アイダたちの危機
「サマエルだけをおびき出せないかしら」
アイダはサマエル1人だけとなら、何とか戦えるのではないかと提案しているのだ。セラムが戦力から外れた以上、ピンポイントで攻撃する必要がある。全面戦争では戦いが長引けば不利になるだろう。多勢に無勢ではないが戦力が違いすぎる。相手には女神と軍神も居るのだ、配下の軍団が出て来るかもしれない。そうなれば真面に戦っても勝ち目はない。
「とにかく私が偵察に行ってきます」
レイラがトゥパックを見る。
「一緒に行ってくれる?」
「もちろん行くにきまってるだろ」
「じゃあ私の傍に来て」
「…………」
「アラカザホートシャザムスヴァー」
レイラが呪文を口にすると、トゥパックとノラは風に乗っていた。
宮殿には忍び込めたが、サマエル1人を誘い出す罠がなかなか思いつかないレイラとトゥパックである。
「どうしようか」
「いっそのことおれがいきなり喧嘩を吹っかけて逃げるってのはどうだ」
「はあ」
「奴は必ず後を追っかけて来るだろう」
「あなたねえ、まじめに考えてる?」
トゥパックを睨みつけたレイラであるが、
「そうだ、トゥパック、いい事を思いついたわ」
「どうするんだ?」
「いいからついて来て、途中で話すから」
レイラはトゥパックとノラを連れて再び風に乗った。
「この辺りでいいわね」
宮殿から少し離れた郊外の酒場にやって来た。
「彼奴はホルスなんかじゃねえぞ!」
トゥパックは大声を出した。いきなり怒鳴り始め、周囲の注目を集める。
「真っ赤な偽者だ」
もちろんレイラの指示である。
「なにしろ彼奴自身も目が悪いんだからな」
酒場内は騒然となった。
「あんた、ホルス様の悪口をそんな大声で言って――」
「なにがホルス様だ、あいつは悪魔のペテン師さ!」
何人か外に飛び出て行くのを見届けたレイラは、
「トゥパック、そのへんにして次に行くわよ」
今度はもう少し離れた場所で、また大声を出してサマエルの悪口を言いふらした。それを何度か続けると、もうかなり郊外に来ている。
「一旦みんなの所に戻りましょう」
レイラはアイダに事情を説明して協力を仰いだ。
「分かったわ」
今度は全員で郊外に行くと、サマエルの動向を監視する事にした。
宮殿ではサマエルの下にレイラたちの情報がもたらされていた。
「なに、儂の悪口を言っている大男だと」
「はい、傍には犬を連れた小娘が居たという事で御座います」
少し小首をかしげたサマエルは、すぐに思い当たった。
「こざかしい連中め」
「何事です」
聞いてきたイシスであるが、別に隠す必要もない。面倒な連中だと話して聞かせた。
「では、軍を出して一気に叩いてしまいましょう」
イシスは今サマエルに何かあっては困ると考え、軍神セトを向かわせることにした。
「いいこと、軍を動かして一気に潰しておやり」
「分かりました」
レイラが声を上げた。
「アイダ、軍がこちらに向かって来ます」
「えっ、サマエルは?」
「どうやらセトが率いる軍団だけのようで、サマエルの姿はありません」
チャリオット(戦車)は古代オリエント世界で使用された。二輪で馬が2頭から4頭立て、1名の御者と1名の戦士が乗っている。それが20台ほどで駆けて来たのだ。だがここで無駄な争いをする訳にはいかない。
「仕方がないわ、一旦撤退よ」
「くっそ、いいアイディアだったんだがな」
作戦は振り出しに戻った。他の方法を考える必要がある。
「でもサマエルは1人で解決する気など無いようね」
「女神のイシスに話して頼んだんだな、女々しい奴め」
「こうなったら正攻法でぶち当たるしかないな」
そう発言したのはジャガーのワイナだった。
「それって、真面にやり合うって事?」
「そうだ」
「正面から?」
「そういう事だ」
「だけど、それでは勝算が……」
敵はサマエルにイシス、そして軍団を率いたセトである。
「問題はセトの軍団がどれくらいかって事だな」
「今回は20台ほどだったけど、戦争となればもっと出て来るでしょう」
「いやサマエルはこちらの人数を分かっているから、20台以上は出てこないんじゃないかな。セトも相手が6人や7人だったら戦争とは考えないだろう。それに軍神としてのプライドも有るだろうしな」
「と言う事は、敵はざっと見積もって約3倍か。よし、やってやろうじゃないか」
最後にそう言ったのはキイロアナコンダであった。
「じゃあやるしかないわね」
「みんなそれでいいの?」
「もちろんだ」
全員が正攻法で戦う事に賛成した。
「それでは向こうを挑発してきます」
そう言ってレイラは再びトゥパックと共に風に乗り出かけて行った。
相手をしてやるから出てこいなどと挑発行為を繰り返していると、敵は思った通り戦車が20台ほどで、サマエルとイシスが宮殿出たと確認された。
「敵の戦車は最初に槍を投げるか、矢を射って来るでしょう」
「そんなへなちょこ矢など蹴散らしてやる」
「トゥパック、落ち着いて。私とレイラで防御スクリーンを張って最初の矢を防ぐわ。攻撃はチャンスを見て合図するから、それまで待って」
「……分かった」
「来たぞ」
ついに敵が現れた。レイラの情報通り、戦車に乗ったサマエルとイシス、さらに20台ほどの戦車を指揮する軍神セトである。サマエルは途中で戦車を降りた。中央にイシス、左右にセトとその配下の戦車群である。
「構えろ」
セトの号令で戦士全員が弓に矢をつがえた。
「みんな集まっているわね」
アイダの指示通り、ワイナ、キイロアナコンダと皆が防御の中に居る。やがて迫って来る軍団が矢を射ったが、呪文で張ったスクリーンが全てを跳ね返す。
「槍を使え!」
セトの号令が響いた時、
「シャーーヴォアーーシャザムァーハースヴァーハー」
イシスが呪文を口にするのを見て、防御がもたないと判断したアイダ、
「スクリーンが破られるわ、攻撃して!」
「やろう!」
ワイナ、キイロアナコンダ、トゥパックが軍団に向かい切り込んで行く。ノラも猛犬に変身して飛び掛かり混戦となったが、戦車に乗った戦士は白兵戦になると意外に不利であった。狭い戦車の上は動きに制約が掛かり、思うように動けない。さらに手綱を握っているだけで武器を持たない御者が邪魔となっている。やはりこの戦車は走り続けながら弓を引くという戦闘に向いているのではないか。
トゥパックの剛剣は混戦のチャンスを利用して、瞬く間に4人の戦士を切り伏せた。キイロアナコンダも剣を水車のように振り回し、縦横無尽に戦場を駆け抜け5人も倒す。混乱の中他の戦士は弓や槍での攻撃が思うように出来ないでいる。その中で1人異彩を放っている獣の頭を頭上にした軍神セトには、剣豪のワイナが切り掛かった。だがさすがは軍神であり、自身も剣を抜き対等な勝負をしている。
「レイラ、イシスをやるのよ」
「アラカザーー、シャスヴァトシャザムスヴァーハー」
「アラカザンヴォアラホートシャザムスヴァー」
もちろんイシスも反撃を開始、
「アラカーー、シャーーヴォアーーシャザムァーハースヴァーハーー」
女神イシスの呪文は強力であった。
「うっ」
「レイラ!」
膝を折ってうずくまるレイラにアイダが駆け寄った。
さらにイシスの呪文が覆いかぶさる、
「アラカーー、シャーーシャザムァーハースヴァーハーー」
アイダもレイラも完全にイシスの力を見誤っていた。やはり相手は神であった、呪文のレベルが違い全く歯が立たない。ついにアイダまでもが倒されてしまう。イシスは次に戦士と戦っているトゥパックに向かって銛を投げつけた。
「ガウッ!」
トゥパックの身体がビクッと跳ねた。銛が大腿部を貫いたのだ。とっさに片手で銛をつかみ抜こうとするトゥパック。だが返しの付いた銛は抜けない。無理に抜こうとすると鮮血が噴き出る。トゥパックは銛が刺さったまま鬼の形相でイシスをにらみつけ、数歩歩きイシスに向かったまま倒れ込んだ。それを見たキイロアナコンダが駆け寄ったが、
「トゥパック、うっ」
キイロアナコンダも背中から前面まで槍を突き通され、口から血を吐き、ばったり倒れた。
ワイナはセトを相手にかろうじて踏みとどまっていたが、周囲から数人の戦士に槍を突き出されて全身から流れ出る血が止まらない。ノラは脇腹に数本の矢を受け、戦士の喉笛にかみついたまま瀕死の身体を振り回されている。
「フッフッフッ」
後方からサマエルがぬらりと現れた。
「どうやら終わったようだな」
女神イシスの情け容赦のない凄絶な呪文攻撃に、レイラはおびただしい血を流している。それでも反撃しようと、
「こんな事では……負け……ない……んだから……」
よろよろと立ち上がって前を向き、呪文を出すべく手をかざそうとする。そのぼやけた視界の中に現れたのは、
「……セラム……」
「レイラ、私の手を握って」
「…………」
守護天使セラムが両手をレイラの前に出した。
「私は貴方の中に入るわよ」
「えっ、……私の中に?」
「合体するの」
「…………!」
前面に出るのはレイラだけで、セラムはレイラの中に居る。この戦闘の場に天使は居ない、ただレイラという風の悪魔だけが戦ったという事にすればいい。もちろん2人のパワーが合わされば当然相当な戦闘力となるだろう。だが、単純に力が増えるだけではない。それぞれのパワーが共振しあった結果、レイラの戦闘力は3倍、いや5倍にも6倍にも跳ね上がり、凄まじい威力を発揮するはずである。
共振とはエネルギーを有する系が外部から与えられた刺激により固有振動を起こすことである。特に互いの刺激が固有振動数に合致すれば、その共振幅は無限となる可能性まであるのだ。
ただし、普通に悪魔と天使が出会えば必ず拒否反応がでる、それは当たり前である。ましてや両者の合体など理解の限度を超えている。だがセラムはレイラの純真性に掛け、その可能性を信じた。この試みは必ず成功するはずだ。そして2人の合体により生み出されるパワーは、想像をはるかに超える破壊力を発揮するに違いない。それは風の悪魔と熾天使が合体するという、史上にも例を見ない、超絶な戦闘力を秘めた戦士の誕生となるはずであると。




