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海の向こうから来た男


奴隷表現、残酷な描写があります。





「ウィルとチェリーは学院に行きたくないのか?」

 しばらく黙っていたエヴィニスが口を開いた。

「行きたくない訳では無いです! でも面倒事は避けたいのが本音かなぁ」

「おなじくー」

 ドランとエヴィニスがまた渋い顔をする。

「僕もチェリーも魔力が多いってエヴィ兄さま言ってたよね? 魔力測定でそれがバレるとマズイと思うし。僕の空間収納は隠せてもチェリーの聖属性は隠せないかもしれないでしょ?」

「えらぶってふんぞりかえってるやつにヨメにこいとかいわれたらブチギレるじしんあるわ」

(大体、異世界転生チート系って迂闊にデカい魔法使って平民なら貴族の養子にされるのが定番じゃん。嫌々家族と離れ離れ、王子の婚約者にされるとかそんなあるある自分達の身には要らないんだよな。学校通って迂闊パターンもあるし…触らぬ神に祟りなしが一番でしょ!)

 ウィリアムはうんうん頷き、エヴィニスを見上げてニコッと笑った。

「僕とチェリーが学院に行くまでまだ時間あるし! その間にどうにか隠せる術があるなら学院に行きたいな!」

「そうね、にぃに!」

「そうか…兄さまも何か手が無いか調べるよ」

「うん! ありがとうエヴィ兄さま!」


***


 草原と言えば聞こえは良い。

 草木の生い茂る場所が少しだけ切り拓かれた場所に、粗末な小屋が三つ並んでいた。

「あ、史郎だ」

 ウィリアムは小屋の前に立っている史郎を見付け「おーい」と手を振った。

『本当に来てくれた――』

 史郎は嬉しさに涙が込み上げるのを拳で拭い、小屋を回って声を掛けた。


『こんにちは! 史郎さん』

 ウィリアムが日本語で声を掛けると、史郎の後ろに並ぶ人々が息を呑んだ。

『まさか――』

『本当に…』

『みなさんこんにちは。僕はこの領地を治めるサビール家の三男、ウィリアムです。こっちが妹のレイチェル、こっちが兄のエヴィニスです。呼びにくいと思うので、ウィル、チェリー、エヴィで大丈夫です。この方は執事の――家令? 家の仕事を手伝ってくれるドランです』

『ウィル様、このような場所までようこそお出でくださいました。こちらが私の仲間達です』

 人数が多い為、個人の紹介は無い。皆が深く深く頭を下げた。

『どうぞ頭を上げてください。まだ体調が悪い方も居るでしょう? 僕達は今からここで食事を作ります。皆さんは部屋で休まれて下さい』

 史郎の状態と殆ど変わらない人々に、ウィリアムは心中穏やかでは無かった。

(そんなガリガリで最敬礼なんていいからー! マジで寝ててー!)

 手伝いを申し出る史郎やその仲間達をなんとか説得し、ウィリアム達は炊き出し準備をはじめた。

 エヴィニスに土魔法で竈を二つ作って貰う。それを見ていた人々からどよめきが走った。薪にはドランが火を点けた。防災セットの中にマッチも入っていたのだが、ドランが「これくらいでしたら」と買って出てくれた。

 米は家を出る前に洗って鍋に入れて来た。その中にレイチェルがペットボトルの水を注ぐ。ペットボトルの周りを革で覆って、革袋から注いでいる様に見せている。

『今日のおかゆは玉子がゆよ』

 レイチェルがそう言うと、またざわりとどよめく。

『お姫様も話せるのか――』

 男がポツリと溢す。

『ふふっ。おひめさまなんて。ありがとう』

 微笑んだレイチェルに男は懐かしい者を見る遠い目をした。

 粥の鍋を火にかけ、その番をエヴィニスに任せる。もう片方の竈では鍋に湯を沸かし、薄めの味噌汁を作る予定だ。具材の大根はラーダに薄切りにして貰い、木皿に入れてウィリアムの空間収納へ入れている。昨日の内にこれまたラーダに作って貰ったかぼちゃの煮物も空間収納に待機している。こちらは様子を見て出す予定だ。

 人数も史郎を入れ十六人、ある程度の用意を既に済ませて来ているのでそこまで調理の必要も無い。食事の用意が出来るまで、ウィリアムとドランは史郎への聞き取りを行う事にした。竈から少し離れた場所にドランが土魔法で簡易椅子を三つ作り出した。ただ土を盛り上げ、固めただけの粗末な物ではあるが、立ったままよりマシである。

『それじゃあ史郎さん、話を聞かせてください。どうしてここに来たのか』

『私は、ホウレキで商人をしていました。自国の品を船に積んで他国で売る。他国で仕入れた品を持って自国で売る商売をしていました――』


 史郎は貿易業を生業にしていた。大して大きな店では無かったが、見慣れぬ外国の物は双方の国でそこそこ売れ、それなりに顧客を掴んでいた。今回の仕事も順調だ――持ち込んだ品も捌け、良い品も手に入った。自分の店でどう売り出そうかと、帰国の船の上で考えていた。通い慣れた航路で、天気も良い。いつもと変わらず無事帰国出来る、そう思っていた。

 ある日の夜更け、船が海賊に襲われた。物は奪われ、人は縛られ牢へと入れられた。そこには女も子供も囚われていた。ホウレキ人も居れば、近くの他国の者も居た。死なない程度に水と食料が与えられ生かされた。どれ位船が進んだのか――幾日も経ち、牢へ囚われた者達は別の船へ移された。他国に赴き、買い付けをする史郎にも聞き覚えの無い言語が新たな船では飛び交っていた。

 ああ、自分達は奴隷として売られるのか――自分の運命を悟った。もう死んでも良いか、そう思っていたら、船が大きな嵐に見舞われた。どうやって脱出したのかは覚えていない。上か下かも分からぬ海中を我武者羅に掻いた。なんとか海面から顔を出し、近くに浮いていた木切れに掴まり流された。夜が明け、自分の周りに浮かぶ木切れの中に複数の見知った顔があった。同じく牢に囚われていた者達だ。暫く海面を漂っていると、誰かが「陸だ!」と声を上げた。確かに陸地が見え、皆力を振り絞って陸地を目指し泳いだ。


『そうしてここに辿り着きました』

『大変だったね』

「なんと言う残酷な…」

『ここに居る人の中に、その――海賊が居る可能性は?』

『ああ、それは無い。皆、牢の中で見知った顔です』

 史郎は目の前の幼い少年に言えなかった。海賊も勿論流れ着いた。三名居たが、殺した。史郎と、共に同じ船で旅をしていた数人の男とで始末した。

『ホウレキ国の出身じゃない人はどこの国の人なの?』

『ルーチュという国です。他にもガンジという国の者が囚われていましたが、その者は――』

 史郎が首を横に振る。

「ドラン、ルーチュ国とガンジ国って名前の国は知ってる?」

「いえ、存じ上げません」

『史郎さんは』

『あの、どうか史郎とお呼びください。私等にかしこまって頂くなど…』

『じゃあ、史郎。今度はここでの生活を教えて』

 ウィリアムは自分が聞きたい事を聞きつつ、父やドランから事前に聞いていた質問内容を史郎へ問いかけた。


『畑を見てみたいな』

『はい、こちらへどうぞ』

 立ち上がり、史郎を先頭に小屋の裏側へ回る。こじんまりとした畑ではあったが、丁寧に整えられているのが分かる畑だ。

『これは何?』

『芋ですね。お世話になっている青年から、植えると良いと種芋を頂きました』

『ああ、シファだね。大きい男の人はウアだよ。親子なんだ』

『彼等にはとても助けられております』

『こっちの畝は何?』

『そちらは黄色く細い大根のようなものです』

『ああ、ティカロか。麦なんかはやって無いの?』

『麦は一度試したのですが、すぐに枯れてしまいまして。また枯らしてしまってはと、種を頂く事も出来ず…』

『じゃあ主食は芋?』

『はい。それと山に入り木の実や食べられる野草を。時々罠に掛かる小さな生き物を食べています』

『そう…水はどうしてるの?』

『山の方に歩いて暫く行くと沢があります。そこで汲んでいます』

「ウィルー! 食事が出来たよー!」

 何処に居るのか分からない為、エヴィニスが当てずっぽうに大声で呼んでいる。

「はーい! 今行きまーす!」

 ウィリアムも大声で返事をし、聞き取り調査を一旦終え、昼食にする事にした。

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