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炊き出し②





「いやーホント軽いわ」

 台車を牽くシファに頻りに言われ、エヴィニスが苦笑を浮かべている。

「ずっと魔法を使われて大丈夫ですか?」

「ああ、初級中の初級魔法だからそんなに魔力は使わないんだ」

 大きな車輪二つの下に、初級魔法で生み出した風の渦を当て少しだけ浮かせる。制御するのに少し苦労したが、数日練習したら出来る様になった。

 エヴィニスは魔力量はそこそこ多いが、風魔法持ちでは無意味だと思っていた。火や水、土は歓迎される。しかし風魔法はと言えば、ハズレ扱いされる。自分が風魔法持ちだと知った日はベッドに潜り込んで泣いた。両親も姉も火と水の持ち人で、双子のフォルティスも火の持ち人なのに、どうして自分だけが風持ちなのかと、悔しくて悲しくて泣いた。土の気も持っていたから土魔法も少しは使えるが、持ち人には敵わない。

「魔法は想像力が大事か…そうなのかもしれないな」

「チェリーお嬢様とウィル坊ちゃまが言ってましたねぇ。あ、兄さん!ここで停まってくださーい」

 台車が止まると、エヴィニスも魔法を消した。


***


 茹でた大豆を粗目に潰す。すり鉢もすりこ木も無いので、ボウルに入れて木べらで潰す。その作業を行うのは執事のドランだ。

「この様な感じで宜しいでしょうか?」

 ボウルを傾け、踏み台に立つレイチェルに見せる。

「はい。そしたら次はこのおからを入れます」

 生おから一袋をドサッとボウルに入れると、手で捏ねて貰う。塩、黒こしょう、某肉屋のスパイスで味付けし、更に捏ね、タネ作りは終了だ。レイチェルはタネを手に取り、自分の掌程のサイズに成形した。

「これくらいの大きさにしてください。あつさもこれくらい」

 横で待っていたバルナバートとフォルティスに見本を見せ、作り方を教える。ドランの方も見つつ、確認と味付けだけはレイチェルが行う。成形したタネが溜まって来たら、サンテネージュの出番だ。大きなフライパンに、ウィリアムと二人でせっせと壺に移し替えたオリーブオイルを注ぐ。しばらく待って温まって来たら、おからナゲットを投入する。両面をこんがりきつね色にするのだが、ひっくり返すのにウアに作って貰った菜箸が大活躍した。菜箸の取り扱いと、油跳ねへの恐怖心の無さがサンテネージュを仕上げ工程採用への理由だ。もしも誰も居なければ、レイチェルが自分で行うつもりだった。

「お母さま、そろそろ奥のほうからひっくりかえしてください」

「ええ」

 ヒョイ、ヒョイ、と菜箸を使って器用にひっくり返して行く。

「お母さまとてもおじょうずになりましたね」

「あら、ありがとう。でも不思議だわ…棒二本がこんなに使い易いなんて。便利よねオハシ」

「おしょくじするのにも便利ですよ」

「そっちはまだお母さまには難しかったわねぇ…」

 ウィリアムとレイチェルは菜箸を作って貰った際、勿論食事用の箸も作って貰った。手の大きさに合わせて長さを決め加工して貰った箸は大変使い勝手が良く、二人のカトラリーとして常備される様になった。二人が器用に使いこなすので、まずは双子と姉が使ってみたいと言い出し、ウアに作って貰った。その後両親も作って貰ったが、皆難しいと断念。練習はしているが、食事時に使用出来るまでは上達していない。因みにラーダは完璧に使いこなしている。「これはオハシの方が食べやすいねぇ」なんて言いながら、サラダのレタスを摘まんでいた。


***


「ああ、いい具合に焼けたよほら!」

 窯から焼き型を出しながら、ラーダの声が弾む。型を二つ取り出したら、また二つ入れて焼く。

「うん! いい色! ちょっとこのまま置いて冷まそうかな」

 少しは余熱で中まで火が通るだろう。焼けているとは思うが、念には念をだ。ウィリアムは一人で頷きながら、せっせと卵を割り続ける。ラーダもその横で次が焼けるのを待ちつつ卵を割る手伝いをする。

「一生分割ってる気がする…」

「あっはっは! そうだねぇ、平民の一生ぶんならそうかもねぇ」

「卵って高いの?」

「昔はそこまででも無かったさ。毎日はさすがに無理だけどね。一宗(いっしゅう)に何回かは食べられたよ」

 一宗は十日で、これを三度繰り返すとひと月が終わる。ウィリアムはまた三縛りか? と思ったが、何故か宗だけは日の~とか、空の~とか無く、只の一宗である。

「うちの領は戦に人を取られなかったけどねぇ。代わりに食糧を出せって言われたのさ」

(供出か…戦時下だもんな)

「食糧を出すまでは良かったんだよ。その後がねぇ…」

「雨と冷害、干ばつだね?」

「ああ。仕方なく家畜を絞めて食ってくしか無かったんだよ。ククもヌルエも」

 ヌルエは焦げ茶色の毛が生えた動物で、見た目は猪に似ているが肉質や味は豚に近い。人が食べていけ無い中、家畜に食べさせる食料等ある筈も無い。屠殺して食料にする他無かったのだろう。

「じゃあ、またククを飼えばみんな食べられる様になるね」

「ああ、そうだねぇ」

「僕頑張るよラーダ!」

「頼もしい坊ちゃんだよ」

 あっはっは! とラーダは笑った。豪快な笑い声が少ししんみりした空気を掻き消した。

 

 ラーダが小屋と外を行ったり来たりしながら忙しく動き回り、炊き出しの準備は順調に進んでいた。村の上役の指示で、手の空いた男達が集会所の横の納屋から長テーブルとベンチをゾロゾロ運び出す。他にも空の木箱や木樽をいくつも適当に並べ、簡易スペースを作り出していた。

 揚げ物の匂いにスープの匂い、玉子の焼ける甘い匂い。広場に少しずつ集まり出した村人達がソワソワしている。

「おーい! ただいまぁー!」

 荷車を牽いたシファが少し遠くから大きく手を振る。荷台の上には二~三歳程の子が二人と、四歳位の

子が座ってケラケラ笑っていた。母親らしき女性が二人、荷車の後ろを付いて来ている。

「シファお兄ちゃん! もっかい! もっかい!」

「えー? しゃあねぇなぁー。ちゃんと座ってろよ? 行くぞ!」

 シファは荷車を牽きながら早めのスピードで駆けた。子供が乗っているからそこまでのスピードでは無いが、それでも充分楽しい様で、子供達の高い笑い声が響く。

「はい、到着ー」

 小屋付近で減速し停まると、荷台から一人ずつ抱き上げ下ろした。

「楽しかったー!」

「あははははっ!」

「もとっ! もとっ!」

 子供達を足にじゃれつかせながら頭をワシワシ撫でる。シファはサビール邸内の若者内で一番年上で、一個下のアリゼを筆頭にレイチェルまで面倒を見て来た立派な経歴がある。子育てのプロと言っても過言では無い。

「おかえり。スープとお粥は足りたかい?」

「おお、足りた足りた。余ってた分も帰りに配って帰って来たよ」

「そうかい。それは良かったね」

「いい匂いするー!」

「いー!」

「そうだろう? いっぱい作ったからねぇ。いっぱい食べて行きなねぇ」

「やったぁー!」

「たぁー!」

 子供達は追い付いた母親に回収されて行った。

「ラーダ、こっちのスープのおなべにもスープ作ったほうがいいよ」

 荷車の鍋を指差してレイチェルが言う。屋敷でいつもスープ作りに使用している大鍋だ。

「こんだけありゃ足りないかい?」

「あまったら持ちかえりさせてもいいじゃない?」

 おからナゲットもあと二度ほどで焼き終わる数で、竈も空く。足りないより余った方が良い。

「ま、確かにそうか。ちょっとウィル坊にお願いするかねぇ」

「ああ、俺が頼んで来るよ。何のスープ作るの?」

「オレはミネストローネが良いと思う!」

「わたしは玉子のスープかなぁ」

 シファとヒランが口々に言う。「私もミネストローネスープ」と、作業台の上で配給準備をしていたアリゼが一票投じた。

「じゃあミネストローネスープだな」

 他にあれこれ言われても面倒なので、エヴィニスはさっさと小屋に向かった。

「ただいまウィル」

「エヴィ兄さまお帰りなさい! 配達ありがとうございました!」

「ああ、皆喜んでたよ。泣いて感謝する人もいたよ」

「どっちも足りたかな?」

「うん、足りた。帰りに余ってた分も追加で配って来た」

「それはお疲れ様でした」

「あの配達用の鍋に追加でミネストローネスープ作りたいってチェリーが」

「食材出しますね!」

 ウィリアムは空間収納からヒョイ、ヒョイ食材を取り出し、マイバッグの中に詰める。リュックにカラビナで引っかけていた、折り畳みのマイバッグだ。素材的に絶対アウトだが、遠目に見る分には袋にしか見えないし、色も黒なので問題無い――と思っている。

(何度見ても不思議な光景だな)

 何も無い所から物がニュッと出て来る様は少々奇妙だ。何度見ても不思議で面白い。

「はい、エヴィ兄さま」

 食材を出し終えたウィリアムがマイバッグをエヴィニスに差し出す。

「ありがとうウィル。すぐにこのバッグは返すよ」

 言葉通り、エヴィニスはすぐに返しに来た。返しながら「この形使い勝手が良いな」と少し物欲しそうにしていた。


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