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炊き出し③





 準備が整い、いよいよ配給開始となる。予定時間より少し早いが、広場には大勢の人が集まっていた。

 一家と使用人が全員並び、ドランが「お静かに」と一声掛けると、皆が静まり返った。バルナバートが一歩前に出る。

「皆の頑張り、いつも助かっている。今日の料理には領主邸内で試験的に作った作物を多く使用している。又、ミセリアーテ、フォルティス、エヴィニスが学院の関係者を伝手に仕入れてくれた物もある。まだ厳しい状況ではあるが、今日は食事を楽しんでくれ」

 バルナバートが締めるとワッと歓声が上がった。

 

 シファと双子の三人で村人を列へ誘導する。両サイドの作業台にはそれぞれにおからナゲットとスパニッシュオムレツの大皿が置かれ、向かって左にサンテネージュとウィリアム、レイチェルが、右にミセリアーテとアリゼが待機する。野菜スープはサリーとヒラン、ミネストローネスープはウアとバルナバート、野菜と玉子の中華風スープはラーダとドランが担当する。

 炊き出しや祭事等には食器類を各自自宅から持ち寄って貰い、それに配膳するのが一般的だ。皆、木彫りのカップやスープボウル、平皿を片手に列に並んでいる。


「なんだこの赤いスープは⁈」

 鍋の中を覗き込んだ男がギョッとし声を上げた。

「ミネストローネスープと言うんだよ。とても美味しいから試してみると良い」

 領主様にそう言われれば、試さない訳にいかない。不安に思いつつもスープを受け取り、おかず二種も貰ってベンチに座る。

 ゴクリ――咽を鳴らし、スプーンで一口掬って意を決し口に入れた。

「うまい! なんだこのうまさは! はじめての味だ!」

 夢中になってスプーンを動かし、最後は掻き込んで飲み干した。

「あ――」

 もう無くなってしまった。家から持って来た黒パンが残っているのに――男はしょんぼり肩を落とした。

「なんだ? どうしたよ? ウマかったんだろう?」

 向かいに座る男が顎をしゃくって尋ねる。

「いや、うまくてな。いっきに食っちまった。黒パンあんのによぉ」

「あ? 領主様がおかわりあるって言ってたぞ?」

「本当か⁈ すぐに貰って来る! おい、頼む!」

「ああ、皿は見といてやっから行って来いよ」

 男はおかわりを貰う為に列へと駆けて行った。

「うまい!」

 野菜と玉子の中華風スープにした向いの男も一気に平らげ、早く男が戻って来ないかと首を長くして待った。


「んっま! んーっま!」

 母親から野菜スープを食べさせて貰った幼子が足をバタバタさせ喜ぶ。

「んーま、ねぇ?」

「んーまっ!」

 時間を掛けてじっくり煮込まれた野菜はほろほろに崩れ、幼子でも食べやすい。

「母ちゃん、こっちのスープもすげぇウマい」

 双子と同じくらいの年齢の男の子はミネストローネスープを、父親は野菜と玉子の中華風スープを食べていた。

 幼子にスープをあげる片手間で、母親はおからナゲットを指で摘まんで一口食べた。

「あら! これもすごく美味しい!」

「んーまっ?」

「んーまっ! よ!」

 幼子がケラケラ笑う。

「おい、スープのおかわり持って来るけどどれがいい?」

「あらーどうしよう?」

「ほら、食ってみて」

 息子が自分のミネストローネスープを一匙差し出す。

「あーん、あーんっ!」

 パクリと一口食べ、目を見開いた。

「んーまっ!」

 幼児言葉が口をついて飛び出し、息子と旦那が大笑いする。周囲も吊られて笑い出した。

「じゃあ赤いの貰って来るな」

「ええ、お願い」

 スパニッシュオムレツを指先で千切って幼子に食べさせる。初めての味わいに、幼子は手を叩いて喜んだ。

「んまっ! んまっ!」

「たまご美味しいねぇ?」

「んっまっ!」

 うんうん頷きながら、母親は滲む涙を強めの瞬きで消し去った。


 ある程度皆に食事が行き渡り、後はおかわりに駆け込んで来る村人だけになった。どれも多目に作った

ので、足りなくなる事はなさそうだ。聞こえて来る楽しそうな声にウィリアムは満足そうに頷いた。

「あ――」

 村の入り口方向から広場にやって来る人影が見え、シファが低く声を漏らした。

 痩せ型の村人達よりも更に痩せ細った、今にも折れそうな骨と皮ばかりの男がこちらに向かって歩いて来る。双子がウィリアムとレイチェルを背に庇い立った

「大丈夫だ。危険は無い」

 ウアが前に出て男と対峙する。

 村人達も近付いては来ないが様子を覗っている。

「なんなんだアイツは?」

「どっから来たの?」

「今年の日の節の頭ぐらいに突然現れたんだよ。海の方角から来た。全く言葉が通じなくてさ」

 シファが双子に説明する。その後ろで聞いていたウィリアムとレイチェルは【海】の単語に目を見合わせた。

「恐らく船でやって来て、難破したんじゃないかと思う。青の守り手様にも、王都にも尋ねてみたんだけどね。知らぬ存ぜんの一点張りなんだよ。青の守り手様は引き続き調べるとは言ってくれてるんだけどね」

 バルナバートが困った様に笑った。国に尋ねても分からず、どの様な経緯で流れ着いたのか不明。他国のお偉方であれば国が動く筈なので、平民か最悪罪人の可能性もある。村に住まわせるわけにもいかず、とにかく扱いに困っているのだ。今は村の外、大人の足で歩いて一時間程離れた開墾の進んでいない土地に掘っ建て小屋を建て、身を置かせている。

「多少は食糧の援助もしているんだけどね。こんな時だから…」

 自分達も満足に食べられて居なかったのだ。二の次、三の次になってしまうのは仕方ない。

「ねぇ、にぃに。あれ着物? 甚兵衛?」

 レイチェルが耳元で囁く。

「え?」

 ウアの体躯に隠れて見えなかった男を体を傾け覗き込んだ。

「あ! ホントだ!」

 思わず大声を出してしまい、皆がウィリアムに注目する。男も驚いたのか一度ウィリアムを見たが、またウアに向き合って鍋を指差し、頭を下げた。ウアは男に掌を向け、待ったの手振りをしバルナバートの元へやって来た。

「バルナバート様、彼らにもスープを分けて宜しいですか?」

(彼、等?)

「ああ、勿論。にしても偶然かな? 彼がここに来たのは」

「あーすみません。オレが教えました。炊き出しなら良いかなって」

 シファが罰の悪い顔をする。

「それは全然良いんだよ。ウィルだって構わないだろう?」

「うん」

「只…どうやって話をしたのかが気になってね」

「三回、寝たら、コレ、持って、村、来る、食べ物、貰える――ってやりました」

 シファは区切りながら身振り手振りで表して見せた。

「スゲェな。それで伝わるのかよ…」

「シファって意思疎通能力バカ高いよね」

 双子の呟きにウィリアムとレイチェルも思わず頷いていた。

「怖い人じゃ無いんでしょ?」

「ああ、オレはそう思うよ」

「話してみても良い?」

 シファはバルナバートに視線をやった。

「父さま、いい?」

「ウア」

「はい」

 ウアは鍋をシファへ渡すと、ウィリアムの前でしゃがみ込んだ。

「俺より前に出ないって約束してくれるか?」

「うん! 分かった!」

 ウィリアムがウアの後を付いて行くその後ろにレイチェルがトテトテ続く。

「チェリー!」

 エヴィニスが慌ててレイチェルの両肩を掴んだ。

「大丈夫よ! わたしもウアのうしろにいるわ!」

「大丈夫だよエヴィ兄さま。多分悪い人じゃない」

 双子は仕方なく二人の後ろに付いて行った。

 ウアの右後ろにウィリアムとレイチェルが並び、その後ろに双子が構える。何かしようものなら魔法攻撃も辞さない構えだ。

 痩せ細った男が困惑の表情を浮かべ子供達とウアを見た。

 ウィリアムは自分を指差し「ウィリアム」と言ってみせた。男が小首を傾げる。また「ウィリアム」と自分を指差す。今度は隣で同じ様にレイチェルが繰り返す。

「――史郎」

 男が自分を指差して言った。

「シローという名前だったのか」

「史郎」

「史郎」

 ウィリアムとレイチェルは正しい発音で男の名を呼んでみせた。男は少し驚いていた。

 レイチェルが手を伸ばして男の服を指差す。

「これは?」

 意味が分からないのか、着ている服を引っ張って首を傾げている。

「ワンピース。ワンピース」

 レイチェルが自分のワンピースの腹部を引っ張って言う。男は少し考え、「甚平」と言った。その答えにウィリアムとレイチェルが頷き合う。

『この言葉が分かる?』

 ウィリアムは日本語で尋ねた。それに驚いたのは男だけでは無い。

『史郎さんって言うのね?』

 痩せ細った男は、膝から崩れ落ちうずくまって咽び泣いた。


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