑しシファを見る。

「うん? なんか困ってるなシロー」

「今度採取に連れてってってお願いした!」

「わたしも!」

「あー…バルナバート様に聞いてからな?」

 二人が力強く頷く。

『次は山に入る準備をして来ます!』

『わたしのかごもつくってもらうの!』

 言葉が通じないのを良い事に、二人は勝手に決めていた。


『かごは次に来る時かシファが来る時に返すね!』

『ええ、どうぞお気になさらず』

 馭者席に座り、集落の者に別れを告げる。

『*ルイ、また来るね』

『*ああ、ウィル様』

『*ウィルで良いって! 友達になったんだから!』

『*ともだち?』

『*うん! 友達! チェリーもね!』

 名前を呼ばれたレイチェルがニコリと笑って頷いた。

『*わたし、このことばはじょうずにはなせない。でも、ともだち。ルイ、ともだち』

『*うん――ありがとう』

『*じゃあまたね!』

『*バイバーイ!』


 その日、持ち帰った山の恵みにラーダが大興奮した。次に史郎の集落へ行く時は絶対一緒に行くのだと何度も約束させられた。

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