サンドウィッチを食べよう
村に足を踏み入れ歩いていると、通りがかった村人が声を掛けて来た。珍しくレイチェルが一緒なので皆がニコニコ話し掛けて来る。
「領主様なら集会所に居ますよ」と、皆が口々に教えてくれる。
「分かった! ありがとう!」
声を掛けられる度笑顔で受け答え、集会所に向かって足を進める。
「みんなちょっとにくづきよくなった?」
「うん! あれからちょっと食料供給増やしたから!」
炊き出し以降、領主邸への食料供給は最低限にし、領民への供給を増やした。領主邸内なら最悪ウィリアムの空間収納内で賄える。病人や動けない老人、幼子の居る世帯に粥を配った事で薄らと米食が浸透しはじめたのも良かった。米なら幾らでも用意出来る。
集会所へ足を向けていると、シファの姿が目に入った。
「シファー!」
声を掛けブンブン手を振ると、シファも手を振り返す。駆け寄って来て、片腕にレイチェルを抱き上げた。
「チェリーお嬢まで一緒に来たのか! お疲れ様!」
「もう! ちゃんとあるけるわ!」
「良いだろー? ああ、重くなったなぁーー」
しみじみ言うシファにレイチェルがプンスコ怒る。
「おもくなったはよくないわ!」
「あははっ! ごめん、ごめん! 悪気は無いんだ!」
ふとシファの深緑の目がウィリアムの頭に留まる。
「あれ? なんだそれ……って、ククか?」
「そう! 拾った!」
「拾ったって…」
「よわっておちていたのよ。おみずとごはんをすこしあげたらなついたの」
レイチェルはエプロンのポケットを引っ張ってシファに見せた。
「ほら、ここにも」
「うわぁ~ちっちゃいなぁ~」
声色に愛情が籠っている。
「あとで洗ってあげような」
シファは空いた手をウィリアムと繋いで集会所に向かった。
平屋建ての小屋には簡素な長机が奥に二つ並び、バルナバートとドランがそれぞれ座って書き物をしている。机の後ろには麦の大袋が積み重なっていた。
「父さま! お昼ごはん持って来たよ!」
入ってすぐに大きな声で呼び掛けると、麦を納めに来ていた村人数人が振り返って微笑んだ。
「お元気になられましたねぇ」
「よかったねぇ」
ドランが頷き麦の袋を受け取ると、村人は会釈し帰って行った。
「チェリーも歩いて来れたのかな?」
シファの腕から下りたレイチェルがタタタと小走りで駆け寄る。
「ええ、もちろん! 父さま、ごはんにしましょう!」
「ああ、そうだね」
丁度良いタイミングで人足も途切れた。シファは扉の外に顔を出し誰も麦を納めに来ないか確認して内鍵をかけた。
「外で手を洗おうか」
バルナバートが裏口から外に出て壁に立てかけられた桶に魔法で水を注ぐ。順番に手を洗い室内へ戻ると、シファが机の周りに丸椅子を並べていた。
「ありがとうシファ」
「シファも手を洗っておいで。外の桶に水を入れてあるから」
「ありがとうございます」
シファが手を洗いに行っている間にウィリアムは空間収納からサンドウィッチの積まれた皿とスープの入った鍋、皿やカトラリーを取り出した。ドランがスープをよそいつつ、チラと隣の机の端に目をやる。
「クク、ですかな?」
「うん、ククだね」
何故? と言いたげに少し首を傾げた。
二羽は大人しく寄り添い眠っている。
全員がテーブルについた所でレイチェルがサンドウィッチの説明をする。
「これがあたらしいパンよ。きのうからつくっていたものね。なかにぐがはさんであって、サンドウィッチというの」
「サンドウィッチか。美味しそうだね」
「こっちがたまごサンドで、こっちがやさいサンド」
重なっていたパンを少し持ち上げ中を見せる。
「手に持って、そのまま食べて。ピザみたいに」
「ありがとう二人共。それじゃあ、戴こう」
丸形のカンパーニュを薄く切って作ったサンドウィッチは大きさがまばらだ。一番大きなサンドウィッチはシファとドランの皿に載っている。ウィリアムとレイチェルの皿にはパンの端の方で作った小さなサンドウィッチが二つ並んでいた。
バルナバートはたまごサンドを手に取った。
「柔らかい…」
手に持ったパンの柔らかさに目を見張る。指先で何度か軽く挟み潰し、一口齧った。
父の反応が見たくて正面の席に着いたウィリアムとレイチェルはワクワク顔で見つめる。
(さぁ、どうだ!)
バルナバートは数回咀嚼し、口元に笑みを浮かべた。
「ああ――なんて美味しいんだろう。パンも美味しいけど、この玉子がこれまた…みんなも早く食べてくれ。初めてだよこの味は」
ドラン、ウア、シファもそれぞれサンドウィッチを手に取った。そして矢張りパンの柔らかさを指先で確かめている。
シファがガブリと大きく齧り付いた。
「んっま!」
ドランは一口食べ少し目を見開き、ウアは逆に目を閉じた。
「この、野菜サンドというものの食感が良いですね」
「つけもののしょっかんね。シャキシャキしていておいしいでしょう?」
「ええ、とても」
漬け物の食感を気に入ったドランは、上品に野菜サンドを頬張る。
「僕たちも食べようか」
「うん」
両手を合わせ「いただきます」と挨拶してウィリアムはたまごサンドを、レイチェルは野菜サンドを手に取った。小さな口でパクリと齧り付く。
「うん、美味しい!」
「おいしいねぇ」
モグモグ食べる二人の姿に、大人達が目を細める。
「やっぱりマヨネーズさまさまだぁ」
「おいしー」
ハードタイプのカンパーニュだが、こちらの黒パンに比べればかなり柔らかい。ようやくまともなパンを食べられたレイチェルはご機嫌だ。
「ふふっ、おいしい。ちょっとすっぱくて、これぞサワーブレッド」
野菜スープもサンドウィッチも完食し、大変満足な昼食となった。
「あのパンすげぇーウマいなぁ」
「くろパンよりひもちはしないの。みっかかよっかくらい」
「コゲ麦をあんなに美味しく出来るなんてすごいなチェリーお嬢様は」
ウアがゆっくり話す。レイチェルは歌っていた童謡を思い出した。もしも林から出て来たのが小鳥ではなくウアだったら絶対に熊だと思ったに違いない。
「にしてもどっから逃げて来たんだろうなあのクク達」
シファが言うと、皆の目が隣の机で並んで眠る小鳥に行く。
「父さま、連れて帰ってもいいよね?」
「勿論良いよ。でも鳥小屋は修理が必要だね」
しばらく使っていなかった鳥小屋は、屋根に穴が開いている。
「帰ったらすぐに修理します」
「ありがとうウア! じゃあ僕は帰ったら鳥小屋の掃除しておくね!」
「帰る前に洗っておくか? 良いですかバルナバート様?」
シファの問いにバルナバートが頷く。
「水を出そうか」
ウィリアムとレイチェルがそれぞれククを抱き上げると、裏口から外へ出た。バルナバートは桶に新しい水を出して仕事に戻った。
「まずお前からな」
シファがウィリアムからククを受け取り、そっと桶の中へ入れる。温かい季節なので寒くは無いだろう。
「ほーら、大丈夫だからなぁー」
手で掬った水を何度もかけ、丁寧に体を洗う。洗われるククも気持ち良さそうに目を閉じている。
「ふふっ、きもちいいの?」
「キレイになってきた!」
汚れが落ち、鮮やかな水色の体毛が現れる。
「よし、こんなもんかな」
肩に下げた布を広げククを包み込み軽く水気を拭き取ってやると、ピョンと地面へ跳び下りた。羽をバサバサ広げ自分で水を切っている。
――ピィ、ピィッ!
「じゃあ次はチェリーお嬢の方な」
肩に布を掛け、レイチェルからククを受け取って桶の中へ入れる。同じ様に丁寧に丁寧に、シファの手が優しく洗う。
「こいつはホントに小さいなぁ」
「まだ生まれたばっかりなのかな?」
「大きさで見るとそいつより後に生まれてるとは思うけど――んん?」
「どうかした?」
「羽が白い?」
「そうなんだよ。白いククっているんだねぇ」
「初めて見たけど…いるんだなぁ」
「きれいなはねねぇ」
「そうだなぁ」
白いククも綺麗に洗われ拭かれた。今は二羽並んで歩いている。
「おーい、中に戻るぞー」
シファが声を掛けると走って戻って来た。
「かわいいなぁ。名前はどうすんだ?」
「性別ってわかる?」
「もう少し大きくならないとわかんないな。専門家じゃないから」
「うーん…」
「ベガ」
レイチェルが白い方のククに向かって呼び掛けた。
――ピッ
「よし、このこはベガにする」
「えー、どうしよー」
足元に居る水色のククをジッと見詰め考える。
「リリ、ス―、ピピ、ベル――」
――ピッ!
「ベル?」
――ピッ!
「お、決まったか?」
「うん! ベル!」
無事に命名を終え、シファが開けた扉から中へ戻った。
「おかえ――」
バルナバートが書類から顔を上げ、歩いていたベガを見て言葉を失う。
「白い?」
「ただいまっ! 名前決めたよー。こっちの白い子がベガで、こっちの子はベル!」
「ドラン、白いククなんて見た事あるか?」
「ありませんねぇ」
「突然変異種かもしれませんね。花にも時々ありますから」
ウアの声に「ああ」と二人が同意するも、微妙に納得はいっていない。
「それじゃあ僕とチェリーは帰るね。帰って鳥小屋の掃除するー」
ウィリアムは背負い籠を背負ってバルナバートを見上げた。
「待って、ウィル。シファ、屋敷に備蓄用の分を運びながら二人と帰ってくれるかな? ついでに鳥小屋の修理も頼みたい」
「わかりました」
「いいの?」
「ああ、一番忙しい時間は過ぎたからね。ここは三人で大丈夫だよ」
「ありがとうお父さま」
レイチェルは父の足に抱き着いた。すぐに腕の上に抱き上げられる。
「こちらこそ美味しい昼食をありがとうチェリー。気を付けて帰るんだよ?」
「はーい」
レイチェルを下ろしたバルナバートは屈んでウィリアム抱き締めた。
「ウィルもありがとう。とっても美味しかったよ」
「また配達に来るね」
「ああ、可愛い配達人だね」
「カワイイけどすごく優秀でしょ?」
バルナバートはクスクス笑いウィリアムの顔を見た。
「優秀過ぎて心配になるよ全く――」
「ふふっ。気を付けてるよ?」
荷車に備蓄用のコゲ麦を積み込み、背負い籠も一緒に載せた。籠の中ではベガとベルが寝ている。荷車を牽くシファと並んで歩きながら、ウィリアムとレイチェルはシファに日本語を教えた。
『おはよう』
『おはよう』
「意味は覚えてる?」
「朝の挨拶だろ? 丁寧に言うと『おはよう、ごじゃります』!」
「ちがうわ。『ございます』よ」
『ございます。おはよう、ございます』
「上手、上手」
ウィリアムはパチパチ手を叩いた。
「じゃあ次はねー」
挨拶に簡単な単語を幾つか教えながらゆっくり屋敷まで帰った。
通用口から屋敷へ戻るとレイチェルが眠たそうに目を擦る。三人の声を聞き付けたアリゼが出迎えたので、レイチェルを託した。
「新しいお料理とても美味しかったですよ。ヒランがもっと食べたいと嘆いていました」
夢現の中、アリゼの声にレイチェルは小さく笑ってそのまま眠りに落ちた。




