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ゴルゴル族


 世界最強の闘犬とされる犬にピットブルがいる。そのように勇猛な闘犬でさえ、七匹以上で同時に向かっても勝てないだろうと言われるのが、密林の王者ジャガーである。その敵の頭蓋骨をも一瞬で噛み砕く凄まじい破壊力は、同じ猛獣のピューマでさえ敵わない。一方ライオンの雄はたてがみが急所の首をカバーしているせいで、これにかなう猛獣はいないと言っていい。だからたてがみの無い雌のライオンとジャガーではいい勝負といえる。戦いは相手の喉笛を先に取った方が勝つだろう。だがこの朝、両者は立ち会った瞬間から互いのレベルを感じ取り、そんなに簡単な勝負にはならないと見切った。

 聖獣であるライオンだが、決して油断はしていない。ジリジリと慎重に間合いを詰めてゆく。場合によっては最初の一撃で勝負が決まるかもしれないのだ。

 

「ガゥッーー!」

「ガッーー」


 突然両者が激突、前足の激しい殴打、地鳴りを伴って取っ組み合い、組み伏せ、互いに相手の喉を狙う。土埃が周囲を舞って、次第に持久戦になってくる。しかし、不思議な事にライオンが聖獣の特別な力を行使しているようには見えない。ジャガーを前にして、己自身の力だけで戦おうとしているように見えるのだ。

 ジャガーの身体が組み伏せられて、ワイナが危ないと思われた瞬間、セラムは何度か救おうとした。だが、何故か躊躇してしまうのだった。二頭の崇高な戦いが、第三者の立ち入りを許さないのであった。

 しかし、いつまで続くのかと思われたその瞬間、最後の出来事が起こった。


「ガゥッ!」


 ライオンの攻撃がジャガーの喉に達しようとしたその時である、瞬発力で勝るジャガーの牙がライオンの下顎を先に捉えた――

 ライオンと比べて、短かなジャガーの顎は凄まじい破壊力を発揮する。鈍い衝撃音が周囲の空気を振動させ、ジャガーの頑丈な牙がライオンの下顎を砕いたのであった。

  血に染まった顎が惨めに垂れ下がっている。

 寸前まで激しい戦いの場であった地表に立ちすくむライオン。

 その姿から、既に聖獣の威厳は感じられなかった。

 ジャガーは動かず、ライオンの次の動作を待っている。

 やがて負けを認めたライオンが悄然と消え去っても、女神イシュタルはしばらく何が起こったのか分からずにいた。

 しかし、


「……この剣は返しましょう」


 イシュタルもついに負けを認め、ワイナに聖剣を渡すと、静かに去って行った。

 

 「やった、ついに勝ったぞ」


 トゥパックが飛び上がって喜んだ。ワイナは熾天使セラムの助けも無く、自力でライオンに勝ったのだった。


「真の勇者であった。あの者が特別な力を一度でも使っていたら、私は負けていただろう」


 ライオンの消えて行った先を見つめるワイナがしんみり呟いた。






「さあ行くわよ」


 虹の精霊アイダ、そしてワイナ、トゥパック、キイロアナコンダ、ドラゴン・バーブガン、レイラ、犬のノラと、トゥパックを御主人様と呼ぶカラス、さらに謹慎の解かれたレイラの守護天使セラムが、新しい冒険の旅に向かって歩き始めた。

 そして休む間もなく、風の悪魔少女レイラが新たな情報をもたらした。


「アイダ、西の村々が簒奪者に襲われていると、助けを求めています」

「簒奪者……」

「はい、ゴルゴル族です」


 ゴルゴル族とは遊牧を生業としている蛮族であり、鬼神を祀っている。その神出鬼没ぶりと残虐ぶりに村々の誰もがおびえ切っているという。鬼神が関わっていると言うのであれば、これはアイダたちの出番である。


「すぐ行きましょう」

「よっしゃ、今度はおれが一丁暴れてやるか」


 トゥパックが息巻いた。だが村の入口まで来ると、道の真ん中に剣が刺してあるではないか。


「何だこれは」

「これ以上入るなという警告だわね、私たちが来る事を何故か知ったんだわ」

「カラスは居るか?」

「はい、ご主人様」


 カラスがトゥパックの前に舞い降りた。


「先に村の様子を見てこい」

「分かりました」


 トゥパックの指示を受けたカラスが舞い上がる――


「村に人影は有りませんでしたが……」


 さほど大きな村ではない。偵察に行ったカラスはすぐ戻って来ると報告したが、


「なんだ、まだ何かあったのか?」

「あの……」


 カラスが言い淀んでいる。


「なんだ、はっきり言わんか」

「はい、実は、墓場に六つの新しい穴が掘って有りました」

「穴だと!」


 墓場に穴なら、墓穴である。それが六つとはどういう事なのか。


「…………」

「くだらねえ真似をしやがって、それはお前たちの墓穴だと言いたいんだろう」


 トゥパックがそう言って吐き捨てた。


「だけど、六つとは……」

「アイダ、ワイナ、トゥパック、バーブガン、レイラ、それとおれで六人だろ」


 とキイロアナコンダが呟く。


「犬のノラとカラスは数に入って居ないんじゃないか」

「そうか……」


 数にこだわるキイロアナコンダに、


「あ、あの、そんな数なんかどうでもいいんじゃないの」


 帰って来たセラムの存在をまだはっきり話してないレイラが急いで話題を変えた。守護天使のセラムはまだ人の姿で現れてはいないのである。

 アイダたちが村に入って行くと、カラスの言う通り、確かに人の気配が無い。村を一巡すると、山肌に張り付くようにして無数の埋葬跡がある墓に着く。そして掘られたばかりらしい穴も見つかる。


「これか」

「確かにこれは新しい墓穴だな」


 墓の横には巨大な広葉樹がそびえ、静かに落葉し始めている。この墓に埋葬された死者たちの血で染まったような枯葉が、墓場一面に散っているのである。


「レイラ」

「はい」

「ゴルゴル族の祀っているという鬼神について教えて」


 アイダが風の情報を操るレイラを振り返って見た。


「ゴルゴル族にとっての鬼神は天地万物の霊魂あるいは神々を意味し、目に見えない精霊や荒々しく恐ろしい神を意味します。鬼神の名はフーゴといい、生者に禍をもたらす霊であり、祈祓の対象です。鬼神フーゴは生者が持っていた魄の死後の姿でもありそうです」

「と言う事は、村人も死んだ後は……」

「それでゴルゴル族は死者の霊を恐れているのね」


 敵対するかもしれない者の為に、わざわざ墓穴を掘るという行為が、それを証明していると言うのである。


「そうか、生きている者は恐れないが、死んだ者を極端に恐れているんだな」

「無慈悲に村人を殺す蛮族と恐れられているのに、いざその相手が死んでしまうと、今度は死者の霊が怖くて埋葬するのか……」

「だったら殺さなければいいのに」

「だから蛮族なんだ」


 だが、村人が一人も居ないので話の聞きようがない。アイダたちが来る前に全滅してしまったようなのである。





 日が暮れて野宿をしようと薪を集め始めた。


「それにしても人気のない村はこんなに不気味なのか」

「…………」

「とりあえず火は消さないようにしようぜ」





「トゥパック、起きろ」

「あん?」

「客人だ」

「客人……」


 ワイナたちの寝ている周囲に、焚火で反射した無数の光る眼が並んでいる――



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