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間引き

 鬼神はアイダに全てを話した。

 村にはよそ者に言えない闇の歴史が有ったという。飢饉では皆が飢え、木の皮を煮て食うありさまで、存続の危機に立たされた。そんな時に無理やり行われた、間引きや口減らしである。村八分にされたような一家が狙われた。

 深夜、集団で襲い、家族皆殺しである。何の罪もなく命をうばわれ、赤子だろうと容赦なく殺される。屍は村の墓地ではなく、特別な谷間に捨てられた。そのような事が飢饉の度に行われた為、谷間では殺された者達の怨念が積もり積もって人外のものに……

 死者の霊が鬼となる時、それを止めるすべはない。

 谷は忌み嫌われる不浄の場所となり、いつしか鬼が出ると恐れられる存在になった。やがて村人の恐怖が本当に鬼を呼ぶ事となる。あるきっかけで、ついにうずたかく溜まった怨霊は鬼神となり村人を襲い始めたのだ。

 鬼も神も人との関わり無くしてはこの世にはない。人の心がこの世に生じさせる。鬼神もしかり、人の負の心掛けがこの世に鬼を生じさせたのである。殺された者たちの怨霊がどれほど恐ろしい祟りをなすか、それを恐れた村人の心が鬼神をこの世に生じさせ呼び寄せたのだ。

 鬼神は村の悲惨な歴史の一部であったのである。


「村人は皆殺しにしてやった」

「…………」


 野党集団のゴルゴル族を操り、村人を惨殺したというのである。


「あの娘をのぞいてな」

「…………」


 悪霊も人の心が呼び寄せる。そのような負の感情が人に無ければ霊も取り付くことが出来ない。憑依も不可能なのだ。ただし護符を身に着けたり、般若心経を唱えたりしている者は鬼には見えず、近づく事も出来ない。娘は鬼につけ入れられるような心を持ち合わせてはいなかったようなのである。


「だがあの娘は男の声掛けだけには返事をしたのだ。それでぬゑとなった」


 娘に憑依した男はいいなずけであった。だから男を慕う娘は反応し、それがきっかけでぬゑとなってしまった。


「その男はなぜ……」

「赤子の肉を食らったのだ」

「…………!」


 飢えた男は死線をさ迷い、ふらふらと禁断の谷までたどり着いたが、既に立っている気力も無い。その場にしゃがんでいると、何やら目の前に転がっているものがある。だが、よくよく見て悲鳴を挙げそうになった。横たわる髑髏が男を見ているではないか。

 ほうほうの体でそこを離れて、しばらく歩くと、今度は打ち捨てられた赤子を見つけた。まだ肉が付いていて、腐乱しているようではあるが肉は肉である。男はいつの間にかその赤子の腕をむしり取り、その肉にかぶりついてしまっていた。忌避さるべき食人の戒を犯したのである。だが飢えた者がいきなり大量の肉を食ったのだ。男は胃が痙攣して死んでしまう。その死にゆく瞬間から男の容貌は生成のように変化して、さらにその肉を手に娘の所に行った時は、完全に鬼となっていた。

 しかし男に操られ、無理やり食わされた娘は口に含んだが、それはやはり腐敗した肉だ。うっと吐き出してしまう。それでも娘は憑依され、ぬゑとなってしまった。


「その娘をお前は救うというのか」

「はい」

「念のため言っておくが、今日は七日目だぞ。分かっておるであろうな」

「分かっております」


 鬼神は改めてアイダを見据えた。


「しかしその方、何ゆえにこのような行動をとるのだ」

「私は精霊界、いえあらゆる界の悪を正しに――」

「悪だと!」

「…………」


 アイダは不退転の決意でここにきている。その表情を見た鬼神はふっと息を吐いたように見える。


「ふん、ならば好きにせよ。儂は邪魔だてせんことにする」

「有難うございます」

「はっはっはっ」






 アイダには納得いく点が確かに有った。娘の身体が異常に細かったのだ。やせ衰えていたのを記憶している。その娘に取り付いた男は死んでから多分七日目なのだろう。鬼神もそれを言っていたに違いない。人界で言われる初七日は、人が死んでから、まだ魂がこの世に残って居る間である。


「今夜はぬゑとなった男の魂がこの世に残っている最後の夜でしょう」


 娘には娘の世界が有るように、ぬゑとなった男にも、娘と同じように生きた自分の世界が有った。しかし死んだと分からない、もしくは思いたくない男は娘に憑依してその世界に入り、それが自分の世界だとしているのである。娘にとっても、男にとっても自分の世界がこの世の全てであり、自分の世界が無くなる危機を感じたのか男は娘の世界に取り入った。しかしそれが出来るのは、死んで七日目までだ。死んだ者と生きている者が出会えば、良くない事が起こるのは道理である。このまま明日になれば男はこの世に留まる事ができず、憑依された娘は本当に死んでしまう。


「では――」

「あの娘さんの命が危ない。今夜がちょうど七日目なら、助けなくては。あの世に連れ去られてしまうわ」




 アイダとレイラたちは娘が最初に案内した屋敷跡に着きひそんでいる。娘の世界は此処にあるから、ぬゑとなった死者もここが自分の世界だと信じているだろう。ワイナたち皆は気配を消し、そのものがやって来るのを待っているのである。




 ――夜半。

 苔むした杉の根がうねうねと地を這っている。

 娘は素足である。

 足音も無く自分の家に帰って来た。

 機を見てアイダが娘の前に出ると、反撃の隙を与えず呪文を唱えた。


「アラカラカザンヴォカザンヴーー」

「ぐあっーー」

「去れ、お前は死んでいるのだ」


 娘の身体から何か人のような影がふわっと出て来ると、すぐに消えた――


「ワイナ、その剣を娘さんに渡して!」

「剣を?」


 娘はまだ意識がはっきりしないまま、うつろな目を周囲に投げかけている。


「早く、一瞬でも隙を見せたらまた憑依されるわ」


 アイダが呪文でぬゑを追い出している間に、ワイナの所持する聖剣ヌアザを娘に持たせて一晩過ごせばいい。ぬゑは憑依できず諦めるだろう。日付が変わる直前に憑依される危険性を考え、娘に聖剣を持たせていたら安全だ。女神ダヌから授けられた聖剣は、悪霊などの脅威から娘を守るはずなのである。

 だが憑依が何故起きたのか。娘が強く願わなければそれは起きないはずである。悪霊も人の心によって左右される。娘が望んだから男の霊が娘に入ったのだ。


「その刀を放しておくれ」

「…………!」


 深夜となり、何度も男の霊が娘の元にやって来るが、娘にはその剣を何が有っても離さないようにと、きつく言ってある。


「アイダ、いっそ呪文で退治してしまえば……」

「いえ、これは娘さん自身の力で解決した方がいいのです」


 娘には男がなんと言って来ようと、その剣を抱いたまま、決して放してはいけないと言い聞かせてある。悪霊を防ぐかどうか、全ては娘次第なのだ。娘の気持ちが何度も揺らぐ中、男の霊は言い寄り続けている。


「お願いだ、その刀を放しておくれ、でないと私は……」

「…………!」


 小屋の中で聖剣を抱いて座る娘は、目を固く閉じている。


「さあ、私と一緒になろう」

「…………」

「その刀を放してくれないと……」

「…………」


 娘は一層固く刀を抱きしめ、放そうとはしなかった。

 やがて暗かった小屋の外がゆるゆると明るくなり始める。

 やっと朝日が昇り始めたのだ。

 男の霊は去り、消えて行く――

 後に裏山で一人の男の屍が見つかり、それは娘のいいなずけであった。


「終わりましたな」

「オシラサマ」


 くだんの老人が現れた。


「娘さんは一人になってしまいました」


 アイダのつぶやきに、


「いや、そうでもない。何人か逃げていた村人がいずれ戻ってくるはず。これからもその者たちの心の支えになるのが儂の務めなのじゃ」






 アイダがレイラやワイナたちを連れて、また新たな冒険の旅を始めようとした時、

 

「わっはっはっはっ」

「これは!」


 何処からか聞こえる鬼神の声に、アイダたちは身構えたが、


「…………」


 そのまま何事も起こらなかった。するとアイダは呟くように話し出した。


「鬼神の思いはどうなんでしょうね」

「えっ」

「実はあの娘さん、鬼神が生前思いを寄せていた女性でもあるの」

「…………!」


 アイダはまだ皆に話してなかった鬼神の秘密を語り出した。村では生前の鬼神を含む二人の男性が娘を思っていた。一人は既にいいなずけでもある。だが、なんとその娘の一家が間引きの対象になり、鬼神ともう一人のいいなずけは娘を殺害しなければならない事態になった。村の掟は冷酷であり、反対する事は村八分の対象となる。それは村で生きていけない事を意味する。

 そして当日が来た。

 月も無く風も無い深夜で、

 泥のような空気が辺りを覆っている。

 村の男達全員が手に手に松明を持ち娘の家を包囲した。

 鎌を持つ者から鉈を持つものまでいる。


「やれ!」


 男達の何人かが手にした松明を投げ捨てると、両手で武器を握りしめ惨劇が始まった。全員がりがりに痩せた身体であるが、憑かれたように、闇の中でゆらゆらと揺れる松明の光に照らされ動き出したのである。

 寝ていた家族は逃げる間もなく次々と殺され、ついに刃は娘に迫った、


「止めろ!」


 鬼神の振り下ろした鉈が、娘を殺ろうとしている者の背中を切り裂いた。

 後は娘を背後にする二人の男と村の男達との激闘が始まる。だが、多勢に無勢、血を見た男達の心は既に鬼と化している。


「逃げろ」


 鬼神は隙を見て娘といいなずけである男を逃がすと、村人との勝算の無い殺し合いに……

 腕を切られ、

 頭を切られ、

 吹き出す血に染まった身体で、顔は既に赤鬼の形相である。


「シャッーー!」


 ついに背後から手斧が凄まじい勢いで振られ、鬼神の首はぐらっと折れた――


「追えっ」


 血走った男達は外に逃げた娘と男の後を追ったが、二人はついに森の闇に紛れて逃げ延びる事が出来た。

 松明の灯りが山のここかしこに揺らいでいた。

 村にゴルゴル族が現れたのは、それから暫く経ってからである。

 これまで間引きと称して殺されてきた者たちの怨霊が渦巻くように鬼神となり、復讐が始まったのであった。


「鬼神の襲撃が起こる前はそんな事が有ったのか……」







「さあ、行くわよ」


 更なる冒険の始まりである。先頭を行くのは虹の精霊アイダ。

 続くジャガーのワイナ、

 ゴリラのトゥパック、

 沼の主から遣わされたキイロアナコンダ、

 風の悪魔少女レイラ、

 ドラゴン・バーブガン、

 犬の精霊ノラ、

 トゥパックを御主人様とよぶカラス、

 そして最後は、陰ながら付いて行くレイラの守護天使セラムである。


 一行が立ち去る村は、ことのほか厳しい冬が既に去り、ほろほろと柔らかな風が辺りを包んでいた――





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