持ち、と、気
痩せ細った男――史郎は、暫くして泣き止んだ。ミセリアーテが水魔法で出した水をコップ二杯ガブガブ飲み、ようやく少し落ち着いた。
『出身はどちらですか? どこから来たんですか?』
『ホウレキという国から来ました』
「父さま、ホウレキ国って所から来たんだって」
「ホウレキ――聞いた事が無いな」
『僕のお父様は知らないみたい』
『この国の名前は?』
『えーっと――ムフォルメ王国です』
『むほるめ…私も分からないな』
『史郎さんのほかにはなんにんいるの?』
レイチェルが尋ねる。
『私の他に十五人いる』
『そう…史郎さんたちはおこめを食べる?』
『米! 米があるのか⁈』
史郎が大きな声を出した為、双子が警戒して背後から二人を抱き締めた。
『ああ、すまない。興奮してしまって。もう長い事米を見ていないから――』
ウィリアムは少し考えて、バルナバートを見上げた。
「史郎の住んでる場所に行ってもいい?」
「え?」
「そこで料理して来る」
「今から行くのか?」
「うん。ダメ?」
「ウィル坊、オレが歩いても一の半は掛かるんだ。今から行ったら帰る頃には真っ暗だぞ」
「あーそっか…じゃあ明日なら良い?」
バルナバートの眉間に皺が寄る。
「父さまももっと詳しい事知りたいでしょ?」
「明日は父さまが行けないんだよ。収穫の手伝いがあるんだ」
「シファとウアももしかして収穫の手伝い?」
「ああ、そうだ」
「私がお供しますよウィリアム様」
ドランが申し出ると、バルナバートは仕方なく頷いた。
「明日は荷馬車で参りましょう。馭者は私が務めます」
「ありがとうドラン。エヴィ兄さまは一緒に来てくれる?」
「ああ、いいよ」
「おい、なんでエヴィだけなんだよ。オレは⁈」
「姉さまはいいの?」
「火も水もぶっちゃけどうにかなるんだよね。明日は作る量も少ないし」
「うっ…」
「くっ…傷ついたわ。姉さますごく傷ついた」
ウィリアムはごめーんと心の中で呟きながらも残酷に告げた。
「ミリー姉さまとフォル兄さまは明日は領地のお仕事手伝ってくださいね」
「ふふふっ。フラれちゃったわねぇ? ミリーは明日は私の執務のお手伝いね」
「フォル坊はオレと収穫頑張ろうな!」
話がひと段落ついたので、ウィリアムは史郎に向き直った。
『明日僕が史郎さんの住んでる場所に行くので、またお話聞かせてください』
『ああ、私としても助かるよ』
『ちょっと待っててください!』
ウィリアムはシファから史郎の持っていた鍋を受け取ると小屋に向かった。小屋の中で鍋に米をザラザラ注ぎ入れる。本当は米を袋に入れ、スープを鍋に入れてあげたかったが米を入れる袋が無かった。鍋の半分程まで米を入れ、史郎の元へ戻って鍋を差し出した。鍋を受け取り、蓋を開けた史郎がまたぽろぽろ泣き出した。
『ありがとう、ありがとう、ありがとうございますっ――』
両腕の中に鍋を大事そうに抱え、何度も礼を言う。
『明日はまた別で持って行くから。今日と明日の朝ごはんで食べてね』
『お水はある?』
『はい、大丈夫です』
『それならお水をたくさんいれてやわらかいおかゆにしてね』
史郎は何度も礼を言い、帰って行った。
「シローがあの何回も言ってた『あ、がと』ってどんな意味なんだ?」
「『ありがとう』よ。ありがとうっていみ」
「そうか…『あーとう』?」
『ありがとう』『ありーとう』と、レイチェル相手に何度も練習し、『ありがとう』をマスターしたシファだった。
***
翌朝、朝食を終えたウィリアムとレイチェルは麦を入れる大袋二つに米を移し、小さな壺に味噌と醤油を移し替え、もっと小さな掌サイズの小壺に梅干しを移し替えた。それらと調理器具を荷馬車に積み込み、出発した。
馭者席に四人で座る。ドラン、ウィリアム、エヴィニス、その膝の上にレイチェルが座る。サビール領唯一の馬、マンマがゆっくり荷馬車を牽きポクポク歩く。
「エヴィにぃに、魔法のことをおしてえください」
エヴィニスは学院で習った魔法理論の初回講義を思い出しながら二人に聞かせた。
「魔法を使うには、魔法理論と魔力が必要だ。まず学院に入る時、魔力測定があるんだ」
「魔力そくてい?」
「ああ。自分の属性と気を調べて貰うんだよ」
「き?」
「俺は、風魔法持ちで土の気を持ってる。フォルは火魔法持ちで土の気持ちだ」
「私も弱いながら土魔法持ちで、火の気を持っています」
ドランが横から言う。
「その持ち、と、き、って、持ち、の方が強いって事?」
「ああ、そうだよウィル」
「属性とは違うの?」
「火魔法持ちは火属性と言っても良いのかな? 只、細かい事を言うなら違う。属性持ちと判定されたら、その属性の全ての魔法が使えるって約束されたようなもんなんだ」
「うーん…じゃあ火魔法持ちが中くらい、火属性だと最大の魔法が使えるって感じ?」
「ウィリアム様は聡明ですね」
ドランが肯定したと言う事は、考え方的には間違っていない様だ。
「只ね、属性持ちでも魔力が低いと顕現出来る魔法に縛りがあるんだ」
「ほほう? じゃあ火属性持ちだとしても魔力が少ないと使える魔法は減るって事ですか?」
何ともまた面倒な作りだなーとウィリアムは唇を尖らせた。
「魔力そくていって、どんなことがわかるの?」
「自分の持つ魔法が何か、気があるのか、それと魔力量だね」
「エヴィ兄さまの持ってる魔力鑑定眼とはどう違うの?」
「俺のは大体の魔力量が分かる程度だよ」
「魔力量が多いと偉い人に目を付けられる?」
「そうだな…魔力が多いだけだったらそうでもない。二人みたいに特殊魔法を持ってたり、火と水持ちで魔力量が多いと目を付けられる可能性はあるな」
ウィリアムとレイチェルは顔を見合わせた。
「僕達って結構マズイよね? 学院に通わないって選択肢はある?」
「お金がないってりゆうじゃダメ?」
次に顔を見合わせたのはエヴィニスとドランだった。
「学院に通わないと、魔法が使えないのですよ」
「それはどんな理由で?」
「言っただろ? 魔法理論を習って魔法を使えるようになるって。まずは基礎から学ぶんだ」
「基礎って、どんなことをならうの?」
「まずは自分の持つ魔力を体の中から見つけるんだ。見つけたら魔力を操作する練習だ。体の中で魔力を動かして、操る練習をするんだよ」
「そのあとはどうするの?」
「体の中で魔力を自在に操る事が出来るようになったら魔力を外に放出する練習だね」
「魔力を放出? それは兄さま達みたいに魔法を使うって事?」
「いや、本当に純粋に魔力を出すだけの練習だ。それが出来るようになったら魔法理論を学んで魔法が使えるようになるんだよ」
「ふ~ん…学院を卒業しないと魔法は使っちゃいけないとか、資格が必要とかあるの?」
エヴィニスはウィリアムの言っている内容に困り、ドランを見た。ドランが苦笑を浮かべ、助け舟を出す。
「私は学院に通いこそしましたが、初級魔法を使える程度の魔力量でしたので二年ほどで早期卒業致しました。魔力を持っている平民等は初級を扱える様になったら早期卒業も多いのですよ」
(うーん…聞きたい事が理解されて無いなぁ)
「じゃあ例えば、学院に行かなくても魔法が使えたとしたら? それは犯罪とかにならない?」
「それは――」
「そもそも学院に行かず魔法を使えるという事が無いのですよ」
「あったとしたら、どうなの? 犯罪になる? 罰せられる?」
幼子の素朴な疑問に、二人は押し黙った。学院に入らず魔法を使えるとしたら――その前提をそもそも想像した事が無かった。魔力を持っている者は学院に通い、魔法を身に付ける。入学時の魔力測定で自分の適性を知り、基礎を学び、初めて魔法が使える様になる。それが当然で、当たり前だった。
「魔法が使える者は、それ相応の学び舎を経て魔法を使っていると見なされます。ウィリアム様の疑問に答えるなら――魔法を使っただけでは犯罪者にもなりませんし、罰せられる事もありません」
「あら!」
「そっか!」
ウィリアムとレイチェルが嬉しそうな声を上げたのに、なんだか複雑になるエヴィニスとドランだった。