炊き出し①
昼食は朝と同じ、スープと黒パンを食べる。大きな鍋に朝食と昼食の分をまとめて作り、各々手が空いた時に取る。実の所、サビール家では昼食を食べる習慣が無かった。無かったと言うか、飢饉と流行り病で食糧事情の悪化により廃れたのだ。姉と双子は普段、一層にある学院に通う為寮生活をしており、家に居ない。せめて幼子二人にだけは、と二人分の昼食を用意させていた。父母も使用人達も、食事は朝と夕の二回。事情を知ったウィリアムが「それはイカン!」と、慌てて毎日昼食を用意する様ラーダに頼んだ。同じ食材の使い回しばかりになるが、無いよりはマシと、空間収納から食材を出し、食糧庫のスカスカだった棚を少し潤わせた。
家族の緊急事態だからと学院を休み、家へ帰って来て居た姉と双子もそろそろ学院へ戻る事になっている。人手がある内に、やっておきたい事がウィリアムにはあった。領民への炊き出しだ。
「五日後には姉さまも兄さまも学院へ戻ってしまうでしょう? その前に領民へ食事を振舞えないかな?」
家族揃って夕食を取り、空間収納内の緑茶ティーバッグで淹れたお茶を飲みながらウィリアムは父に尋ねた。
「食事? ウィルの美味しい食事をかい?」
「そう! 領民だって満足に食べれてないでしょ? みんなに美味しいごはん食べてお腹いっぱいになって欲しいんだ」
「まぁ、ウィル…」
息子の心優しい提案に、サンテネージュの笑みが零れる。
「炊き出し用の大鍋がいくつかあったはずよ? 姉さまは大賛成だわウィル」
「ああ、オレもだウィル! オレ達にも手伝わせてくれ」
「うん、俺も手伝うよ。って言っても風魔法じゃ大した事は出来ないけどね」
自嘲気味に笑うエヴィニスに「まぁ!」と声を上げたのはレイチェルだった。
「風魔法があれば色々できるはずですわ! 荷をかるくしたり、空を飛んだり! ミキサーもブレンダーもきっと!」
エヴィニスが驚いて藍色の目を見開いた。
「空を飛べるの? そんな事思いもしなかったな」
「ミキサー? ブレンダー?」
なんだそれ? と隣でフォルティスが首を傾げる。
「魔法にだいじなのは想像りょくでしょ!」
いつに無く強く語るレイチェルに、ウィリアム以外の家族がポカンとする。
「魔法に必要なのは理論と魔力ですわよ?」
「なっ――」
ウィリアムとレイチェルが絶句する。
「ああ、二人も学院に入って習う事だけど。魔法理論を理解して初めてその魔法が使える様になるんだよ」
エヴィニスがそう付け足すと、フォルティスが「モート」と呟いて人差し指の先に小さな火を灯した。
「わぁっ」
「まぁっ――」
初めて魔法を目にした末二人が感嘆の声を上げる。
「これは初級レベルの火魔法だ」
「マーティ」
ミセリアーテが唱えると、その掌にプワンと小さな水球が現れた。
「おぉっ!」
「うわぁ~」
フォルティスとミセリアーテが同時に「クートウェーカ」と唱えると火も水球も消滅した。
「フォル兄さまは熱くないの?」
フォルティスの左手を取って、人差し指をマジマジ眺める。火傷の様子は無い。
「中級くらいまでなら術者本人には効かないんだ」
「良かった…」
「もしおケガされたらわたしが治しますわ!」
「あー、弟と妹が可愛い」
「炊き出しのお話は良いのかしら?」
脱線した子供達を楽しそうに眺めつつサンテネージュが言う。
「そうでした! なので父さま! 炊き出しさせて下さいな!」
何がなのでなのかは不明だが、元気いっぱいそう言うウィリアムに、バルナバートは微笑んで頷いたのだった。
***
三日後、根の刻二の半(午後一時頃)――村の広場にサビール一家と使用人達が揃った。大きな共同窯のある小屋の前に、バルナバートとエヴィニスが土魔法で作った竈が四つと広い調理台が左右に二つずつ並んでいる。
領民の人数は成人が百五十八、成人前が三十四、それよりも更に幼い乳幼児が十五の計二百七人だ。中には動けない老人や病人も居るだろうと、屋敷で水多目の粥と薄味の野菜スープを作り荷車で運んで来た。エヴィニスの風魔法補助で車輪を少し浮かせた為、荷車を牽いていた馭者のシファが「軽い、軽い!」と大層喜んでいた。
「それじゃあ行って来ます!」
「シファ、ヒラン、エヴィ兄さまお願いします!」
「気を付けて行くんだよ。足んなくなったらすぐ追加作るからね」
小屋の前で必要な荷物を降ろし、シファ、ヒラン、エヴィニスは動けない者達の為、粥と野菜スープを配りに家々を回る予定だ。シファが荷車を牽き、エヴィニスが風魔法で補助、ヒランが配給役だ。三人を見送り、調理開始である。
「父さま、この鍋に水を入れて、ミリー姉さまはそっちの鍋に」
水魔法持ちのバルナバートとミセリアーテに水を出して貰う。薪にはサンテネージュとフォルティスが火を灯す。庭師のウアは手先が器用な為、ラーダと一緒に野菜を細かく切る調理要員だ。大量のしめじとエリンギはサリーとアリゼ、ミセリアーテに任せる。包丁が使えずとも、石突さえ切ってしまえば手で解せるので簡単だ。
本日の炊き出しメニューは野菜スープ、ミネストローネスープ、野菜と玉子の中華風スープのスープが三種類。それと生おからと生大豆のナゲットだ。食材リストを確認したレイチェルが多分作れると数日前にラーダとウィリアムと試作した所、美味しく仕上がった。多目の油で揚げ焼きにする調理方法は初めてだそうだ。茹でた大豆を潰し、生おからと混ぜて塩、黒こしょう、某肉屋のスパイスで味付けする。こちらの調理はレイチェル監修の下、バルナバートとフォルティス、執事のドランが務める。サンテネージュは各所の火の調整と、おからナゲットの揚げ焼き担当だ。
ウィリアムはと言うと――窯小屋の中でせっせとボウルに卵を割り入れていた。スパニッシュオムレツは窯焼きでも作れるらしく、屋敷から鉄製の焼き型を四枚持って来た。昔はこの焼き型を使って鳥の丸焼きや大きな塊肉の調理をしていたと、ラーダが懐かしんでいた。
「ウィル坊、マレンテとトマトが切れたよ」
ボウル二つを持って小屋に入って来たのは庭師のウアだ。頭をぶつけない様に身をかがめている。
「ありがとうウア!」
ボウル二つを作業台に置くと、ウィリアムの頭を軽く叩いて出て行った。
マレンテは形も色も大きさも、ラグビーボールそっくりな野菜だ。切ると、種やわたは少なく、濃い黄色の実がみっちり詰まっている。かぼちゃに似た野菜だ。だがウアが「マレンテ」と持って来たのは長野で買ったかぼちゃである。
茹でたかぼちゃと湯剥きしたトマトを角切りにして貰い、オムレツの具にする。ゴジョモは必要数用意出来そうも無かった為の代用品だ。
卵二十個に醤油と塩、黒コショウで味付けをする。そこにかぼちゃとトマトを適当な分量入れ、混ぜ合わせる。それをボウル二つ分用意し、焼き型にオリーブオイルをたっぷり塗り込んで流し入れる。そこまでやってウィリアムはラーダを呼びに小屋を出た。焼き型を持ち上げ窯に入れ、火加減を見るなんて所業は八歳児には到底無理なのである。