第90話:結婚式(1)
「ふむ、参加者全員が棄権とは、奇妙な事態になってしまったな」
天魔は、玉座の上から、とても冷静な口調でそう答えた。
娘の武人としての成長を喜びつつも、天魔神教の教主としての威厳が崩れないように、表情は平静さを保っている。
「いずれにせよ、ロゼを除けば席は二つまだ空いている。お前達の中で、巨魔として相応しい人物が他にいるなら名前を挙げて欲しい」
天魔は参加者に尋ねる。
トーナメントの順位にはこだわらず、全体を包括して人材を探そうとしているようで、とても器の大きな人物である事が見て取れた。
「教主様。それでしたら、ある武人が巨魔として相応しいと思います」
イーノックがその場に跪いて天魔に意見を述べる。
「ほう、それは誰だ?」
「ルクスです」
は?
イーノックの発言に俺は困惑の声を上げる。
「きょ、教主様。私もルクスさんが巨魔に相応しいと思います。あの人ほどすごい武人はいません!」
「私も!」
「ボクもルクスさんを尊敬しています」
ブラン、凛花、ザインの順番でそれぞれ俺を推薦し始めた。
彼らに続く形で青龍団と朱雀団の団員は口々にそう述べた。
おいおいおい、ふざけんなお前ら。俺は巨魔なんてまったく興味ねーよ。トーナメントに参加してない時点でそれがわかるだろ!
しかし、俺の想いとは裏腹、彼らは一心に俺の巨魔昇進を望んでいた。
「ルクスとはいったい何者だ?」
「天魔宝剣様のお隣に座っているあの男性です!」
「ふむ、あそこの男か。随分とロゼと親しそうだったから、何者か気になっていたが、お前達の推薦する人物だったとはな」
天魔は俺の方に視線を向け、俺と目が合った。
彼は椅子に座ったままの体勢で、俺に向けて心剣を放つ。
心剣とは、心の中の剣を具現化させることだ。
心象具現の一種で、ロゼの暗花に近い。かなり高度な技であり、使用できるのは超一流以上の武人に限られる。
いきなり心剣を飛ばしてきたので俺は一瞬焦ったが、冷静に俺も心剣を具現化させてそれを受け止めた。
「ほう! まさかこんな近くに、これほど優れた武人が隠れていたとはな」
天魔は口元を引き上げながら楽しげにそう叫んだ。
一方、俺は彼らのテンションにはついていけてない。
小さく手を挙げて、巨魔昇格を固辞する。
「大変恐縮ですが、私のような新参が巨魔になっても皆が混乱します。私はこれまでどおり、一平民で結構です。静かにのんびりと暮らしたいだけなので」
「平民でありたいなら私に勝ってみろ。この国では強き者にのみ発言権がある」
天魔はそう返事をすると、玉座から立ち上がり、空中に浮遊した。
「教主様が浮いてる!?」
「人が空に浮くなんて信じられない!」
観客達は天魔が見せる超人的な力に驚愕する。
「ルクス。お父様は本当に強いから油断しないで」
隣にいるロゼが俺にそう忠告した。
超一流以上の武人である事は間違いなく、化境に足を踏み入れている可能性も充分ありえる。
とはいえ、勝負を挑まれたからには応じるのがこの国のルール。
ここで対戦を拒否すれば暮らしづらくなるだろう。
それは俺の望む流れではない。多少不服であるが勝負に応じるか。
俺はその場から立ち上がると、ゆっくりとステージへと上がる。
上空で俺を見下ろしている天魔と対峙した。
【ロゼ視点】
ルクスとお父様の戦いは、想像を超えるものだった。
お互いの霊力が、山のように膨張し、それぞれぶつかり合う。
陣地の争奪戦と言えばいいだろうか。
周囲では無数の竜巻が同時に発生し、お互いの霊力が波のようにステージ全体を駆け巡っている。
嵐と雷と地震が同時に起きたような大自然の暴走に、その場にいた観戦者は息を呑むばかりだった。
ルクスの速度は雷速にまで加速し、竜巻の中を縦横無尽に駆け巡る。
お父様もそれに匹敵する速度で剣を操っている。
キンキンキンキンキンキンキン!
剣と剣が激しくぶつかり合い、甲高い金属音が延々と響き渡った。
最終的に、彼らの戦いは一時間も続いた。
勝利したのは私のお父様であった。
ルクスはステージの場外へと弾き飛ばされた。仰向けになったままそのまま動かなくなる。
「その若さで入神境である私と対等に渡り合うとは末恐ろしい男だ」
お父様は倒れているルクスに向けて嬉しそうにそう答えた。
そして、言葉をさらに続ける。
「いずれにせよ、私が勝利したわけだから、ルクスよ。お前はロゼと同じく巨魔になれ。そして、ロゼを嫁にもらうのだ」
………は?
お父様の突然の発言に対し、私は何の言葉も出てこなかった。
【強さの段階】
神和境>入神境>化境>超一流武人>一流武人>二流武人>三流武人>一般人
【登場人物】
ロゼ:天魔の娘。巨魔試験にトップの成績で合格して巨魔に選ばれた。
天魔:天魔神教の教主。入神境の武人。ロゼの父。
【読者の皆さまへ】
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