お腹いっぱい計画始動②
空間収納から次々食材を取り出すウィリアムに、ラーダが大きな声を出して驚いたのは少し前。異世界の食材だと教えたら、目を輝かせて暫く手に取り眺めていた。
「じゃあラーダはこのトマト、ってゆー野菜の皮を剥いて。このヘタの部分をくり抜いて…反対側に切り込みを重なる様に入れて、これをお湯の中に少し――僕が良いって言うまでお湯に入れて下さい」
ウィリアムはたどたどしい手付きでトマトのヘタをくり抜き、反対側に十字の切り込みを入れて見せた。湯向き前の下準備だ。
「皮を剥くんじゃないのかい?」
「お湯に入れた後で取り出して剥くんだよ。そしたらキレイに剥けるから」
「へぇ。面白いねぇ」
ラーダが残り四つのトマトのヘタをくり抜き、十字の切り込みを入れる。初めて手にする食材なのに、ウィリアムより簡単にこなしてしまう。
「この魔石コンロって便利だよねぇ」
魔石を動力源にしたコンロと焼き窯に、ウィリアムはほう…と溜息を吐いた。上下三口ずつ、互い違いに位置をずらしたコンロ。その下部には二段式の焼き窯が備わっている。
「先々代様がねぇ、食道楽でさぁ。コイツが発明された時に真っ先にここを改装して取り付けたって話だよ。【これでもっとウマいもんが食えるぞ!】ってねぇ。今でもまだ薪を使ってる貴族様も居るんじゃないかい? 料理人が使う調理場になんか金はかけん! って言いそうだもんねぇ」
「あ、もう良いよ。一個ずつすくって取り出して」
木をくり抜いて作られたレードルで、トマトを掬いボウルへ移す。
「火も一旦消していいよ」
「ここを押すと消えるよ。ほら、押してごらん」
ラーダに教えられた場所を軽く押すと、火が消えた。
「便利だー」
「便利だろう? 火加減は調整出来ないんだけどね。上の方が少し弱めで下が強めの火になってるんだよ。新しいのは火加減も調節出来るらしいよ」
「便利だぁー」
「これでも十分便利だよ。平民なんかみんな薪だよ、薪。薪代もバカになんないからねぇ。うちは魔石に魔力を入れてくれる奥様とフォル坊が居るから助かってるんだよ」
「あー。母さまとフォル兄さまは火魔力持ちだもんね。あ、皮をね、ここから剥いて。熱いから気を付けてね」
「ここから…へぇー! こんなツルツル剥けるのかい! 楽しいねぇ!」
トマトの皮を剥くラーダの隣で、ウィリアムはしめじとエリンギを切り、先ほどトマトを湯がいた鍋の中へ投入する。
「皮が剥けたら潰して」
「潰すのかい? 全部?」
「うん、全部。潰したら鍋の中に入れてね」
ウィリアムはセロリを葉と茎の部分で切り分け、すじを爪先で摘まんで取り除いた。全体を一周確かめ、硬いすじを取り除く。
「独特な匂いの野菜だねぇ。薬草みたいだ」
トマトを手で潰しながら、スンスンと鼻を鳴らすラーダに、ウィリアムはいたずら心で小さく切ったセロリを差し出した。
「このままでも食べられるんだよ? ちょっと独特な味はするけど」
あーん、と口元に持って来られた欠片を、ラーダはパクリと食べた。味を確かめる様にゆっくりと咀嚼し、ほんの少し眉を顰める。
「ううーん…クセが強いねぇ」
「あははは! 向こうの世界でも好き嫌いがハッキリ分かれる野菜だよ。僕もチェリーも好きだったけど、嫌いって言う人はたくさん居たよ」
葉っぱも茎も、小さめに切って鍋へと入れる。火を通すと味はそんなに分からない――と、思う。ラーダの潰したトマトのペーストも鍋に投入され、見た目は少しずつそれっぽくなって来た。
「ラーダ、ティカロも小さく切って葉っぱと一緒に鍋に入れて?」
「ああ」
ラーダはトマトで汚れた手を洗い、ティカロと呼ばれる野菜を手に取った。薄黄色い、細身の根菜だ。恐らく人参の様な物だろうとウィリアムは踏んでいる。
黒パンはまとめて焼いていると記憶にある。確か焼いてから数日寝かせた方が少し美味しくなるらしい。とても硬いが、栄養は白パンより高い。
(でも栄養素が黒パンの方が高いとかこっちの人は知らないんだろうなー)
今日の所は黒パンで我慢して貰うとして、具沢山のスープだけではチートとしては物足りない。ウィリアムは卵を一パック取り出した。長野の道の駅で【生産者の〇〇です】と言う写真入りのポップが目に入り、人の良さそうなお爺さんの笑顔に釣られて買い物カゴへ入れていた。
「ウィル坊! それは卵かい⁈」
人参もどきのティカロを切っていたラーダが大きく目を見開く。
「う、うん。そうだよ」
「卵なんて久しぶりに見たよぉ! あー、食べたいねぇ。たまらないねぇ」
(ああ、そうだ。飢えが酷過ぎて飼ってた鶏は全部潰して食用にしたんだっけ)
領主邸の敷地内、広い庭園の一角で二十羽程飼っていた。水色の羽に黄色い王冠の様なトサカの、日本の鶏より二回り程大きい【クク】と言う名の魔鳥。双子が学院に上がってからは馭者のシファとウィリアムで世話をしていた。
(食用にするって言われて大泣きしたっけなぁ)
「またいつか飼いたいなぁー」
「あん時はねぇ、ホントにどうしようも無かったんだよー。シファも陰でこっそり泣いてたさぁ」
「えっ⁈ そうなの? 知らなかった!」
「あの子も小さい時から生きもの好きだったからねぇ。あん時ばっかはククを絞められなくてさぁ。旦那様とウチのとワタシの三人で絞めて、処理したんだよ」
「そうだったんだ…ありがとうラーダ」
「――さて、ティカロも切って入れたよ。どうするんだい?」
「うん、上のコンロに移して火にかけて」
「あいよ」
「次はね、ゴジョモを切って欲しい。皮を剥いて、さっきのティカロくらいの大きさに切って」
「全部切るのかい?」
作業台の籠の上には、ウィリアムの握りこぶしサイズのじゃがいもに似たゴジョモが八つ入っている。
「んー四つで良いかな?」
「四つだね」
ゴジョモを四つ手に取り、水で洗って皮を剥きはじめたラーダを横目に、ウィリアムは二つのボウルに卵を五つずつ割入れた。空間収納の中身を整理した【リスト】を思い浮かべると、使った卵一パックがしっかりと補充されている。トマトやセロリも同じく補充されていた。
(おぉー! これぞ異世界! これぞチート! 神様ありがとうございます!)
ウィリアムは上機嫌で卵を溶きほぐそうとし、ピタリと動きを止めた。
「お…お箸が無いっ!」
ナイフとフォークで食事をする習慣の国に、棒が二本の箸なんてあるわけが無かったのだ。今までずっとスープ生活で、スプーンさえあれば事足りたので忘れていた。
「オハシ? ってなんだい?」
「棒が二本あって、料理の時に使ったり、ごはん食べる時に使う道具…」
「棒二本で食べられんのかい? 不思議だねぇ…木工細工で良いんならウアに頼めば作ってくれるんじゃないかい?」
ラーダの夫、庭師のウアの名前を上げると、ウィリアムはハッと顔を上げた。
「そうだ! ウア得意だったね! 絶対作って貰おう!」
今日も息子のシファと村へ農作業を手伝いに行っている、熊の様な大男を思い浮かべ、ウィリアムはフォークで卵を溶きほぐした。
(ウアー! 早く帰って来てー! お箸! 菜箸も! 頼むーっ!)




