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ククは夢を見る





 自分より少しあとに産まれたそれは、だれとも違う色をしていた。

 みんな水色なのに、それだけはまっ白だった。

 みんなが嫌った。

 みんなでいじめて、それを追い出した。

 まだちいさなちいさなこどもだ。

 それだけにしたらすぐに死んでしまう。

 だから一緒について行った。

 なんども獣に食べられそうになって逃げた。

 逃げて、逃げて、逃げて――

 自分もそれもぼろぼろだった。

 もう死ぬのかと、ちいさなちいさなそれを守れなかったと、悲しくなった。


――はなさくもりのみ~ち~


 なにかの声が聞こえた。

 獣とはちがう、怖くなさそうな声だ。

 たすけて、あのちいさなそれを助けて。

 最後の力をふり絞って、声のほうにとび出した。

 もう動けない。でもあのちいさなこを助けて。

 からだが温かくなって、痛いのがなくなった。

 たすけて! あのちいさな白いあれもたすけて!

 黒いかんむりをしたものがついて来た。

 赤いかんむりをしたものが羽をかざすとそれが目をあけた。

 水も食べものも黒いかんむりのものがくれた。

 自分だけではちいさなそれは守れない。

 このものたちなら共に守ってくれるだろうか。




「あー、ウィル坊、先に屋根から直すから小屋にはまだ入るなよ」

「はーい」

 裏庭の一角、畑の側にある鳥小屋の前にシファとウィリアムは立っていた。以前二十羽程ククを飼っていた鳥小屋はそれなりに広く、立派な作りをしている。にわとりと違ってククは飛べるので、壁の上側に出入り用の小窓がある。今は板戸で閉め切られている。

 シファが脚立で屋根に上がり、穴が開き風雨に晒され腐った木材を剥がして新しい木材に張り替える――修理をしている間、ウィリアムはベガとベルを背負い籠から出し、裏庭を歩かせていた。

「いい? 畑の野菜は僕が良いって言うの以外食べちゃダメだよ?」

 二羽がピッ? と小首を傾げる。

「まぁーわかんなくても仕方ないけどー。これから教えてくからねぇ」

 二羽の頭を指先で掻き撫でると気持ち良さそうに目を閉じた。

「かわいいー。裏庭は自由にして良いからね。他の庭は慣れたらね? 庭には二羽! ククがいる!――ってね?」

 ウィリアムは一人でケラケラ笑った。




 シファは一の半(一時間)程で屋根の修理を終えた。外側からぐるりと回って壁や扉の安全を確認し、ようやく小屋の中に入った。寝床用の棚板、止まり木代わりの梁、餌箱に水飲み場。明かり取りの為に隙間を開けて打ち付けられた壁板から入る日の光に、埃がキラキラ反射する。

「すっかり荒れちまったなぁー」

 枯れ葉や枝が散乱する小屋の中を見回し、シファは眉根を寄せた。食糧不足で敢え無く殺してしまったククを思い出す。

 大切に大切に、可愛がって育てていたのだ。一匹一匹名前を付けて、どれがどの子か分からないと笑う双子とウィリアムに懇切丁寧に何度も紹介した。今でも全てのククの名前を憶えている。

 シファはブンブン頭を振り、小屋の中の安全も確認した。棚板が崩れ落ちないか、梁は腐っていないか、一通り見回り終え、畑の世話をするウィリアムに声を掛けた。

「ウィル坊ー! 小屋の掃除すんぞー!」

「はーい! 今行くー!」

 走るウィリアムの後ろを二羽が追いかける。その愛らしい光景にシファは「ふはっ」と笑った。




 庭師小屋から掃除道具を運び込み、二人でせっせと掃除をする。ゴミを掻き出し埃を払い、井戸から

水を汲んで壁も棚も餌箱も全て丸洗いした。井戸と鳥小屋を何往復したか分からない。

「ふーっ。あとは乾くの待ちかな」

「そうだな。今日の天気ならすぐ乾くだろ」

 小窓と扉を開け放ち、二人は鳥小屋の側にある木の下に転がった。

「疲れたー!」

「流石になぁー」

「このあとは?」

「乾いたら糞場(ふんば)に敷き藁敷いて、寝床にも藁敷いて、餌と水の用意だな」

 ククは決まった場所に糞をする習性がある。寝床から離れた場所で糞をし、外敵から身を守る為だ。飼育する場合も寝床から一番離れた場所に糞場を作ってやればそこで用を足す。

「その内増えたら寝籠(ねかご)も用意してやんなきゃなぁ」

「増えるかなぁ? 増えたら嬉しいけど」

「雄と雌だったりしないかなこいつら」

 二人の間に蹲る二羽をシファがチラと見下ろした。

「だったら嬉しいけどねぇ」

「収穫期も終わったしクク狩りにでも行くかぁ」

 ククは魔物で、サビール領周辺には生息していない。一番近い生息場所は徒歩で三宗(一ヶ月)程移動した先の魔物が棲む森だ。ククを繁殖し雛を売買する業者もあるが、それなりに高い。今のサビール領に購入する余裕は無く、往復二ヶ月掛けてでも狩りに行った方が安上がりなのだ。

「それ僕もついてって良い?」

「それはバルナバート様が許さないだろ」

「えーそうかなぁ? 僕がついてくのおすすめなんだけどなぁ。食べ物にも飲み物にも困らないし」

「それは確かに」

「荷物もさぁ」

「うわー! そんなこと言われたら連れて行きたくなる!」

「でしょー? ほらほらぁ? お得だよ僕はー?」

「やめろー、やめてくれー!」

 シファは両耳を手で押さえ首を横に振った。

「あははは!」


 暫くして乾いた鳥小屋の中に藁を運び込み、糞場と寝床を作った。

 餌箱には米と白菜の外葉を入れ、水飲み場にはペットボトルから水をたっぷり注ぐ。

「今日からここがベガとベルのおうちだからね。安心して眠れる場所だよ」

 二羽を小屋に入れると、興味深そうにあちこち見て回っている。

 寝床用の棚板は地面から離れて三段になっている。上二段が寝床で、一番下が産卵場所だ。産卵場所を作っておけば、育てない卵をそこに産み落としてくれる。

 まだ飛べない雛鳥の為、棚の中央には小さな階段が設けられている。二羽は器用に階段を一段ずつ跳び上がり、藁の敷いてある寝床を見回った。暫くウロウロして左端の一番上に落ち着く。

「お、そこにするのー?」

 ウィリアムの身長では手の届かない場所だ。見上げるウィリアムをシファは腕の上へ抱き上げた。

「よっと! おーウィル坊も重くなったなぁー」

「でしょー? 成長してんだよー」

「そうだなぁ」

「ベルー、ベガー、気に入ったー?」

 そっと頭を撫で尋ねる。

――ピィ

――ピピッ

「気に入ったって言ってるな」

「ふふっ、そうだと良いねぇ」

 もう一度撫で、ウィリアムは下ろして貰った。眠る二羽を起こさない様に静かに鳥小屋を出ると太陽が夕日になっていた。

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