第87話:勇者の現在(2)
【ルクス視点】
一次試験が終わったものの、今度はイェルの機嫌を損ねてしまった。
彼女は大人なので放置してもいつものイェルに戻るとは思うが、今まで散々お世話になっているので流石にそれは忍びない。
素直に謝罪するため、俺はイェルが向かったホテルへと急いで向かった。
イェルが宿泊している部屋は三階の角部屋だった。角部屋は風水的にあまり縁起いい場所ではないと聞くが、イェルはどう考えているだろうか。
そんなことを考えながら部屋をノックする。するとイェルが顔を見せた。髪を下ろしており、腰付近まで髪が伸びていた。
「ルクスですか。またなにかあったんですか?」
「なにかあったわけじゃない」
そして、俺はぺこりと頭を下げる。
「さっきはすまなかった。直接イェルに謝りたかったからここまで来たんだ」
「どうやら反省しているみたいですね。とにかく、立ち話もなんですから部屋に入って下さい」
イェルは俺を部屋へと招き入れた。
ホテルの部屋ということもあり、ベッドと照明が一つずつ。特別変わったところもない。
カーテンは半開きになっており、遠くの方には海の景色が見えた。
「今日はたくさん体を動かしたので、シャワーを浴びようと思っているんですが、アナタも一緒にどうですか?」
「イェルと一緒に!?」
「ふふふ、冗談ですよ。私のあとにアナタもシャワーを浴びなさい。血の匂いがしますから。話はそれからにしましょう」
イェルの提案に俺はこくりと頷いた。
イェルが先にシャワーを浴びて、それから俺もシャワーを浴びた。
相手を待たせているということもあり、お互いに長い時間シャワーを浴びる事はなかったが、泥や汗などを落とす事はできた。
とてもさっぱりした気持ちで俺は浴室から出た。
イェルはベッドに仰向けに横になっており、天井を無言で見つめていた。
「なにしてんの?」
「天井を眺めています」
「それ楽しい?」
「楽しいですよ。何も考えない時間は落ち着きますから」
たしかにわからなくもないが、どうせ眺めるなら天井ではなくて景色を眺めるかな。
俺はそんなことを思いながらイェルの隣に座った。
仰向けのままイェルが視線を俺に向けた。
さらに、なにを思ったのか両手を前に伸ばした。
「起こして下さい」
「ほい」
俺はイェルの両手を引っ張る。
イェルは上体を起こすも、すぐにまた仰向けにゴロンと寝っ転がった。
「起こして下さい」
「……」
先ほどと同じように起き上がらせる。
しかし、また同じ動作で寝っ転がった。
「もしかしてからかってる?」
「気づくのが遅いですよ」
「もー、この仙人は年下をいじめて」
「ルクス。今日はお互いに大変でしたね」
「まあな。イェルには本当迷惑をかけたよ」
「迷惑だなんて気にしないでください。私もやりたくてやってるだけですから」
イェルは優しくそう答えた。
大人びた女性の魅力にドキッと胸が鳴った。
イェルと話をしていると時々こういう気持ちになる事がある。もしかすると俺はイェルを女性として見ているのかもしれない。
翌朝、セカンドステージの概要が本部より発表された。
トーナメント形式の内容で、一回戦突破時にメダルの多かったロゼやザインはシード権を与えられている。
ちなみに俺が手にいれたメダルはすべてザインに寄付したので、第一シードがザイン。第二シードがロゼという形になる。
まあ、第二次試験に参加しない俺にはあまり関係のない内容なので、ロゼを応援しながらのんびりと過ごしている。
その日の正午頃。
修練場でロゼの訓練に手伝っているとセレナードがやってきた。
セレナードの隣には従者のマチルダもいた。
「こんにちは、セレナードさん。あれからルクスとの関係はどう?」
「おかげさまで仲直りをすることができました。やり方はさておき、アナタにはいくら感謝しても足りません」
「そう、よかった。体が良くなったら今度は私とも戦いましょう」
「はい、よろこんで」
憑き物が落ちたような優しい表情でセレナードは微笑んだ。
その後、二人は握手を交わした。
ロゼとのやり取りが終わり、今度は俺の方を向いた。
「ルクス。アナタともいずれ剣を交えたいと思っています。お互いに最高の剣式でぶつかり合いましょう」
俺ははっきりと頷いた。
あのセレナードの口から、こんな熱血な言葉が飛び出してくるなんてな。
人生何が起こるかわからないぜ。
紆余曲折あったが、お互いに想いをぶつけあって和解することができた。
当時の関係を知っている俺からすると奇跡としか思えない状況だ。
アリアンナ、ロゼ、イェル、セレナード。
お互いに性格は違うが、お互いにいい感じの関係になって、今では気兼ねなく話ができるようになった。




